第10話 同行者
別室の扉が開いた。
アンセスが顔を上げる。
入って来たのはレイヴンとセヴィだった。
二人は机の前まで歩く。
レイヴンは一枚の紙を置いた。
「決定事項だ」
アンセスは紙を手に取る。
見慣れた帝国文字だった。
『第三六号』
『処遇決定』
『保護対象』
『代表者一名を帝都へ移送』
『同行者一名を許可』
簡潔な文だった。
それでも意味は十分に伝わった。
アンセスが読み終えるのを待ってから、レイヴンが口を開く。
「あなた達は保護対象となる」
「拘束はしない。治療も続ける」
アンセスは静かに頷いた。
「感謝する」
レイヴンも頷く。
「ただし代表者には帝都へ来てもらう」
アンセスは紙へ視線を落とした。
予想外ではなかった。
自分達が何者なのか。
なぜここへ現れたのか。
中央が話を聞きたがるのは当然だった。
「残る者達は」
アンセスが聞く。
セヴィが答えた。
「北州局で保護する」
「方面軍から兵も回す。医師も増やす」
「今と大きくは変わらない」
アンセスは少し考えた。
少なくとも北州局は約束を守っている。
治療も受けた。
食事も与えられた。
全面的に信用するには早い。
だが、現状それ以上を求めることもできなかった。
「分かった」
レイヴンが紙の一行を指す。
「同行者を一人選べる」
アンセスは視線を落とした。
そしてすぐに顔を上げる。
「オリヴァー」
「承知しました」
返事は即座だった。
部屋の誰も驚かなかった。
オリヴァーは先代伯爵の時代から伯爵家へ仕える古参の副官だった。
最も自然な人選だった。
レイヴンは二人を見る。
「出発は数日後だ」
「準備しておけ」
二人が頷く。
話は終わった。
レイヴンとセヴィは部屋を出る。
扉が閉まった。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて一人の兵士が口を開く。
「本当に帝都へ行くんですね」
「ああ」
アンセスは頷いた。
「大丈夫なんでしょうか」
別の兵士が続ける。
「俺達も」
「隊長も」
不安そうな表情が並ぶ。
数日前まで、自分達はこの国の名前すら知らなかった。
不安になるのも当然だった。
アンセスは少し考えた。
「分からん」
正直に答える。
兵士達が顔を上げた。
「信用できるかも分からん」
「この先どうなるかも分からん」
部屋が静かになる。
「だが」
アンセスは机の上の紙を見る。
「助けられたのは事実だ」
「治療も受けた」
「話も聞いている」
「なら今は、それを信じるしかない」
誰も反論しなかった。
それもまた事実だった。
アンセスは部屋を見回す。
「留まる者は治療を優先しろ」
「勝手な行動はするな」
「問題があれば北州局へ伝えろ」
「余計な衝突は避ける」
兵士達が頷く。
短いやり取りだった。
だが、それで十分だった。
オリヴァーが腕を組む。
「相変わらずですな」
「何がだ」
「説明が短い」
部屋に小さな笑いが広がる。
アンセスは眉をひそめた。
「長く話した方が良かったか」
「いえ」
オリヴァーは首を振る。
「先代様もそうでした」
今度はアンセスも少しだけ笑った。
重かった空気が少し和らぐ。
窓の外では夜風が草を揺らしていた。
数日後。
アンセスとオリヴァーは帝都へ向かうことになる。




