第93話「各国の内心」
「この選抜は、各国の内心を映す鏡です」
ギルタルは深く息を吐いた。
「エストルが巫女本人を送ったことは、かなり重いですね」
「重いですね」
アルトは頷く。
「エストルは、帝国に対して言っているのです。自分たちは傍観しない、と」
執務室の空気がわずかに冷える。
帝国に逆らえば死。
この世界の誰もがそれを知っている。
だから各国は従う。
だが、従うことと、何も考えないことは違う。
エストルは戦わない。
商売もしない。
力も見せない。
その代わり、国の根そのものを送り込んできた。
「警戒対象ですね」
ギルタルが言う。
アルトは静かに答えた。
「候補者全員が警戒対象です」
そして、エリの名の横に小さく印をつける。
「ただし、彼女は特に丁寧に見る必要があります」
「理由を伺っても?」
「巫女本人だからです」
アルトは顔を上げた。
「エリの言葉が、個人の感想なのか、世界樹の意思なのか。私たちには判断しにくい」
ギルタルの表情が変わる。
「発言の重さが違う」
「ええ」
アルトは頷く。
「彼女が何かを言えば、それはエストル樹国そのものの姿勢として扱われる可能性がある。だから、軽く扱えません」
ギルタルは深く一礼した。
「迎賓館での対応を調整します」
「お願いします」
アルトは窓の外を見た。
帝都の道は、いつも通り整然と動いている。
だが、その中へまた一人、普通ではない候補者が入ってきた。
市場の流れを見る者。
根の深さを見る者。
力を示す者。
構造を見る者。
内側から帝国を知る者。
アルトは静かに呟いた。
「これで、揃いましたね」
ギルタルが問う。
「顔合わせを早めますか」
「いいえ」
アルトは首を横に振った。
「予定通りで構いません。焦る必要はありません」
「ですが、巫女本人が来たことで、各国候補者の反応も変わるかと」
「だからこそ、見ます」
アルトは静かに答える。
「エリが来たことを知った時、誰がどう反応するか。それも評価になるでしょう」
ギルタルは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。
「殿下は本当に、何でも試しますね」
「せっかく向こうから材料を持ってきてくれたのです、それを使わないのは失礼でしょう」
アルトは淡々と言った。
「使わないのは失礼でしょう」
ギルタルは苦笑を隠すように頭を下げた。
「承知しました」
アルトはもう一度、エリの報告書を見下ろした。
世界樹の巫女。
王族も貴族も存在しない国で、最も重い意味を持つ少女。
その本人が、皇太子妃候補として帝都へ来た。
アルトは小さく息を吐く。
「エストル樹国」
その声は、静かだった。
「思っていたより、踏み込んできましたね」




