第88話「共和国の才女①」
ブロドン共和国の使節団が帝都の門前に姿を見せたのは、翌朝のことだった。
その一団は、他国の使節団とは明らかに違っていた。
王国のような荘厳さはない。
獣王国のような威圧もない。
シドル大公国のような整いすぎた静けさもない。
だが、目立つ。
とにかく、目立つ。
磨き上げられた馬車。
荷台に積まれた大量の箱。
色とりどりの布。
そして、護衛というより商隊に近い者たち。
門兵の一人が小さく呟いた。
「……あれがブロドン共和国か」
「商人の国だな」
門兵長は短く答えた。
馬車は門前で止まった。
扉が開く。
先に降りたのは、身なりの良い中年の男だった。
「ブロドン共和国より参りました。皇太子妃選抜候補者をお連れしております」
声は明るい。
相手の反応を見ながら、一番摩擦の少ない声量と口調を選んでいる。
門兵長はそれを見抜いていた。
「身分確認と荷の検査を行います候補者の名前をお願いします」
門兵長がそう告げると、中年の男はにこやかな表情のまま、わずかに頭を下げた。
「もちろんでございます。候補者は、ブロドン共和国中央統領の長女、レティア・ゲンデル様にございます」
その名が告げられた瞬間、馬車の中で布がわずかに揺れた。
次いで、ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、一人の少女だった。
栗色の髪を丁寧にまとめ、深い緑の瞳を持つ少女。
服装は上質だが、王女のような過度な華やかさはない。だが、縫い目、布地、宝飾の大きさ、そのすべてが計算されていた。
目立ちすぎず、安くも見えない。
相手に「富」を見せながら、「嫌味」にはならない絶妙な線。
それだけで、彼女がただの令嬢ではないことが分かる。
ブロドン共和国統領長女。
レティア・ゲンデル。
彼女は馬車から降りると、まず帝都の門を見上げた。
門兵たちを見る、門の造りを見る。
並んでいる荷車の列を見る。
そして、ほんの少しだけ口元を上げた。
「お手数をおかけします」
レティアは柔らかく微笑んで言った。
「帝都の規則には従います。どうぞ、確認してください」
あまりにも自然な態度だった。
門兵たちは一瞬、拍子抜けしたような顔をする。
少し前にアジス獣王国の第一王女が門前で騒ぎを起こしたこともあり、彼らは多少の揉め事を覚悟していた。
だが、レティアは違った。
最初から争う気がない。
いや――争わない方が得だと分かっている。
門兵長はそれを感じ取り、わずかに目を細めた。
衣類、贈答品、書類、食品、私物。
検査しやすいように整えられている。
門兵の一人が思わず呟いた。
「……準備がいいな」
レティアはそれを聞き逃さず、にこりと笑った。
「検査に時間を取らせるのは、こちらにとっても損ですから」
「損?」
門兵が聞き返す。
「はい」
レティアは当然のように頷いた。
「門前で時間を使えば、後ろの商人たちの流れも止まります。流れが止まれば不満が溜まる。不満が溜まれば、警備の手間も増える。警備の手間が増えれば、帝国側にも私たちにも無駄が生まれます」
さらりと言った。
だが、門兵たちは黙った。
検査を受ける側が、門の運用まで考えている。
それが少し不気味だった。
門兵長は箱の中身を確認しながら問う。
「これは何だ」
一つの箱には、革表紙の帳簿がぎっしり詰められていた。
レティアはすぐに答える。
「帝国市場の取引記録です」




