第86話「帝国貴族の責任」
◆皇城・謁見の間
三人が皇帝への挨拶に呼ばれたのは、同じ時刻だった。
広い謁見の間、高い天井、黒と金の帝国旗。
その中央奥に、皇帝が座している。
アルトはその横、やや低い位置に立っていた。
三人は横並びに進み出る。
エルシア・ラインハルト。
ミレーユ・カーマイン。
ユリア・ノルトハイン。
三人は同時に足を止め、膝を折った。
最初に口を開いたのは、エルシアだった。
「ラインハルト公爵家長女、エルシア・ラインハルト。皇太子妃選抜に参加するため、参上いたしました」
完璧な礼だった。
声の大きさ、頭を下げる角度、言葉の選び方。
どこにも崩れがない。
次に、ミレーユが一歩前へ出る。
「カーマイン辺境伯家次女、ミレーユ・カーマインです。未熟ではありますが、精一杯務めさせていただきます」
やや硬い。
だが、まっすぐだった。
最後に、ユリアが静かに進み出る。
「ノルトハイン辺境伯家長女、ユリア・ノルトハイン。帝国貴族の一人として、選抜に臨ませていただきます」
落ち着いた声だった。
皇帝は三人を見下ろした。
その視線は厳しい。
だが、拒絶ではない。
帝国の者を見る目だった。
「よく来た」
短い言葉。
それだけで、謁見の間の空気が引き締まる。
「今回の選抜は、血筋のみで決まるものではない。家の名に甘えず、自らの価値を示せ」
「はい」
三人は同時に答えた。
皇帝は続ける。
「帝国貴族であることは、優位でもある」
一拍。
「だが同時に、逃げ道を失うということでもある」
ミレーユの肩が、わずかに強張った。
エルシアは表情を変えない。
ユリアは静かに目を伏せる。
「各国の候補者は、帝国を知らぬ分、外から見る目を持っている。お前たちは帝国を知る分、当然と思い込む危険がある」
その言葉は重かった。
三人の背後にある家格も、教育も、誇りも、ここでは守りにならない。
むしろ、重荷になる、皇帝は最後に言った。
「皇太子の隣は、飾りではない。それを忘れるな」
三人は再び深く頭を下げた。
「承知いたしました」
アルトは皇帝の横で、静かに三人を見ていた。
エルシアの完璧な所作。
ミレーユの隠しきれない緊張と、それでも逃げない意志。
ユリアの落ち着いた視線と、崩れない呼吸。
三人とも違う。
だが、凡庸ではない、謁見は長くなかった。
だが、三人にとっては十分すぎた。
皇帝の前を退いた後、彼女たちは迎賓館へ向かう廊下を歩いていた。
護衛や侍女は少し離れている。
自然と、三人だけが並ぶ形になった。
最初に口を開いたのは、ミレーユだった。
「……思ったより、怖かった」
正直な一言だった。
エルシアが横を見る。
「皇帝陛下が、ですか?」
「うん。それもあるけど、言葉が」
ミレーユは小さく息を吐いた。
「帝国貴族であることは逃げ道を失う、って。あれ、普通に怖いよ」
皇帝の前を退いた後、彼女たちは迎賓館へ向かう廊下を歩いていた。
護衛や侍女は少し離れている。
自然と、三人だけが並ぶ形になった。
三人は、今日初めて顔を合わせたわけではない。
帝国の上位貴族の娘として、幼い頃から宮廷行事や茶会、祝典で何度も顔を合わせてきた。家格も立場も違うが、同じ帝国貴族として育ち、同じ礼法を学び、同じ皇城の空気を知っている。
特にこの三人は、年齢が近いこともあり結構仲良かった。
完璧に振る舞うエルシア。
思ったことが顔に出やすいミレーユ。
落ち着いて二人を見守るユリア。
性格はまるで違う。
だが、不思議と気は合っている。
公式の場では互いに礼を尽くし、家の名を背負って振る舞う。けれど、こうして人目が少なくなると、自然と少しだけ距離が近くなる。
それは友人と呼んでも差し支えない関係だった。
もっとも、今回ばかりは事情が違う。
三人は同じ帝国貴族であり、同じ皇太子妃選抜の候補者でもある。
親しいからこそ、互いの強さも知っている。
そして、親しいからこそ分かっていた。
この選抜で、遠慮をして勝てる相手ではないということを。




