第76話「門前の衝突」①
帝都の門前に、重い音が響いた。
最初は、誰もそれを馬車の音だとは思わなかった。
石畳を踏む低い振動。
地面そのものを押しつぶすような足音。
門の前に並んでいた兵たちが、自然と視線を上げる。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟いた。
門の外から現れたのは、馬車ではなかった。
巨大な獣の群れ。
その先頭には、すべての獣を従えるような獅子の獣が走っていた。
その背には、一人の少女が乗っていた。
風を受けて揺れる長い髪。
鋭い目。
背筋を伸ばし、まるで帝都の門すら自分の前にある障害物でしかないと言わんばかりの態度。
アジス獣王国第一王女、テジナ。
門兵たちは思わず身構えた。
獣の群れが門前で止まる。
それだけで、周囲の空気が重くなる。
「止まれ」
門兵長が声を張った。
「帝都へ入る者は、身分確認と荷の検査を受けてもらう」
テジナは獅子の獣の背から、門兵長を見下ろした。
「検査?」
不思議そうに首を傾げる。
だが、その声に怯えはない。
むしろ、面倒なものを見つけた時のような軽さがあった。
「必要ないわ」
「規則です」
門兵長は怯まずに言う。
「現在、皇太子妃選抜により各国から来訪者が集まっています。例外は認められません」
「例外?」
テジナの目が細くなる。
「私が例外にならない理由があるの?」
獅子の獣が低く唸った。
その音に、門兵たちの槍先がわずかに揺れる。
だが、誰も引かなかった。
ここは帝都。
門を守る兵にとって、背後にあるのはただの街ではない。
帝国そのものだ。
「身分確認と検査が終わるまで、通すことはできません」
門兵長が言い切る。
テジナは数秒黙った。
そして、笑った。
「面白いわね」
その笑みは、好意ではない。
試すような笑みだった。
「なら、力づくで通ったら?」
空気が凍る。
門兵たちが一斉に構える。
周囲にいた人々が慌てて距離を取る。
獣の群れが、低く唸り始めた。
門兵長は一瞬だけ歯を食いしばる。
ここで衝突すれば、ただの入城騒ぎでは済まない。
アジス獣王国の第一王女。
皇太子妃選抜の候補。
しかも、他国の目もある。
門兵長は小さく指示を出した。
「皇城へ報告しろ。至急だ」
兵が一人、門の奥へ走る。
テジナはそれを見て、つまらなそうに言った。
「自分たちでは決められないのね」
門兵長は答えない。
ここで返すべき言葉はない。
ただ門を守る。
それだけだった。
しばらくして、帝都の奥から一頭の馬が現れた。
速い。
だが、乱れてはいない。
馬上の男は門前に到着すると、静かに馬を降りた。
若い男だった。
整った服装。
無駄のない動き。
ただ立っているだけで、この場の空気を自分のものにするような落ち着きがある。
門兵たちが一斉に姿勢を正した。
「ギルタル様」
男――ギルタル・アルノーは軽く手を上げた。
アルノー公爵の長男。
そして、皇太子アルトの右手と呼ばれる王太子補佐長である。
ギルタルはまず門兵長へ視線を向けた。
「状況は」
「アジス獣王国第一王女テジナ殿下が、入城検査を拒否されています」
「分かった」
それだけ答え、ギルタルはテジナへ向き直る。
「お待たせしました。テジナ殿下」
テジナは獣の背から彼を見下ろす。
「あなたが責任者?」
「この場では、そう考えていただいて構いません」
「なら通して」
即答だった。
ギルタルは表情を変えない。
「できません」
門前の空気が再び固まる。
テジナの目が細くなった。
「聞こえなかったのかしら」
「聞こえています」
ギルタルは静かに返す。
「その上で、お断りします」
数秒の沈黙。
獣の群れが唸り、兵たちが息を呑む。
テジナはゆっくりと獅子の獣から降りた。
地面に足をつける。
それだけで、空気が変わった。
「私が誰か分かって言っているの?」
「アジス獣王国第一王女、テジナ殿下ですね」
「なら――」
「だからこそです」
ギルタルが言葉を遮る。
その声は大きくない。
だが、門前にいる全員の耳に届いた。
「殿下は、何か勘違いをされている」
テジナの笑みが消える。
「勘違い?」
「はい」
ギルタルは一歩だけ前に出た。
「ここはアジス獣王国ではありません」
テジナの目がさらに鋭くなる。
「ここは帝国です」
ギルタルは淡々と続けた。
「帝都の門を通る以上、帝国の法に従っていただきます。王女であろうと、選抜候補であろうと、例外はありません」
「ずいぶん強気ね」
「強気ではありません」
ギルタルはわずかに首を横に振る。
「事実を述べているだけです」
テジナは笑った。
今度は楽しそうに。
「力で通ったら?」
ギルタルは少しも迷わなかった。
「その瞬間、問題は殿下一人の無礼では済まなくなります」
一拍。
「アジス獣王国が帝国の法を踏みにじった、という話になります」
門前の空気が凍りつく。
テジナの後ろにいた獣人たちの表情が変わった。
それは脅しだった。
だが、ただの脅しではない。
帝国には、それを現実に変えるだけの力がある。
ギルタルはさらに続ける。
「帝国は、獣王国を敵とは見ていません」
静かな声。
「だから丁重に扱っています」
そして、わずかに目を細める。
「ですが、敵対するというのであれば話は別です」
テジナは黙った。
ギルタルの声は淡々としている。
だが、その中身は刃だった。
「帝国とその他の国々には、決定的な差があります」
「……魔力のこと?」
テジナが低く言う。
「それも一つです」
ギルタルは答えた。
「軍、経済、法、情報。そして魔力。すべてを合わせても、殿下がこの門で示そうとしている力とは比べ物になりません」
門兵たちは、誰一人動かない。
周囲の人々も息を潜めている。
「殿下がここで勝ったとしても、得るものはありません」
ギルタルは静かに言った。
「失うものだけです」
テジナの表情が変わった。
怒りではない。
理解だった。
この男は、恐れていない。
王女の身分も。
獣の群れも。
獣王国の名も。
帝国の側に立つ者として、当然のように見下ろしている。
「……ふうん」
テジナは小さく笑った。
「やっと帝国らしい人間が出てきたわね」
「それは光栄です」
「嫌味よ」
「承知しています」
「それにこの程度の獣の群れ私1人でどうにでもできます。」
ギルタルはそう言って自身の魔力を威嚇するように王女と獣の群れに放つ
ギルタルはアルトの右手と言われているようにアルトから公爵級の魔力をもらっていた。




