第73話「必要ないという力」
連合発足から三ヶ月。
帝都は落ち着きを取り戻していた。
港湾の再編は順調に進み、関税は統一され、各国の通貨は帝国硬貨へと置き換わり始めている。市場は混乱せず、むしろ以前よりも活発だった。
それはつまり――
帝国の仕組みが、すでに大陸全体に浸透し始めているということだった。
皇城。
重厚な扉の奥、皇帝の執務室。
アルトは皇帝に呼び出されていた。
「来たか」
低く落ち着いた声がアルトに向けられる
アルトはゆっくりと一礼する。
「はい」
皇帝は書類から目を離し、アルトを見る。
しばらく無言が続いた。ただ、測るように。やがて皇帝は口を開いた。
「連合はどうだ」
問いは簡単だった。
だが、その裏にある意味は軽くない。
連合――それは単なる同盟ではない。
通貨、港湾、軍事、すべてを帝国が軸となって管理する“大陸の仕組み”そのものだ。
それが機能しているかどうかは、帝国の支配が完成するかどうかに直結する。
アルトは迷いなく答えた。
「問題ありません」
短く、だが断定的に。
「各国とも表立った反発は見せていません。通貨の移行も順調、港湾の管理も大きな混乱は出ていない」
アルトは一拍だけ言葉を区切った。
「……少なくとも、表では」
その一言に、皇帝の視線がわずかに鋭くなる。
「裏ではどうだ」
短い問いだった。
アルトは迷わず答える。
「警戒と不満はあります」
それは当然の反応だった。
各国にとって、現在の連合体制は対等な協力関係ではない。通貨、港湾、軍事、その中核はすべて帝国が握っている。
形式上は“連合”。
だが実態は――
帝国主導の秩序だった。
「自国の裁量を削られている以上、反発がないはずがありません」
アルトは淡々と続ける。
「ですが、それ以上の行動には移っていません」
皇帝は何も言わない。
アルトはそのまま理由を述べる。
「理由は明確です」
「動いた場合の結果が、見えているからです」
静かな声だった。
だが、その意味は重い。
帝国の軍事力。
そして、この世界において決定的な差となる“魔力”。
それを体系として持つのは、帝国だけだ。
「連合に逆らうということは、単なる外交問題では済みません」
アルトはわずかに言葉を選び――
「国家としての存続を賭ける判断になります」
沈黙が落ちる。
それは誇張ではない。
現実だった。
皇帝はゆっくりと頷く。
「ならば十分だ」
短い言葉。
だがその一言で、すべてが確定する。
連合は機能している。
そしてそれは――
帝国の支配が、すでに完成しているということだった。
しばらくの沈黙。
だがそれは終わりではなかった。
皇帝は視線をわずかに外し、再びアルトへ戻す。
「では、次だ」
その一言で、空気が変わる。
国家の話から、別の領域へ。
だが、それもまた国家に直結する話だった。
「お前も、もう十五だ」
落ち着いた声。
アルトは何も言わずに聞く。
皇帝は続ける。
「そろそろ決める頃だ」
何をと言うまでもない。
「婚約者をきめる」
短く、明確だった。
アルトはわずかに視線を下げる。
考える時間は長くない。
「どこかの王家と結びますか」
自然な問いだった。
これまでなら、それが最も合理的な選択だ。
だが――
皇帝は首を横に振る。
「必要ない」
はっきりと言い切る。
アルトの目がわずかに動く。
「連合がある」
その一言で、意味はすべて繋がる。
各国はすでに帝国の枠組みに組み込まれている。
もはや、
婚姻で縛る必要がない。
「人質もいらん」
皇帝の声は静かだった。
「従わせるための手段は、すでに揃っている」
事実だった。
アルトは理解する。
(確かに)
婚姻は、関係を作るためのもの。
だが今の帝国は違う。
すでに“上”にいる。
ならば必要なのは――
「選ぶ側に回る」
アルトは静かに言った。
皇帝はわずかに笑う。
「そうだ」
そして続ける。
「競わせる」
その言葉に、わずかな重みが乗る。
各国に差し出させるのではない。
帝国が選ぶ。
「各国だけではない」
皇帝はさらに言う。
「帝国内もだこの世界で最も帝国の役に立つものを選ぶ」
アルトの視線が上がる。
「公爵、辺境伯、侯爵」
「すべてを同じ場に立たせる」
それは――
帝国の中ですら、例外を認めないという宣言だった。
完全な選抜。
血統でも、立場でもない。
「残る者を選ぶ」
アルトは静かに息を吐く。
「参加は」
「自由だ」
皇帝は即答する。
「強制はしない」
だが、その言葉の意味は明白だった。
断ることはできる。
だが――
断った時点で、外れる。
連合の中心から。
帝国の視界から。
アルトは小さく頷いた。
「一ヶ月後に集めます」
「それでいい」
皇帝は短く言う。
そして最後に。
「見極めろ」
その一言だけを残した。
アルトは一礼し、部屋を出る。
長い廊下。
窓の外には、帝都が広がっていた。
すでに大陸の中心となった都市。
(人質はいらない)
アルトは静かに思う。
力がある。
それだけで、縛る必要がなくなる。
(なら)
選べばいい。
競わせればいい。
誰が、この場所に立てるのか。
アルトは歩き出す。
一ヶ月後。
すべてが集まる。
そして――
その中から、一人が選ばれる。




