第69話「流れの正体」
会議は続いていた。
だが、それはもはや「提案」だけではなかった。
調整。
すり合わせ。
そして――譲歩の場に変わっている。
「第6条の港湾管理についてだが」
ハイトス・タン王が口を開く。
「全てを連合管理とするのは、さすがに飲めん。自国の港くらいは自国で管理する」
間髪入れず、ブロドンの統領が笑う。
「それを言い出すと統一の意味がなくなるぞ。関税も港もバラバラでは組織としての意味がない」
「商売の話ではない」
「いや、商売の話だ」
空気がわずかに張る。
その間に、メキシマス・シドル大公が静かに割って入る。
「ならば、こうしてはどうだ。港湾の“管理”は連合、だが“運用”は各国。名目と実務を分ければいい」
「曖昧すぎる」
ハイトスが即座に返す。
「いや、逆だ」
統領が言う。
「都合よく解釈できる」
一瞬の沈黙。
――その時だった。
「では」
アルトが口を開く。
全員の視線が集まる。
「港湾の管理権は連合に置くとしましょうただし、通常運用は各国に委ねる」
ハイトスが眉をひそめる。
「……監査はどうする」
「連合がいついかなる時でも行えるようにします」
短い。
だが、それで十分だった。
「……いついかなる時でも、か」
静かに繰り返す。
「つまり、我々が港を動かしている最中でも、突然介入できるということだな」
アルトは頷いた。
「はい。安全と透明性の担保のためです」
ブロドンの統領が小さく笑う。
「都合のいい言い方だな。“透明性”か」
「必要なものです」
アルトは淡々と返す。
統領は肩をすくめる。
「否定はしない。むしろ歓迎だ。監査がある方が商売は安定する」
「お前たちはそうだろうな」
ハイトスが低く言う。
「だが、こちらは違う。港は国家の喉元だ。そこに常に手を突っ込まれるのを良しとするかは別問題だ」
メキシマスが静かに口を開いた。
「だが拒めば、どうなる」
その一言で、空気が変わる。
ハイトスは視線を上げる。
「……どういう意味だ」
「単純な話だ」
メキシマスは淡々と言う。
「統一された港湾管理に参加しない国は、どう扱われると思う?」
誰もすぐには答えない。だが、答えは全員が分かっていた。
ブロドンの統領が代わりに言った。
「貿易から外れるな」
「そうだ」
メキシマスが頷く。
「統一された関税、統一された港湾を持つ連合と、それ以外。どちらに商人が集まるかは明白だ」
ハイトスは、わずかに歯を食いしばった。
「……つまり、選択肢はないと言いたいのか」
アルトが静かに口を開く。
「選択肢はあります」
一瞬、全員がアルトを見る。
「ただし」
その続きは、予想できていた。
「結果が異なるだけです」
沈黙。
誰も否定できない。
ハイトスは、しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……運用は我々、監査は連合」
確認するように言う。
「ええ」
「そして、その連合は帝国が握る」
アルトは否定しない。
「構造上は、そうなります」
ハイトスは小さく笑った。
「正直だな」
「その方が後で揉めません」
一瞬だけ、視線がぶつかる。
その後――
ハイトスは、椅子に深く腰を預けた。
「……いいだろう」
誰かがわずかに息を呑む。
「条件付きで受け入れる」
「条件を」
アルトが即座に返す。
「監査の際、事前通達を義務としろ。完全な抜き打ちは認めん」
ブロドンの統領が笑う。
「甘いな。それでは意味が薄れる」
「黙れ、守銭奴」
短く切り捨てる。
そして、アルトを見る。
「どうだ」
アルトは一瞬だけ考え――
「年3回以上の場合には通達義務を認めます」
ハイトスの眉がわずかに動く。
「……回数で縛るか」
低く呟くように言う。
「三回までは抜き打ち、それ以上は通達あり、ということだな」
「はい」
アルトは短く頷いた。
ブロドンの統領が、面白そうに口を挟む。
「なるほどな。完全な自由も与えず、完全な制限もかけない。いい落とし所だ」
「貴様のように好き勝手やらせるつもりはない」
ハイトスが鋭く返す。
だが、その視線はすぐにアルトへ戻る。
「……だが、それなら最低限の体面は保てる」
一瞬、間を置く。
「抜き打ちを完全に許すよりは、まだマシだ」
メキシマスが静かに頷いた。
「回数で縛ることで、監査権そのものは維持される。実質は変わらんが、各国への説明はしやすい」
「その通りです」
アルトは肯定する。
メラノが腕を組んだまま口を開いた。
「結局、覗かれること自体は変わらんということか」
「連合の安全のためです」
アルトは淡々と答える。
「港は外との接点です。そこを完全に各国任せにすることはできません」
メラノはしばらくアルトを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……理屈は通っている」
納得ではない。
だが、否定もしない。
ハイトスが最後に一度だけ確認する。
「三回を超える場合のみ通達義務。逆に言えば、三回まではいつでも来る、と」
「はい」
「理由の提示は」
「必要ありません」
即答だった。
わずかな沈黙。
その短さが、逆に重い。
ハイトスは目を閉じ、数秒だけ考える。
そして、ゆっくりと開いた。
「……いいだろう」
その声に、決断が滲む。
「その条件で受け入れる」
誰も驚かない。
むしろ、予想通りだった。
ブロドンの統領が軽く笑う。
「これで港は一つにまとまるな」
「形だけはな」
ハイトスが返す。
だが、その言葉の裏にあるものを、誰も口にはしない。
形だけではない。
実態も、すでに寄り始めている。
アルトは静かに書記へ視線を向けた。
「第6条、修正確定で」
「……承知しました」
ペンが走る音が、やけに大きく響いた。
それはただの修正ではない。
各国の“線”が、また一つ越えられた音だった。




