第137話 帰国
婚約発表から数日後。
帝都はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
皇太子アルト。
その婚約者エルシア。
帝国中が二人の話題で持ちきりだった。
だが。
選抜は終わっても、全てが終わったわけではない。
むしろ。
ここからが始まりだった。
◆
皇城。
迎賓館前。
候補者たちが集まっていた。
大きな馬車。
護衛。
各国の使節。
帰国の準備が整っている。
最初に口を開いたのはテジナだった。
「なんだか変な感じね」
腕を組みながら笑う。
「毎日顔を合わせてたのに」
「急に解散だもの」
ミレーユが頷く。
「少し寂しいです」
エリも小さく微笑んだ。
「そうですね」
◆
レティアが肩をすくめる。
「でも、また会うでしょう」
全員が顔を向ける。
レティアは笑った。
「帝国は私たちを放す気がないみたいですし」
何人かが苦笑した。
確かにその通りだった。
帝国大使。
連合中枢。
それぞれに提案が届いている。
誰かは再び帝都へ来ることになる。
◆
その時。
迎賓館の扉が開いた。
アルトとエルシア。
二人が姿を現す。
候補者たちは自然と姿勢を正した。
アルトは静かに皆を見る。
「本日は見送りに来ました」
ミレーユが少し笑う。
「殿下も忙しいでしょうに」
「時間は作るものです」
即答だった。
テジナが吹き出す。
「相変わらずね」
◆
アルトは全員を見渡した。
「改めて」
「選抜への参加、感謝します」
静かな声。
だが本心だった。
「皆様のおかげで、私も多くを学びました」
誰も言葉を挟まない。
アルトは続ける。
「そして」
「帝国からの提案については、急ぐ必要はありません」
帝国大使。
連合中枢。
その選択のことだ。
「自国と相談してください」
「家族とも相談してください」
「その上で答えを出していただければ構いません」
◆
リベナが前へ出る。
タン王国第一王女。
彼女はアルトを見た。
「一つ約束していただけますか」
「何でしょう」
リベナは少し笑った。
「次に会う時は、選抜の参加者としてではなく」
一拍。
「友人として会いましょう」
その言葉に。
会場が少し静かになる。
アルトは数秒考えた。
そして頷く。
「ええ」
「そうしましょう」
リベナが微笑む。
それだけで十分だった。
◆
テジナが歩み出る。
「私はまだ負けたと思ってないから」
突然の宣言だった。
全員が彼女を見る。
「皇妃は無理だったけど」
「強さなら負けないわ」
アルトも少し笑う。
「そうですね」
「それは認めます」
テジナは満足そうだった。
◆
エリは静かに一礼する。
「またお会いしましょう」
「はい」
アルトも頷く。
ミレーユは少し目を潤ませていた。
「本当に楽しかったです」
「私もです」
エルシアが優しく答えた。
◆
やがて出発の時間になる。
各国の馬車が動き始めた。
タン王国。
アジス獣王国。
エストル樹国。
シドル大公国。
それぞれの方向へ向かっていく。
候補者たちは窓から手を振った。
アルトとエルシアも見送る。
◆
最後の馬車が見えなくなった頃。
静かになった迎賓館前で。
エルシアが呟いた。
「終わりましたね」
アルトは首を横に振る。
「いいえ」
エルシアが顔を上げる。
アルトは帝都の空を見た。
「これからです」
帝国大使。
連合中枢。
候補者たちの決断。
そして。
帝国の未来。
まだ何も終わっていない。
◆
その頃。
タン王国へ向かう馬車の中。
リベナは窓の外を眺めていた。
帝都が遠ざかっていく。
だが。
その表情は不思議と明るかった。
帝国大使か。
それとも別の道か。
父王と話さなければならない。
そして。
タン王国でもまた、新たな決断が待っていた。




