第128話 個別面談・エルシア
エリとの個別面談が終わった翌日。
皇城。
最後から二番目の個別面談。
呼ばれた候補者は――
エルシア・ラインハルト。
ラインハルト公爵家長女。
そして現在、
最も王妃に近いと評価されている少女だった。
◆
案内された場所を見た瞬間。
エルシアは少しだけ驚いた。
そこは会議室ではない。
庭園でもない。
皇城中央塔。
帝国統治中枢。
皇帝と皇太子だけが自由に出入りできる区画の一つだった。
巨大な窓。
その先には帝都が広がっている。
数百万の民。
無数の建物。
街道。
河川。
工房。
市場。
兵舎。
そして遥か先まで続く帝国の大地。
エルシアは静かに呟いた。
「ここですか」
アルトは窓際に立っていた。
「はい」
短い返答だった。
だが。
それだけで十分だった。
エルシアは理解する。
今日の面談は特別だと。
◆
二人は窓の前へ立つ。
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
アルトが口を開く。
「何が見えますか」
エルシアは帝都を見下ろした。
少し考える。
そして答える。
「人です」
アルトは静かに聞く。
エルシアは続けた。
「市場の商人」
「工房の職人」
「兵士」
「貴族」
「平民」
「帝都に暮らす人々です」
アルトは頷いた。
「なるほど」
エルシアは少しだけ首を傾げる。
「正解ではありませんか?」
アルトは微笑んだ。
「正解はありません」
「そういう面談です」
エルシアも少しだけ笑った。
◆
アルトは窓の外を見ながら言う。
「第二次選抜」
「連合裁定で」
「エルシア嬢は皆の意見をまとめました」
エルシアは静かに聞いている。
「なぜまとめようと思ったのですか」
アルトが尋ねる。
エルシアは少し考えた。
そして答える。
「全員正しかったからです」
アルトの目が少し細くなる。
エルシアは続けた。
「テジナ様は安全を見ていました」
「レティア様は流通を」
「セレナ様は制度を」
「エリ様は自然を」
「ミレーユ様は民を」
「ユリア様は維持を」
「リベナ様は国同士の不信を」
一拍。
「誰も間違っていませんでした」
アルトは静かに聞いている。
エルシアは続けた。
「だから選ぶのではなく」
「繋げるべきだと思いました」
風が吹く。
その答えに嘘はなかった。
◆
しばらくして。
アルトは別の質問をした。
「エルシア嬢」
「はい」
「王妃とは何だと思いますか」
これまでで最も重い問いだった。
エルシアもそれを理解する。
数秒。
静かに考える。
そして答えた。
「皇帝の隣に立つ人です」
アルトは黙って聞く。
「ですが」
エルシアは続ける。
「ただ立つだけではありません」
「支えるだけでもありません」
「時には止める」
「時には導く」
「時には皇帝が見えていないものを見る」
静かな声だった。
だが迷いはない。
「皇帝一人では見られないものを見る」
「それが王妃だと思います」
アルトは何も言わなかった。
だが。
その答えを真剣に聞いていた。
◆
やがて。
今度はエルシアが尋ねた。
「私からも一つ」
「構いません」
アルトは答える。
エルシアは真っ直ぐ見つめた。
「殿下は」
少しだけ間を置く。
「疲れませんか」
空気が静まる。
これまで誰も聞かなかった質問。
リベナも。
ミレーユも。
ユリアも。
レティアも。
セレナも。
テジナも。
エリも。
聞かなかった。
だが。
エルシアは聞いた。
アルトは少しだけ目を閉じる。
そして。
珍しく考えた。
長く。
静かに。
やがて答える。
「疲れます」
エルシアの目が少し動く。
アルトは続けた。
「ですが」
窓の外を見る。
帝都。
帝国。
未来。
その全てを見ながら。
「私しか出来ないことがあります」
エルシアは黙って聞いている。
アルトは静かに言った。
「だからやります」
短い言葉だった。
だが。
そこには皇太子としての覚悟があった。
エルシアは小さく頭を下げる。
「そうですか」
それ以上は聞かなかった。
◆
面談も終盤へ入る。
アルトは資料を閉じた。
「エルシア嬢」
「はい」
「以前説明した件です」
帝国大使の話だった。
選ばれなかった場合。
帝国は侯爵級魔力を授与し、
大使や高官として迎える。
候補者全員へ説明済みの内容。
アルトは続ける。
「もし選ばれなかった場合でも」
「帝国はエルシア嬢を高く評価しています」
エルシアは静かに聞く。
アルトは真っ直ぐ言った。
「統合能力」
「調整能力」
「政治判断」
「非常に優秀です」
一拍。
「帝国大使だけでなく」
「帝国中央政務院でも十分通用するでしょう」
それは最高クラスの評価だった。
帝国中枢。
帝国を動かす側。
エルシアは理解している。
だからこそ。
静かに答えた。
「光栄です」
アルトは頷く。
そして続けた。
「ですが」
「まだ結果は出ていません」
エルシアは微笑んだ。
「はい」
その瞳には迷いがない。
「まだ終わっておりませんので」
アルトも少しだけ笑う。
「そうですね」
◆
面談終了。
エルシアは中央塔を後にする。
扉が閉まる。
廊下を歩きながら考える。
皇太子。
アルト・シクタルン。
強い。
賢い。
優しい。
そして。
誰よりも多くを背負っている。
エルシアは小さく息を吐いた。
「本当に」
静かな声。
「難しい方ですね」
だが。
その表情には微かな笑みがあった。
◆
一方。
中央塔では。
アルトが一人で帝都を見下ろしていた。
個別面談は残り一人。
最後の候補者。
そして。
その面談が終われば。
いよいよ選抜は最終段階へ入る。
アルトは机の上の最後の資料を見る。
そこに記されていた名前。
――最終候補者。
皇太子妃選抜は、
静かに終盤へ向かっていた。




