第127話 個別面談・エリ
テジナとの個別面談が終わった翌日。
次に呼ばれた候補者は――
エリ・エストル。
エストル樹国の世界樹の巫女だった。
案内された場所を見た瞬間。
エリは静かに目を細めた。
そこは皇城でも会議室でもない。
帝都北東部。
皇族管理区画に存在する広大な森だった。
帝都が造られる遥か昔から残る古森。
その中心には巨大な神木が立っている。
世界樹ではない。
だが。
数千年を生きる古木だった。
エリは木を見上げる。
そして小さく呟いた。
「嬉しいです」
アルトは隣に立っていた。
「そうですか」
「はい」
エリは静かに微笑む。
「この木は、とても長く生きています」
◆
二人は森の中を歩く。
鳥の声。
風の音。
木漏れ日。
帝都の喧騒が嘘のような静けさだった。
しばらく歩いた後。
アルトが口を開く。
「帝都視察の時」
「森の問題を気にしていましたね」
エリは頷く。
「はい」
「多くの方は道を見ていました」
アルトは続ける。
「ですがエリ様は森を見ていた」
エリは少し考えた。
そして答える。
「道は人が作れます」
「ですが森は作れません」
風が吹く。
葉が揺れる。
エリは続けた。
「百年」
「二百年」
「千年」
「それだけの時間が必要です」
アルトは静かに聞いていた。
◆
やがて二人は神木の前へ辿り着く。
巨大な幹。
見上げても頂上が見えない。
エリはそっと幹へ触れた。
「この木も」
「たくさんの人を見てきたのでしょうね」
アルトは尋ねる。
「エリ様は人より木を見るのですか」
エリは少しだけ首を傾げた。
「逆です」
アルトが目を向ける。
エリは微笑んだ。
「木を見ると人が見えます」
静かな言葉だった。
だが不思議と重みがある。
「どんな国も」
「どんな王も」
「永遠ではありません」
「ですが残したものは残ります」
一拍。
「だから私は未来を見ます」
アルトは黙った。
その考え方は帝国貴族とも違う。
王族とも違う。
巫女だからこその視点だった。
◆
しばらくして。
今度はエリが尋ねた。
「私からも質問してよろしいでしょうか」
「構いません」
アルトは答えた。
エリは真っ直ぐアルトを見る。
淡い瞳。
静かな視線だった。
「殿下は何を守りたいのですか」
風が止まる。
アルトは少し考えた。
すぐには答えない。
やがて。
静かに口を開く。
「帝国です」
エリは黙って聞く。
アルトは続けた。
「民」
「家族」
「仲間」
「未来」
「その全てを含めた帝国です」
エリは微笑んだ。
「やはり」
アルトが目を向ける。
エリは神木を見上げながら言った。
「殿下は国を守っているのではありません」
「未来を守っているのですね」
その言葉に。
アルトは何も返さなかった。
だが否定もしなかった。
◆
面談も終盤に入る。
神木の下。
アルトは静かに言った。
「エリ様」
「はい」
「以前お話しした件です」
帝国大使の話だった。
選抜に敗れた場合でも。
帝国は各候補者を迎える。
侯爵級魔力を授与し。
帝国と各国を繋ぐ存在となってもらう。
エリは静かに聞く。
アルトは続けた。
「もし選ばれなかった場合でも」
「帝国はエリ様を高く評価しています」
エリは少しだけ首を傾げる。
「私をですか」
「はい」
アルトは頷いた。
「長期的視点」
「自然との共存」
「未来への責任」
「それは帝国にも必要な考え方です」
エリは静かに目を伏せた。
アルトは続ける。
「帝国大使だけでなく」
「連合環境管理局」
「あるいは森林保全機関の中核も務まるでしょう」
エリは少し驚く。
だが。
やがて小さく微笑んだ。
「光栄です」
◆
面談終了。
森の出口へ向かう。
その途中。
エリは立ち止まった。
アルトを見る。
そして言った。
「ですが」
アルトは静かに聞く。
「まだ終わっていません」
エリは微笑む。
「私も負けるつもりはありませんので」
アルトも少しだけ笑った。
「ええ」
「そうでしょうね」
◆
エリが去った後。
アルトは一人で神木を見上げていた。
数千年を生きる古木。
帝国よりも古い存在。
その枝が風に揺れている。
しばらくして。
ギルタルが近づいてきた。
「面談は終了しましたか」
「はい」
アルトは頷く。
そして静かに言う。
「エリ様は面白い方ですね」
ギルタルも同意した。
「世界樹の巫女ですから」
アルトは再び木を見上げる。
未来を見る者。
帝国を見る者。
民を見る者。
制度を見る者。
候補者たちは皆違う。
だからこそ難しい。
やがてアルトは歩き出した。
次の面談が待っている。
次に資料へ記されていた名前は――
エルシア・ラインハルト。
現時点で最も王妃に近いと評価される少女。
そして。
アルト自身が最も注目している候補者だった。




