第125話 個別面談・セレナ
レティアとの個別面談が終わった翌日。
皇城。
次に呼ばれた候補者は――
セレナ・シドル。
シドル大公国の大公女だった。
彼女が案内された場所は少し特殊だった。
巨大な建物。
帝国中央法務院。
帝国の法令。
行政規則。
各種制度。
それらを管理する帝国中枢機関である。
セレナは建物を見上げた。
「なるほど」
小さく呟く。
「私らしい場所ですね」
アルトは頷いた。
「そう思いました」
◆
二人は法務院の廊下を歩いていた。
壁一面に並ぶ書庫。
無数の法令集。
過去の判例。
行政記録。
一般人なら眩暈を起こしそうな量だった。
だが。
セレナの表情は変わらない。
むしろ興味深そうだった。
アルトが尋ねる。
「退屈ではありませんか」
セレナは少し首を傾げた。
「なぜですか」
「多くの方はそう言います」
するとセレナは静かに答えた。
「制度は面白いです」
アルトの口元が僅かに緩む。
予想通りだった。
◆
やがて二人は会議室へ入る。
机の上には数冊の資料が置かれていた。
アルトはその一冊を開く。
「帝都視察の際」
「事故現場で構造上の問題を指摘しましたね」
セレナは頷いた。
「はい」
「露店配置です」
「交差点の避難路が塞がれていました」
アルトは尋ねる。
「なぜそこに気付いたのですか」
セレナは少し考えた。
そして答える。
「人は間違えます」
アルトは黙って聞く。
「荷車も壊れます」
「事故も起きます」
「だから制度は、人が失敗する前提で作るべきです」
静かな声だった。
だが非常に重い。
セレナは続ける。
「優秀な人だけを前提にした制度は必ず壊れます」
「普通の人が運用しても動く制度でなければなりません」
アルトは頷いた。
帝国中枢でも重視される考え方だった。
◆
しばらくして。
アルトは別の質問をした。
「帝国の強みは何だと思いますか」
セレナは迷わない。
「継続性です」
即答だった。
アルトは興味深そうに聞く。
セレナは続ける。
「皇帝が変わっても動く」
「官僚が変わっても動く」
「将軍が変わっても動く」
「それが帝国の強さです」
会議室が静かになる。
セレナはさらに言った。
「多くの国は優秀な個人に依存します」
「ですが帝国は違う」
「個人が抜けても制度が残る」
「だから強いのです」
アルトは少しだけ笑った。
「高い評価ですね」
「事実です」
セレナは平然と答えた。
◆
すると今度はセレナが質問する。
「一つ伺ってもよろしいでしょうか」
「構いません」
アルトは答えた。
セレナは真っ直ぐ見つめる。
「殿下は制度を信じますか」
予想外の質問だった。
アルトは少し考える。
そして答えた。
「半分です」
セレナの目が少し動く。
アルトは続けた。
「制度は必要です」
「ですが制度だけでは人は動きません」
「最後に決断するのは人です」
セレナは静かに聞いている。
アルトは言った。
「だから私は制度も作ります」
「ですが人も見ます」
セレナは小さく頷いた。
「なるほど」
その答えは納得できた。
◆
面談も終盤に入る。
アルトは資料を閉じた。
「セレナ嬢」
「はい」
「以前お話しした件ですが」
帝国大使の話だった。
セレナは静かに聞く。
アルトは続けた。
「もし選ばれなかった場合でも」
「帝国はセレナ嬢を高く評価しています」
セレナは表情を変えない。
だが集中していた。
「特に制度設計能力です」
「法整備」
「行政改革」
「連合運営」
「その全てで優秀です」
アルトは真っ直ぐ言う。
「帝国大使だけでなく」
「連合法務局の中核になれるでしょう」
セレナの目が僅かに見開かれる。
それは極めて高い評価だった。
「光栄です」
静かな返答。
だが本心だった。
アルトは続ける。
「ですが」
「結果はまだ出ていません」
セレナは頷く。
そして言った。
「当然です」
「まだ終わっていませんから」
アルトも頷いた。
「ええ」
◆
面談終了後。
法務院を後にするセレナ。
歩きながら考える。
制度。
人。
国家。
帝国は単純な国ではない。
だから面白い。
セレナは小さく息を吐いた。
「簡単ではありませんね」
だが。
その表情には僅かな笑みがあった。
強敵がいる。
優秀な候補者もいる。
そして。
自分もまだ負けるつもりはない。
その頃。
皇城の執務室。
アルトは次の資料へ手を伸ばしていた。
そこに記されていた名前。
テジナ・アジス。
獣王国の王女。
軍事と現場を知る少女。
次の個別面談が始まろうとしていた。




