第124話 個別面談・レティア
ユリアとの個別面談が終わった翌日。
皇城。
次に呼ばれた候補者は――
レティア・ブロドン。
ブロドン共和国を代表する有力商家の令嬢だった。
案内された場所を見た瞬間。
レティアは小さく笑った。
「これはまた、面白い場所ですね」
そこは会議室ではない。
庭園でもない。
帝都最大の中央市場だった。
朝から多くの人々で賑わっている。
商人。
職人。
冒険者。
貴族の使用人。
様々な人間が行き交っていた。
アルトは市場を見ながら言う。
「レティア嬢なら、ここが一番だと思いました」
レティアは微笑む。
「高く評価していただいているようで嬉しいです」
◆
二人は市場を歩き始める。
レティアの視線は絶えず動いていた。
商品。
客。
店主。
荷車。
値札。
全てを見ている。
アルトは尋ねた。
「何が見えますか」
レティアは即答した。
「景気です」
アルトは少しだけ興味を示す。
レティアは続ける。
「魚は安いですね」
「今朝大量に入ったのでしょう」
「逆に果物は高い」
「南方の輸送が少し遅れています」
アルトは視線を向ける。
確かにそうだった。
値段だけでそこまで読む。
普通の人間にはできない。
レティアはさらに続ける。
「こちらの店は売れています」
「ですが隣は苦しいですね」
「一ヶ月以内に何か変えないと厳しいと思います」
アルトは問う。
「なぜ分かるのですか」
レティアは笑う。
「お客様の目を見れば分かります」
その答えにアルトは少しだけ目を細めた。
◆
しばらく歩いた後。
アルトは本題へ入る。
「連合裁定の時」
「市場の流れを重視していましたね」
レティアは頷く。
「はい」
「流れが止まることが一番危険です」
アルトは尋ねる。
「利益よりもですか」
レティアは少しだけ考える。
そして答えた。
「利益は流れの結果です」
「流れが死ねば利益も死にます」
その言葉は実に商人らしかった。
レティアは続ける。
「お金も物資も人も同じです」
「動いているから価値があります」
「止まれば腐ります」
アルトは静かに聞く。
レティアの考え方は面白かった。
国を見る。
制度を見る。
ではない。
流れを見る。
それが彼女の強みだった。
◆
やがて。
二人は市場の中央広場へ辿り着く。
多くの人が行き交う場所。
レティアは広場を見渡した。
そしてふと尋ねる。
「殿下は、帝国の強さを何だと思いますか」
アルトは少し考えた。
「色々あります」
「軍」
「制度」
「技術」
「領土」
レティアは頷く。
「その通りです」
一拍。
「ですが私には違うものが見えます」
アルトは黙って聞く。
レティアは市場を見渡した。
「帝国は流れを止めない」
「それが一番恐ろしいと思います」
風が吹く。
レティアは続けた。
「戦争があっても流れる」
「災害があっても流れる」
「事件が起きても流れる」
「だから強い」
アルトの表情が僅かに変わる。
レティアは笑った。
「商人の視点ですけれどね」
だが。
その言葉は本質を突いていた。
◆
面談も終わりに近づく。
アルトは立ち止まった。
「レティア嬢」
「はい」
「以前お話しした件ですが」
レティアは理解した。
帝国大使の話だ。
選ばれなかった場合。
帝国へ仕える道。
侯爵級魔力の授与。
既に説明されている。
アルトは言う。
「もし選ばれなかった場合でも」
「帝国はレティア嬢を高く評価しています」
レティアは微笑む。
「光栄ですね」
アルトは続ける。
「特に経済分野です」
「連合交易」
「港湾管理」
「物流統括」
「その分野で非常に優秀です」
レティアの笑みが少し深くなる。
それは最大級の評価だった。
アルトはさらに言った。
「帝国大使だけでなく」
「連合経済局の中核候補にもなれるでしょう」
レティアは僅かに驚いた。
帝国大使以上。
連合全体の経済管理。
それは大きな権限を持つ立場だった。
「魅力的なお話ですね」
レティアは答える。
だが。
すぐに笑った。
「ですが」
アルトを見る。
「まだ負けるつもりはありません」
アルトも少しだけ笑う。
「そうでしょうね」
「当然です」
レティアは胸を張った。
「商人は最後まで利益を諦めませんから」
◆
面談終了後。
市場を後にするレティア。
その表情は明るかった。
皇妃。
帝国大使。
連合経済局。
未来の道はいくつもある。
だが。
まだ選抜は終わっていない。
レティアは小さく笑う。
「面白くなってきましたね」
その視線は皇城へ向いていた。
そして。
アルトは次の資料へ手を伸ばす。
そこに書かれていた名前。
セレナ・シドル。
制度を見抜く才女。
次の個別面談が始まろうとしていた。




