第122話 個別面談・ミレーユ
リベナとの個別面談が終わった翌日。
皇城の一角。
次の面談者が案内されていた。
ミレーユ・カーマイン。
カーマイン辺境伯家長女。
帝国側候補者の一人だった。
「失礼します」
少し緊張した様子で部屋へ入る。
だが。
中を見た瞬間。
ミレーユは目を丸くした。
「え?」
そこは会議室ではなかった。
大きな窓。
暖かな陽射し。
そして机の上には紅茶と菓子が並んでいる。
アルトは椅子に座りながら言った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ミレーユは戸惑いながら席へ座る。
アルトは少しだけ微笑んだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「いえ、緊張しますよ!」
ミレーユは即答した。
「相手は皇太子殿下ですよ!?」
アルトは少しだけ笑った。
その様子を見て。
ミレーユも少し落ち着く。
そして面談が始まった。
◆
「帝都視察の時」
アルトが口を開く。
「怪我人へ真っ先に向かいましたね」
ミレーユは頷いた。
「はい」
「迷いませんでしたか」
「迷う理由がありませんでした」
即答だった。
「目の前で怪我していましたから」
アルトは静かに聞いている。
ミレーユは続けた。
「選抜とか評価とか考える前に、助けないとって思いました」
「そうですか」
「はい」
アルトは少しだけ頷いた。
「カーマイン辺境伯領でも同じですか」
ミレーユは笑う。
「もっと大変です」
「辺境ですから」
「魔物も出ますし、怪我人も出ます」
「考えている間に死ぬこともあります」
その言葉に重みがあった。
経験から出る言葉だ。
◆
しばらくして。
アルトは別の質問をする。
「ミレーユ嬢は、自分の強みは何だと思いますか」
ミレーユは困った顔になった。
「難しいですね」
しばらく考える。
そして。
「分かりません」
と答えた。
アルトは意外そうな顔をしなかった。
「では弱みは?」
今度は即答だった。
「いっぱいあります」
アルトが少しだけ笑う。
ミレーユは真面目な顔で続ける。
「外交はリベナ様の方が上です」
「制度ならセレナ様です」
「経済ならレティア様です」
「エルシア様なんて全部すごいです」
一気に言った。
アルトは静かに聞く。
「だから」
ミレーユは少しだけ苦笑した。
「正直、自分が勝てる気はあまりしません」
部屋が静かになる。
だが。
アルトは否定しなかった。
代わりに質問した。
「では」
「なぜここに残っていると思いますか」
ミレーユが首を傾げる。
「え?」
「選抜です」
「なぜ今も残っているのでしょう」
ミレーユは答えられない。
アルトは窓の外を見ながら言った。
「帝都視察の日」
「事故がありました」
ミレーユは思い出す。
市場での荷車事故。
少年の怪我。
混乱する人々。
アルトは続けた。
「他の候補者も正しい行動をしました」
「ですが」
アルトの視線がミレーユへ向く。
「最初に人を見たのは、ミレーユ嬢でした」
ミレーユが固まる。
アルトは静かに言う。
「制度も大切です」
「外交も大切です」
「経済も大切です」
「ですが」
一拍。
「その全ては、人のためにあります」
ミレーユは何も言えない。
アルトは続ける。
「帝国は大きい」
「大きくなるほど、上にいる者は民の顔が見えなくなります」
「数字だけを見るようになる」
「報告書だけを見るようになる」
静かな声だった。
だが重い。
「だからこそ」
「人を見る者が必要です」
ミレーユの目が少し潤む。
思いもしなかった評価だった。
◆
面談も終わりに近づく。
アルトは資料を閉じた。
「ミレーユ嬢」
「はい」
「以前説明した話ですが」
ミレーユはすぐに理解した。
帝国大使の話だ。
皇妃に選ばれなかった場合。
希望する者は帝国へ仕えられる。
侯爵級魔力も授与される。
候補者全員へ説明済みの内容だった。
アルトは言う。
「もし選ばれなかった場合でも」
「帝国はミレーユ嬢を高く評価しています」
ミレーユが目を見開く。
アルトは続ける。
「辺境行政」
「民政」
「復興支援」
「そういった分野で力を発揮できるでしょう」
「帝国はそう判断しています」
ミレーユはしばらく言葉を失った。
やがて。
小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
そして。
顔を上げた。
その目には迷いがなかった。
「でも」
アルトを見る。
「まだ負けません」
アルトは少しだけ笑った。
「ええ」
「期待しています」
ミレーユも笑う。
「絶対に最後まで残ります」
「頑張ります」
アルトは頷いた。
「その意気です」
◆
面談終了後。
廊下を歩くミレーユ。
心は不思議と軽かった。
外交は苦手だ。
経済も得意ではない。
制度設計もできない。
だが。
自分にも見えるものがある。
そう言ってもらえた。
ミレーユは少しだけ空を見上げる。
「よーし」
小さく拳を握る。
「次も頑張ろう」
その背中には。
選抜開始当初よりも、少しだけ自信が宿っていた。
そして。
アルトは次の資料へ目を向ける。
そこに書かれていた名前は――
ユリア・ノルトハイン。
第三次選抜。
個別面談は、まだ始まったばかりだった




