第121話 個別面談・リベナ
資料盗難事件の調査が続く中。
皇太子妃選抜も予定通り進められていた。
帝国は立ち止まらない。
事件が起きようと。
敵が動こうと。
帝国の未来を決める選抜を止める理由にはならなかった。
そして。
この日から個別面談が始まる。
最初に呼ばれたのは――
タン王国第二王女。
リベナだった。
◆
皇城・庭園
美しく整えられた庭園。
噴水の音が静かに響いている。
面談の場として選ばれたのは会議室ではなかった。
政治の場ではなく。
人を見るための場所。
リベナは案内された席へ腰を下ろす。
向かいにはアルト。
二人だけだった。
しばらく静かな時間が流れる。
先に口を開いたのはアルトだった。
「お待たせしました」
「いいえ」
リベナは微笑む。
「私もこの時間を楽しみにしていました」
アルトは少しだけ頷いた。
そして本題へ入る。
「では始めましょう」
「はい」
リベナの表情も引き締まった。
アルトは最初の質問を投げる。
「リベナ殿下は、王妃に最も必要なものは何だと思いますか」
ありきたりな質問。
だが。
答え方で人柄が出る。
リベナは少しだけ考えた。
そして答える。
「信頼です」
アルトは静かに聞く。
「愛情ではなく?」
リベナは微笑んだ。
「愛情も大切です」
「ですが国家は愛情だけで動きません」
その瞳は真っ直ぐだった。
「信頼を失えば夫婦も崩れます」
「国も崩れます」
アルトは頷く。
否定はしない。
リベナは続けた。
「王妃は夫を支える存在です」
「ですが盲目的に従う存在ではありません」
「信頼があるからこそ、時には反対もできると思います」
アルトは静かに聞いていた。
やがて次の質問をする。
「帝国とタン王国の利害が衝突した場合はどうしますか」
リベナは即答しなかった。
数秒考えた後。
答える。
「まず衝突させません」
アルトの目が少し細くなる。
「不可能なら?」
「双方の損失を計算します」
リベナは落ち着いていた。
「勝つことではなく」
「失うものを減らします」
「戦争も外交も、最後に残るのは損失ですから」
アルトは小さく頷いた。
「なるほど」
リベナは続ける。
「帝国が勝つでしょう」
その言葉に迷いはない。
「ですが帝国が勝っても損失は出ます」
「タン王国が負ければなおさらです」
「ならば、戦う前に終わらせるべきです」
アルトは少しだけ笑った。
「外交官のような答えですね」
リベナも笑う。
「王女ですので」
◆
しばらくして。
今度はリベナが尋ねた。
「私からも質問してよろしいでしょうか」
「構いません」
アルトは答える。
リベナは少しだけ考えた。
そして静かに言った。
「殿下は王妃に何を求めますか」
アルトは即答しなかった。
噴水の音だけが響く。
やがて。
アルトは答える。
「止めることです」
リベナが僅かに目を見開く。
「止める?」
「はい」
アルトは頷く。
「私が間違った時」
「誰より先に止めること」
静かな声だった。
だが重い。
「賛成だけするなら必要ありません」
「それなら部下で十分です」
リベナは黙る。
アルトは続ける。
「私の隣に立つなら」
「私に異を唱える覚悟が必要です」
その言葉を聞き。
リベナは少しだけ笑った。
「難しい条件ですね」
「そうでしょうか」
「ええ」
リベナは頷く。
「皇太子に反対するのは勇気が必要です」
アルトは平然としていた。
「必要なことです」
リベナは思う。
やはり普通ではない。
帝国の皇太子。
それも大陸最大国家の次代の皇帝。
だが。
目の前の少年は。
忠誠ではなく。
正しさを求めていた。
◆
面談も終盤に入る。
アルトは資料を閉じた。
そして静かに言う。
「リベナ殿下」
「はい」
「以前お話しした件です」
リベナはすぐに理解した。
帝国大使の話だ。
選抜開始時。
全候補者へ伝えられた内容。
選ばれなかった場合でも。
帝国は優秀な人材を失うつもりはない。
希望するなら。
帝国大使として迎える。
さらに侯爵級魔力も与えられる。
破格の待遇だった。
アルトは続ける。
「もし最終的に選ばれなかった場合」
「予定通り帝国大使として迎えたいと考えています」
リベナの目が少しだけ動いた。
だが驚きではない。
確認だった。
アルトは真っ直ぐ言う。
「もちろん結果はまだ出ていません」
「ですが」
「リベナ殿下の能力は高く評価しています」
リベナは静かに頭を下げた。
「光栄です」
アルトは続ける。
「帝国とタン王国を繋ぐ役割は重要です」
「殿下なら十分に務まるでしょう」
リベナは少しだけ笑う。
そして顔を上げた。
「ですが」
アルトを見る。
「今はまだ候補者です」
その瞳には強い意志があった。
「最後まで戦わせてください」
アルトは頷く。
「もちろんです」
リベナは立ち上がる。
「負けるつもりはありませんので」
その言葉に。
アルトは僅かに微笑んだ。
「期待しています」
◆
庭園を去るリベナ。
歩きながら空を見上げる。
帝都の空は広かった。
皇妃。
帝国大使。
どちらの道もある。
だが。
まだ決まっていない。
今決める必要もない。
リベナは小さく笑った。
「まずは勝負ですね」
帝国最強の皇太子。
アルト・シクタルン。
その隣に立てるかどうか。
答えはまだ先にある。
こうして。
最初の個別面談は幕を閉じた。
そして次に呼ばれる候補者が、静かに準備を始めていた。




