第119話 港を支配する者
尋問が終わった後。
アルトたちは皇城の会議室へ移動していた。
部屋の中にはアルト、ギルタル、リベナ、そしてリリがいる。
机の上には回収された資料が並べられていた。
皇太子調査報告書。
候補者情報。
幼少期記録。
その全てが戻ってきている。
だが、問題は終わっていなかった。
ギルタルが口を開く。
「証言だけを見れば、タン王国国王が関与しているように見えます」
部屋が静まる。
すると。
リベナが即座に首を横へ振った。
「父ではありません」
その声に迷いはなかった。
ギルタルが視線を向ける。
「理由をお聞きしても?」
リベナは静かに答えた。
「父は愚かではないからです」
一拍。
「帝国の恐ろしさを理解しています」
アルトは黙って聞いていた。
リベナは続ける。
「シクタルン帝国は大陸の三分の二を支配しています」
「軍事力、経済力、技術力」
「どれを取っても最大です」
ギルタルも否定しない。
事実だからだ。
「さらに」
リベナはアルトを見る。
「皇帝陛下とアルト殿下だけが魔力核を継承しています」
「帝国の根幹です」
「そんな国へ正面から喧嘩を売るほど、父は愚かではありません」
アルトは小さく頷いた。
「私も同意見です」
リベナの瞳が少し動く。
アルトは続けた。
「この件にタン王国が関わっている可能性はあります」
「ですが、国王本人とは思えません」
ギルタルが腕を組む。
「ならば誰だ」
その時だった。
会議室の扉が静かに開く。
リリだった。
音もなく現れる。
相変わらず気配が薄い。
ミレーユなら確実に驚くだろう。
リリは資料を机へ置いた。
「資金の流れを追いました」
アルトが視線を向ける。
「結果は?」
「タン王国です」
部屋が静まる。
だがリリは続けた。
「王家ではありません」
ギルタルの目が細くなる。
「どこだ」
リリは資料を開いた。
そこに書かれていた名前を見た瞬間。
リベナの表情が変わった。
ほんの僅かだった。
だが確かに。
「グランツ商会……」
リベナが呟く。
アルトが問う。
「知っているのですか」
リベナは静かに頷いた。
「タン王国最大商会です」
「港湾の大半を支配しています」
ギルタルが眉を上げる。
「大半?」
「八割です」
その場の空気が変わった。
八割。
もはや商会という規模ではない。
リベナは続ける。
「港」
「倉庫」
「船団」
「海上輸送」
「それらの多くを握っています」
アルトが静かに言う。
「国王よりも影響力があると?」
「そこまでは言いません」
リベナは首を振った。
「ですが、無視できる存在ではありません」
一拍。
「父ですら」
ギルタルの表情が険しくなる。
「厄介だな」
リベナは頷いた。
「ええ」
「タン王国で最も欲深い男です」
会議室が静まり返る。
アルトは机の上の地図へ目を落とした。
そして。
今までの出来事を繋げていく。
連合輸送路。
港湾共有。
物流管理。
関税調整。
輸送管理局。
その全ては。
タン王国の港を独占していた者にとって脅威だった。
アルトは静かに言った。
「動機がありますね」
ギルタルも頷く。
「十分すぎるほどに」
リベナの表情は硬かった。
彼女自身も理解している。
グランツ商会ならやりかねない。
利益のためなら。
帝国すら利用しようとする男だ。
その時。
リリが再び口を開いた。
「まだあります」
全員の視線が集まる。
リリは淡々と言った。
「バルド・グランツ」
「現在、帝都に滞在しています」
空気が止まる。
ギルタルが立ち上がった。
「何だと?」
リリは頷く。
「昨日確認しました」
「迎賓館近くです」
アルトの紫の瞳が細くなる。
遠くの敵ではない。
すでに帝都にいる。
そして。
皇太子妃選抜の真っ最中に。
アルトは静かに立ち上がった。
「なるほど」
誰も言葉を挟まない。
アルトは窓の外を見る。
帝都の夜景が広がっていた。
「なら話は早いですね」
その声は静かだった。
だが。
知る者なら分かる。
アルトが本気で動く時の声だ。
ギルタルが問う。
「どうされますか」
アルトは振り返った。
「会いに行きましょう」
リベナの目が見開かれる。
ギルタルは小さく笑った。
「正面からですか」
「ええ」
アルトは答えた。
「港を支配する商人の王に」
その紫の瞳が静かに光る。
帝都へ入り込んだ影。
その正体は少しずつ姿を現し始めていた。




