第118話 偽りの紋章
帝都南区。
古びた廃倉庫。
近衛騎士団による包囲はすでに完了していた。
逃げ道はない。
地下室へ続く階段の前で、騎士たちが武器を構えている。
その中央に立つのはギルタル・アルノー。
王太子補佐長。
そして帝国でも有数の実力者だった。
「突入」
短い命令。
騎士たちが一斉に動く。
地下室の扉が破られた。
中から悲鳴が上がる。
数分後。
一人の男が縄で拘束され、地上へ引きずり出された。
男の横には黒い鞄。
その中には盗まれた資料が入っていた。
皇太子調査報告書。
候補者情報。
そして――
幼少期記録。
ギルタルの目が鋭くなる。
「回収完了です」
騎士が報告する。
ギルタルは頷いた。
「殿下へ知らせろ」
「はっ!」
⸻
その夜。
皇城。
尋問室。
石造りの小さな部屋。
机と椅子だけが置かれている。
拘束された男は椅子へ縛り付けられていた。
目の前にはアルト。
隣にはギルタル。
男は必死に強がっていた。
「俺は何も知らねぇ」
「そうですか」
アルトは静かだった。
感情が見えない。
男は逆に不気味さを感じる。
「本当に知らないなら、それで構いません」
アルトは机の上へ一つの魔道具を置いた。
男の顔色が変わる。
ギルタルが言う。
「侯爵級魔力紋偽装装置」
「帝国の魔道具です」
男が目を逸らした。
アルトはそれを見逃さない。
「やはり」
「あなたですね」
男は黙る。
アルトは続けた。
「この魔道具は侯爵の魔力紋を再現するためのもの」
「現場に残っていた魔力紋も同じでした」
ギルタルが机を叩く。
「答えろ」
男は唇を噛む。
沈黙。
だがアルトは焦らない。
ただ静かに見つめる。
やがて男が口を開いた。
「……侯爵は関係ねぇ」
「最初から分かっています」
アルトは答えた。
男は苦笑した。
「なら何で聞く」
「誰に命令されたのかを聞いています」
再び沈黙。
だが今度は長く続かなかった。
男の額に汗が浮かぶ。
そして。
「……言ったら殺される」
ギルタルが冷たく言う。
「言わなくても死ぬと思っているのか?」
男は震えた。
アルトは静かに言う。
「帝国は証言者を守れます」
「ですが黙るなら守れません」
男の肩が揺れる。
数秒後。
ついに観念した。
「俺は……商人だ」
「運び屋だった」
ギルタルが記録を始める。
「続けろ」
男は俯いたまま話した。
「依頼人は直接来なかった」
「仲介人がいた」
「金貨五百枚」
会議室ならざわつく金額だ。
だがアルトは無表情だった。
「仲介人の名前は」
「知らねぇ」
「顔は?」
「仮面を着けてた」
ギルタルの眉が動く。
典型的な工作員。
だが次の言葉で空気が変わった。
「ただ……」
男が震えながら言う。
「聞こえたんだ」
アルトの視線が向く。
「何をです」
男は答えた。
「王って呼ばれてた」
尋問室が静まる。
ギルタルの目が細くなる。
「どこの王だ」
男は首を振る。
「分からねぇ」
「ただ……」
一拍。
「タン王国って言葉が聞こえた」
その瞬間。
ギルタルの表情が消えた。
アルトも静かに目を閉じる。
リベナ。
そしてタン王国。
偶然とは思えない。
だが。
まだ証拠にはならない。
アルトは静かに言った。
「それだけでは足りません」
男は頷いた。
「分かってる」
「だからもう一つある」
ギルタルが身を乗り出す。
「何だ」
男は震えながら答えた。
「依頼品を渡す時」
「仲介人が言ったんだ」
尋問室が静まり返る。
男の声が響く。
「――国王陛下がお待ちだ」
ギルタルの拳が机を叩いた。
鈍い音が響く。
「国王だと?」
男は震える。
「聞いたのはそれだけだ!」
「嘘じゃねぇ!」
アルトは静かに考える。
タン王国。
国王。
幼少期記録。
皇太子調査報告書。
線が少しずつ繋がり始めていた。
だが。
まだ決定打がない。
アルトは立ち上がる。
「ギルタル」
「はい」
「この男は保護してください」
「承知しました」
アルトは扉へ向かう。
そして立ち止まった。
「次は仲介人です」
紫の瞳が静かに光る。
「そこを押さえれば、全て分かるでしょう」
帝都の夜は深い。
だが。
犯人たちが隠れられる時間は、もう残されていなかった。
そしてアルトは知らない。
この事件が。
タン王国国王そのものへ繋がることを。




