第105話「帝都視察」
第三次選抜は、帝都視察。
そう告げられた翌朝、候補者たちは迎賓館の正門前に集められていた。
昨日までの会議室とは違う。
今日は地図も資料もない。
あるのは、目の前に広がる帝都そのものだった。
整えられた石畳。
朝から動き始める商人たち。
荷車を引く者。
店を開ける者。
巡回する兵。
水路を掃除する作業員。
遠くでは鐘が鳴り、帝都の一日が始まっている。
候補者たちは、それぞれ違う表情で街を見ていた。
リベナは人の流れを静かに追っている。
テジナは退屈そうにしながらも、兵や護衛の配置に目を向けていた。
セレナは道幅、建物の高さ、交差点の構造を見ている。
レティアは露店、荷車、商人同士の会話、商品の値札を見逃さない。
エリは石畳の隙間に生えた小さな草を見つめていた。
エルシアは帝国貴族として知っているはずの街を、今日は別の目で見ようとしていた。
ミレーユはすでに少し落ち着かない様子で周囲を見回している。
ユリアは静かに、道の端を歩く労働者たちの足取りを見ていた。
しばらくして、アルトが現れた。
隣にはギルタル。
護衛はいる。
だが、数は多くない。
候補者たちに過度な警戒心を与えないようにしているのだろう。
アルトは候補者たちを見渡し、静かに言った。
「本日は帝都を視察していただきます」
候補者たちが姿勢を正す。
「昨日、皆様は輸送路について優れた意見を出してくださいました」
アルトの視線が、わずかにエルシアへ向く。
「ですが、制度として正しいことと、現場で機能することは違います」
ミレーユの目が少しだけ動いた。
アルトは続ける。
「今日は、市場、物流倉庫、兵舎、労働者街を見ていただきます」
「見るだけですか?」
テジナが問う。
アルトは静かに答えた。
「基本は、見るだけです」
その言葉に、候補者たちの何人かが反応した。
基本は。
つまり、何か起これば違う。
レティアが楽しそうに微笑む。
「それは、何か起きる可能性があるという意味でしょうか」
「帝都では毎日、何かが起きています」
アルトは表情を変えずに返した。
「重要なのは、それを問題として見つけられるかどうかです」
セレナが小さく頷いた。
「つまり、今回の試験は観察と対応」
「そう考えていただいて構いません」
アルトは一歩、街の方へ歩き出した。
「では、行きましょう」
候補者たちは、その後に続いた。
◆市場通り
最初に向かったのは、帝都東側の市場通りだった。
そこは朝から活気に満ちていた。
野菜、肉、魚、布、工具、薬草、香辛料。
店先には様々な品が並び、商人たちの声が飛び交っている。
だが、混乱はない。
荷車は決められた方向に進み、人の流れも自然と分かれている。
道の端には兵が立ち、露店の配置も整っていた。
レティアは目を細める。
「よく流れていますね」
「分かりますか」
ギルタルが問う。
「ええ」
レティアは微笑んだ。
「人の流れ、荷の流れ、金の流れ。この三つがぶつかりすぎないように整理されています。露店の位置も、衝動買いを誘う場所と、必要品を買う場所で分けられている」
ミレーユは首を傾げた。
「そんなところまで見てるんですか?」
「もちろんです」
レティアは楽しそうに言う。
「市場は、人の欲が一番分かりやすく出る場所ですから」
「欲……」
「欲は悪いものではありません。人が何を欲しがるかが分かれば、何に困っているかも見えます」
その言葉に、エルシアが静かに反応した。
市場を見る目。
エルシアも市場の制度や流通は学んでいる。
だが、レティアは市場をもっと生きたものとして見ていた。
数字ではなく、人の動きとして。
その時だった。
市場通りの先で、鈍い音が響いた。
ガタン、という重い音。
続いて、誰かの悲鳴。
「危ない!」
一台の荷車が道の中央で傾いていた。
車輪の軸が折れたのか、積まれていた木箱が崩れ、道へ散らばっている。
中身は薬瓶と乾燥肉、それに布袋。
周囲の人々が足を止め、通りが一気に詰まり始めた。
さらに、倒れた木箱のそばで、一人の少年が足を押さえてうずくまっていた。
荷箱の角が当たったのだろう。
商人たちは怒鳴り合い、兵が駆け寄ろうとしている。
しかし、人が集まりすぎて動きが鈍い。




