第102話「第二次選抜・連合裁定②」
一方で、ミレーユは地図ではなく、赤い印の場所を見ていた。
魔物被害の印。
村。
街道。
補給地点。
彼女は少しだけ眉を寄せる。
「この輸送路、作るだけじゃ足りないと思います」
全員の視線がミレーユに向いた。
ミレーユは少し緊張したようにしながらも、続ける。
「道があっても、途中の村が守られていなければ意味がありません。輸送隊だけが通れても、その周りの村が魔物に襲われ続けるなら、結局そこから崩れます」
アルトの視線が少しだけ柔らかくなる。
ミレーユは続けた。
「それに、兵がずっと警備するなら、補給拠点も必要です。水、食料、休める場所、怪我人を運ぶ道。そういうのがないと、道だけ作っても兵が先に疲れます」
テジナが少しだけ目を細めた。
「現場の話ね」
「はい」
ミレーユは頷いた。
「地図の線だけでは、人は動けません」
その言葉に、ユリアが静かに続けた。
「そして、維持できなければ意味がありません」
ミレーユの隣で、ユリアは資料を見ていた。
「初期費用だけでなく、十年後も保てるかを考える必要があります。通行料、警備費、補修費、魔物討伐費。それらを誰がどれだけ負担するのかを決めなければ、最初は機能してもすぐに崩れます」
「十年後、ですか」
レティアが少し楽しそうに呟く。
「商売でも大切な視点ですね」
「短期の利益で長期の維持を壊せば、結局は損になります」
ユリアは静かに答えた。
レティアは微笑む。
「同感です」
エリは、しばらく黙っていた。
皆の視線が動き、地図の上で利害が重なる中、彼女だけは森の場所を見ている。
やがて、エリが口を開いた。
「森を削る道は、簡単には認められません」
その声は穏やかだった。
だが、はっきりしていた。
「世界樹に連なる森は、ただの木の集まりではありません。そこには水の流れがあり、土があり、魔力の巡りがあります。道を作れば、風も水も変わります」
テジナが問う。
「つまり、反対?」
「反対だけをするつもりはありません」
エリは静かに返す。
「森を傷つけずに通す道を考える必要があります。大きな道ではなく、季節ごとに通れる細い道。荷を分けて運ぶ方法。あるいは、森の外周に沿う迂回路」
「時間がかかるわね」
「はい」
エリは頷いた。
「ですが、早さだけで森を傷つければ、後でより大きな代償を払うことになります」
その言葉に、場が静かになる。
早さ。
費用。
自然。
安全。
制度。
現場。
維持。
それぞれが違うものを見ている。
その中で、エルシアは全員の発言を静かに聞いていた。
自分の考えをすぐには出さない。
まず、分類する。
彼女の頭の中で、候補者たちの意見が並んでいく。
安全――テジナ。
費用と流通――レティア。
制度――セレナ。
自然と長期影響――エリ。
裏の意図――リベナ。
現場――ミレーユ。
維持――ユリア。
そして帝国の立場。
連合全体の安定。
エルシアは小さく息を吐いた。
(これを一つにまとめるのが、皇太子妃に求められること……)
彼女は改めて、昨日のアルトの言葉を思い出す。
皇妃は飾りではない。
帝国と連合の間に立つ存在。
今、目の前で起きているのは、まさにその縮図だった。
アルトは全員の反応を見た後、静かに言った。
「皆様」
候補者たちは顔を上げる。
「この問題に、正解は一つではありません」
その声は落ち着いていた。
「ですが、失格に近い答えはあります」
広間が静まる。
アルトは続ける。
「自分の国だけを勝たせる答えです」
その言葉に、全員の表情が少しだけ変わった。
テジナは口元を上げる。
レティアは笑みを深くする。
セレナは静かに頷く。
リベナは目を細める。
エリは目を伏せる。
帝国側の三人も、空気を受け止めた。
アルトは続ける。
「帝国だけに都合のよい答えも、評価はしません。連合とは、帝国が命じて各国が従うだけの仕組みではありません」
一拍。
「少なくとも、私はそうするつもりはありません」
その言葉は、各国の候補者たちに向けられていた。
同時に、帝国側の三人にも向けられていた。
エルシアは静かにその言葉を受け止める。
帝国の利益だけを見ればいいわけではない。
かといって、各国に譲ればいいわけでもない。
全体を動かし、なおかつ崩さない。
それが、求められている。
アルトは最後に言った。
「評価するのは五つです」
ギルタルが資料を候補者たちへ配る。
そこには、試験の評価項目が記されていた。
一つ。
自国の利益だけを優先していないか。
二つ。
帝国に都合のよい答えだけを出していないか。
三つ。
現場の民や兵士の負担を考えているか。
四つ。
長期的に維持できる制度になっているか。
五つ。
他者の意見を聞き、自分の案を修正できるか。
候補者たちは、その五項目を見つめた。
これは、知識試験ではない。
討論でもない。
自分の国だけを守れば落ちる。
帝国に媚びても落ちる。
正論だけでも足りない。
現場だけでも足りない。
長期だけでも足りない。
他者の意見を聞けなければ、皇太子の隣には立てない。
アルトは地図へ視線を落とした。
「では、皆様」
静かな声だった。
「この問題を、連合として裁定してください」
誰もすぐには口を開かなかった。
地図の上で、各国の利害が静かにぶつかっている。
森。
港。
山道。
市場。
村。
兵。
金。
制度。
そのすべてが一本の輸送路に絡み合っていた。
候補者たちは初めて、皇太子の隣に立つという意味を、紙の上ではなく現実として突きつけられた。




