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 そうして一週間も経てば、こもりきりでやれることなど限られてくる。

 借りてきた五冊の本はすでに三度繰り返し読んだ。刺繍もした。レース編みもした。時期にはまだ少し早いが編み物もした。あと自分ができることといえば裁縫と料理だが、さすがにそれはここではできない。

 半分編み上がったマフラーを膝に置き、アミリアはため息を吐いた。


「……どうしようかしら」


 こもることには慣れているが、あまりにすることがなさ過ぎた。じゃあこもるのを止めて部屋の外に出ればいいじゃないかという話なのだが、一度こもってしまうとどうにも外に出ることが億劫に思えてならない。

 家ならば母や父の手伝いもあったがここにはないし、家から出ようとしない彼女を気遣って本を買ってきてくれる兄もいない。ターニャに図書室へ行ってもらおうにも、なにがあるかわからないから傍を離れるわけにはいかないとやんわりと断られる始末。

 ソファの上に並んだ手袋やマフラーを見てこれらを用意するには少しばかり早いのに、とまたため息が出る。


「とりあえずこれは兄様にでも送っておきましょうか……」

「アミリア様、御夕飯です」

「ああ、ありがとう、ターニャ」


 テーブルに広がる毛糸玉を籠にしまい、夕食を並べていくターニャだが普段の手際の良さが見受けられない。

 訝しんで首を傾けたのと同時に向けられたその表情に、アミリアは嫌な予感を覚えた。


「アミリア様、実は、」


 ターニャが言いよどんでいる、そういった時にはだいたい碌なことがない時だ。最後にそんな風な彼女を見たのは、城に召し上げられることを伝えるために父の書斎に呼び出された時だった気がする。

 何事かと怯えながら、次の言葉に耳を傾けた。


「オーガスト侯爵御令嬢様より、御茶会の招待状が」

「……………………身構えてはいたけど、まさか本当に来るとは思わなかったわ」


 なにせもう陛下は一週間近くアミリアの元に足を運んでいない。いい加減噂も消えていいと思うのだけど。

 ポケットから取り出された封筒を受け取り、開封する。出てきたメッセージカードに書かれた内容に、頬を引き攣らせた。


「楽しくお喋り、ねぇ……」


 集団イジメの間違いでしょう。

 幾人もの取り巻きを従えたミエルと階段で会った時のことを思い出す。豊満な身体を惜しげもなくさらすようなデザインのドレスに、耳元や首元を飾る大きな宝石、つり目の瞳から受ける印象そのままにプライド高い女王様気質。

 考えるだけで楽しくなさそうなお茶会である。


「どうせまた難癖つけてねちねち言われるだけでしょ、これ。陛下ももうとっくに私のことなんて忘れてるだろうし、」


 アミリアの言葉に重なるように響いたノック音に、口を噤む。


「入るぞ」


 うんともすんとも言っていないのに外から勝手に開かれた扉から入ってきたのは、まさしく今口に出していた人物で。その堂々とした様子に、きっとまたいろんな人に目撃されてここまで来たんだろうと予想し、くらり、眩暈がした。

 ターニャは邪魔にならぬように引っ込んだのだろう。その姿は見えない。

 ため息を吐きそうになったのをグッとこらえ、陛下に向き直る。


「なんの御用でしょうか」

「用などない」


 じゃあなんでまたここに来たんでしょうねこの方は!

 ひくり、頬が引き攣るのを我慢して、アミリアは手にしていたメッセージカードと封筒をさりげなく後ろに隠す。

 しかし陛下はなんてことない表情でアミリアに近づいてきて、訝しむ彼女の手からあっさりとその二つを奪っていった。


「陛下!」

「茶会の招待状か」


 サッと流し読みをした陛下は心底どうでもよさそうに呟いて、アミリアにそれを返してよこした。

 他人宛のメッセージカードを勝手に読んでおいて悪びれもしないその態度に、ますます陛下の印象が下降の一途をたどっていく。


「陛下、人に宛てられたものを勝手に読むのは感心される行為ではありません」

「読まれて困るものか?」


 アミリアはそういうことじゃねえだろこのくそ陛下、といささか淑女とは思えぬ暴言を浮かばせた。

 貼りつけられた笑みが冷えていくことに気付いた陛下は、おかしなやつだと呟いた。


「俺の訪問に喜ばない女はお前だけだ」

「陛下がそれを御所望なら」

「いらん。どうせ棒読みだろう」

「よくおわかりになりましたね」

「…………とにかく、お前にそんなものは求めてない。話しやすいように話せ」


 それにはさすがに戸惑った。

 陛下はアミリアの横髪をスッと手に取り口づけた後、眉間にしわを寄せたアミリアの顔を覗き込む。にやり、そんな表現がぴったりな表情で。


「お前を気に入ったからな。だからそれを許す代わりに俺が飽きるまで、俺の相手はお前だ」

「返上致しますので、お相手は辞退させていただきます」

「後宮に上がってきた時点でお前に拒否権はない」


 玩具を手に入れた子供のような表情に、盛大に頬を引き攣らせて。だけど陛下はそれすらも愉快そうにしただけだった。


「陛下は変わり者でいらっしゃられたのですね」

「俺に媚びないお前も相当の変わり者だろうよ」

「……私は陛下のような方には近づきたくないと申し上げたはずですが」

「それについては納得も了承もしていない」


 アミリアの拒絶を取り合わない陛下。拒絶されていることに気付いているはずなのに。……そんなにこの色にはなにか価値があるのだろうか。

 黙り込んだアミリアから離れた陛下は、そのまま彼女が先ほどまで座っていたソファに腰を下ろした。そしてようやく机の上に広がった食事に気付いた。


「なんだ、まだ夕飯食べてなかったのか」

「…………ええ、まあ」

「すっかり冷めてるぞ」

「誰のせいですか、誰の」


 茶会の招待状に気を取られていたとはいえ、どう考えても陛下が後宮へ渡るには早い時間である。用事はないと言ったが、本当に陛下はなにを思ってこんな時間に部屋まで押しかけてきたのか。アミリアには推し量ることさえできなかった。

 すっかり冷めてしまったし、陛下も帰りそうにないし。アミリアは食事を下げてもらおうと侍女を呼ぶ時に使うベルを視線だけで探す。普段は呼ばずともターニャが気付いてくれるが、陛下に下がれと言われて下がらないわけにはいかない。今この部屋には陛下とアミリア以外、誰の姿もなかった。



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