蛇足の補注
ネタを割ってます。
必ず本文の後でお読み下さい。
第1章 PTAモンスター、爆誕
●「自転車で買い物に行ったら、若い女が、追い抜きざま、チッ、と舌打ちしていった。
安売りスーパーの狭い通路で、ふと振り返ったら、後ろにいた小さな女が、邪魔だとばかり睨んでいた。」
*すみませんねえ、年寄りなもので。若干、動作が鈍いかも。でも、いずれ行く道ですよ……。
●「家庭に問題があると、いらいらしたりするお子さんは、多いですからね」
*母は海外赴任中、父親とは別居……。雪美と美弥が、祖母の家で暮らしているという状況を、揶揄したものであろう。似鳥先生から聞いたか、信子自身が、美弥のクラス会で説明したのかもしれない。
●「小野寺さんは、私のネームプレートを見つめ、怪訝そうな顔をした……」
*姓が、雪美の「近藤」ではなく、自分の姓を書いてしまったのだ。
●「雪美ちゃんのお母さんの名前を、書いてください」
*小野寺さんは、信子は、真紀子の代理で来たと知っていた。役員は、もちろん、雪美の母親である、真紀子がやるものだと思ったのだ。
●「真紀子に電話を掛けようか」
*あんたの代わりに、こんなに大変な役を、押しつけられたのよっ、くらいは、言ってもよかろう。
●「健康診断とか、受けてます?」
*保健の先生が言っているのは、シルバー健診で、主婦健診ではない。
●11話
「雪美パパがなさるのではないの?」
*しのぶさんの二人の子どもは、美弥と雪美と、それぞれ同じクラスにいる。彼女は、母親の真紀子が、海外赴任中なのを知っていたのだろう。母親が無理なら、父親、と思ったのだ。高齢の祖母が委員長をやる、とは、さすがに思わなかったろう。
●近藤が大丈夫というので、子どもたちのことは任せていたが、
*真紀子が海外赴任してしばらくの間は、父親の近藤氏が、子どもたちのめんどうをみていた。信子も、父親の意思を尊重して、あえて、手を出さなかったものとみえる。
●「だから私が、二人を引き取った。近藤なんかに任せておけるか。」
*こんな状態では見てはおれぬ、というわけで、祖母の信子が、同じ市内にある、自分の家へと引き取ったわけである。
●「近藤は不本意だろうが、私も無職の専業主婦の身で、多少強引であったかとも思うが、これでよかったと思っている。
ついでだから言っておこう。
私は、夫とは別居しているが、離婚はしていない。」
*近藤氏は、信子の夫ではない。美弥と雪美の父親である彼は、信子の娘、真紀子の夫ある。子どもたちの祖父である信子の夫は、定年退職後、シニア海外ボランティアをして、第二の人生を有為に生きている。しかし、またも置き去りの信子には、不満である。これが、「別居」の真相である。ま、いくつになっても、「専業主婦」は退職できないわけです。
第2章 半径2キロの暗闘
●「年の話は、しないのよ」
*そりゃ、来年80歳という方に、「私、もう、年ですから」なんて、言えません……。
●「真紀子は、激怒していた。
なぜ、そんなものを引き受けたのか。……PTAは、私がやるんだから、と言うと、真紀子は、急におとなしくなったっけ。」
*母親の真紀子には、PTA役員など、やる気も余裕も、ないのである。しかし、祖母の信子が、引き受けてくれるのなら、無問題。
●「雪美が、私のことを「ババァ」と呼ぶのは、仕方のないことだと思っている。私が、悪かったのだ。面と向かって「ババァ」と呼ばれると、彼女が幼い日のことが思い出され、辛くなる。」
*第五章解説を参照
●「いろいろ大変なのよ。子どもがいると、ね」
「そうよねえ。信子さん、偉いわ」
*武藤さんは、信子と同じ年回りと思われる。祖母が孫の世話をすることの困難さを、よく知っている。「さすがに、子どもと暮らしている人は違うわね。言葉が豊富」などと言っているから、孫がいないか、いても遠方なのであろう。
●「マンションで鍵っ子だった頃」
*近藤一家は、当初、信子夫婦とは別居していた。真紀子は、ずっとフルタイムで働いていたので、子どもたちは、信子に引き取られるまで、鍵っ子だったわけだ。
●「飛び出した鼻先をぽきんと折られたような気分で帰宅し、怒り覚めやらず、時差も考えずに、真紀子に電話した。」
*子どもがこれだけの侮辱を受けたのだもの、真っ先に母親に報告するのは、当たり前。相手の都合が悪くたって、後回しにはできない。しかしさすがに、実の娘が、異国で、事故にでも遭っては困るから、通話の最後に、気遣いをみせている。
●「国際電話のせいか、妙に弱々しく、真紀子の声が届く。」
*真紀子は、美弥の母親である。そして、学校に怒鳴り込んでいったのは、彼女が子どもを託している、自分の母親だ。
声が弱々しいのは、決して、国際電話のせいではない。
●「『モンスター……』
言い掛けた真紀子に、」
*続く言葉は、「グランドペアレント」である。
●「あなただって、美弥が放火魔だなんて思わないでしょ?」
*母親ですもの、当然よねっ、というわけである。
第3章 隣の道路族
●「おやこ」
*「父子」ではない。近藤氏、雪美、美弥、それに、真紀子の「親子」である。ヨーロッパとは、むろん、真紀子のいる、フランスのことである。
●「ほほう。資格試験かなにか……」
*受験するのは、このばあさんの子? すると、もう、いい年だろうから……。資格試験でも受けるのだと、斉藤氏は、推測したのだ。だから、中学受験と聞いて、心底驚いたわけである。
●「かねがね私は、孟母三遷の教えは、親の義務である、と思っていた。」
*多分これは、節子自身の子ども……真紀子達を育てた頃の話である。年を取り、収入が減り、自宅も老朽化し……では、孫の為に金はかけられまい。
●「免許を返納した方がいいんじゃない、などと毒づいていた」
*警視庁では、高齢のドライバーに対して、「免許を返納する勇気」を持ちましょうと呼びかけている。また、70歳から74歳での更新には高齢者講習受講が必要で、75歳以上になるとそれに認知機能検査が加わる。高齢ドライバーが運転を続けるのは、めんどうになっている。
●「? もう一つ、ペダルがあった筈だが?
」
*信子が運転免許を取った頃には、オートマ車などなかった。マニュアル車には、アクセルペダル、ブレーキペダルの他、クラッチペダルなどというやっかいなものがついている。
●「そもそも、なんで、いまさら、車の運転をしようなんて思い立ったんですか」
*相手が、小学生の母親になら、「いまさら」という言葉は出てこないだろう。だが、来年80歳という年齢での、ペーパードライバー講習なら、「いまさら」とも言いたくなろう。
●「『失礼ですが、ワープロとかパソコンとかは?』
『数々の失礼な発言の中で、今のが一番失礼な発言ね!……』」
*コンビニの支払機にさえ拒絶感を抱いていた信子(第1章)が、インターネット通販を利用する(第3章)までに至っているのである。老婦人だからといって、パソコンできますか、は、失礼極まる発言である。
第4章 関所で井戸端会議
●「彼女の家族を誤認逮捕などという事態になっていたら、目も当てられないところだった」
*79歳の老婦人を(しかも次に起きる誘拐事件の被害者の祖母である)、誤認逮捕したら、世間の反応はどうなるか……? 考えるさえも恐ろしいと、本部長は怯えたのである。
第5章 ケルベロスと赤い爆弾
●「幼児が、遠くにいる祖母に、力いっぱい呼びかけたら、こんな発音になるだろう。」
*
二つの「バ」は同じ高さ、同じ長さで発音され、続く「ァ」は幾分高めに、二番目の「バ」を長く伸ばした母音として発音される。
両親のマンションで、鍵っ子だった頃、雪美は、学校から帰ると、一人、部屋の隅に、体育座りをして蹲っていた。学童保育には、行けなかった。いじめる子が、いたのだ。
そこへ、まるで白馬の騎士のように、祖母は、乗り込んできたものだ。ただしこの騎士は、電動アシスト付き自転車に乗り、手作りのお団子やらドーナツやらをたくさん積んで、やってきた。
そして、雪美の宿題をみたり、洗濯を取り込んだり、時間になると、小さな美弥を迎えに行く。妹の保育園までの道を、雪美と祖母は、手をつないで歩いたものだ。
夜、母が帰ってくると、入れ違いで、祖母は帰っていく。自転車で走る祖母の後を、幼い雪美は、いつまでもいつまでも、走って追いかけていった。暗い夜道を、「ババァー、ババァー」
と呼びながら。