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【SS追加!】私が倒れても、幼馴染が大事ですか  作者: 九葉(くずは)


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第9話

 初冬の再会から半月のあいだに、机の上にはクラウスからの手紙が三通たまった。


 角張った几帳面な字なのに、中身は驚くほど不器用だった。一通目は、秋の終わりに仕込んだ乾燥苔が思いのほか上等に仕上がったという報告で、ほとんど埋まっている。


 私は笑いながら、『苔がお元気なのはよく分かりました。でも、クラウス様ご自身が温かいスープを飲んでいるのかどうか、どこにも書いてありません』と返事を書いた。


 二通目は、『毎朝マルタの根菜汁を二杯飲んでいる。君こそ、手先を冷やしていないか』という、短くてぶっきらぼうな返事だった。読みながら、何度も同じ行に目が戻ってしまう。


 三通目には、冬市の日付と待ち合わせの場所だけが書いてあった。末尾に一言、『楽しみにしている』と、ほかより少し小さな字で。


 十二月の半ば、約束の冬市の日に、クラウスは王都へやってきた。


 ヨハンや同僚たちと前もって当番を調整し、移動の日を含めて一週間の休みを工面してきたのだという。


 並木通りには、冬の寒さを吹き飛ばすように屋台がずらりと並んでいた。


 約束の焼き栗を紙袋いっぱいに買って食べ歩いたあと、湯気の立つ香辛料入りの焼き林檎を一つ買って、小さな木べらで半分ずつ分け合う。


「美味しいですね。甘くて、少しだけ舌がぴりっとします」


「シナモンと丁子だな。鼻に抜ける香りがいい」


「また、薬師の顔になっていますよ」


 木工の屋台の前で、クラウスが足を止めた。


 棚の端に、不格好な木彫りの熊が置いてある。丸太を荒く削っただけで、眉間に皺を寄せたような、むすっとした顔をしていた。


「この熊、クラウス様にそっくりです」


「……どこがだ」


「眉間です」


 クラウスは熊と睨み合うようにしばらく黙っていたが、やがて銅貨を出してそれを買い、私の手のひらに載せた。


「なら、君が持っていてくれ。私が王都にいないあいだの、代わりに」


 素朴な木肌はほんのり温かくて、私は笑いながら、それを両手で包んだ。


 広場のベンチに並んで腰掛けたとき、私は手袋をはめた彼の手に、自分の指先を重ねた。


「クラウス様。春になって暖かくなったら、今度は私が丘陵へ伺いますね」


「王都から一人で来るのか? 遠いぞ」


「乗合馬車がありますから、平気です。マルタさんやヨハンさんにもご挨拶したいですし、何より、あなたが普段どんな顔でお仕事をしているのか、見てみたいんです」


 いつも彼にばかり遠い道を来させる間柄には、したくない。


 クラウスは驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうに頷く。


「待っている。中庭のいちばん日当たりのいいベンチを、空けておく」


 その滞在中に、私はクラウスを父の屋敷へ招いて、引き合わせた。


 父は彼の身分や職業を、品定めするように尋ねたりはしなかった。聞いたのは一つだけ。娘とこれからどうしたいのか、と。


 クラウスは膝の上で両手を組み、少し考えてから答えた。


「それは、まずエレオノーラさんご本人に申し上げることだと思っています。お父上に先にお話しするのは、順番が違うかと」


 父は一瞬きょとんとして、それから声を立てて笑った。


「順番を守る男は、嫌いではない。では、その順番が済んだら、また顔を見せに来なさい」


 屋敷を出たところで、私たちは顔を見合わせて、同時に長い息をつく。


 帰り道、私はトーレ書房の店主と話したことをクラウスに伝えた。春に丘陵へ長く滞在するかもしれないと相談したら、原稿は定期便でやり取りすればいい、どこにいても仕事は続けられると言ってもらえたのだ。


 クラウスは「そうか」とだけ言って、しばらく黙って歩いていた。


 それから数週間が過ぎた、年明けの夕暮れ。


 王都は朝から重い雪雲に覆われ、日が落ちる前から、大粒のぼたん雪が舞い始めていた。


 この日、クラウスは保養院の代表として、王都の薬事会議に出ていた。会議のあとで私の家に寄る約束だったけれど、雪はどんどん激しくなり、通りの人々も足早に家路を急いでいる。


(こんな雪だもの。会議のあとの集まりもあるでしょうし、今夜は無理をなさらないといいけれど)


 暖炉に薪を足していると、控えめなノックの音がした。


 急いで扉を開ける。外套の肩を真っ白にしたクラウスが立っていた。吐く息が白く揺れている。


「クラウス様! こんな雪の中を!」


「遅くなってすまない。会議のあと、施療院の連中に食事に誘われたんだが、断ってきた。君と約束していたからな」


「引き止められたでしょうに。早く入ってください、凍えてしまいます」


 雪で濡れた重い外套を受け取り、玄関の外套掛けに吊るす。暖炉の前の肘掛け椅子に彼を座らせて、台所で鉄瓶の湯を注いだ。


 焙じた麦の香ばしさと、薄荷のすっとした香りが部屋に広がる。


「どうぞ。お好きなお茶です」


「……ありがとう」


 湯呑みを受け取ったクラウスの指先は、赤くかじかんでいた。


 両手で器を包んで一口飲み、彼は肩の力を抜いて、長く息を吐いた。


「美味いな。生き返る」


「よかった。待っていてくださいね、乾いた手拭いを持ってきますから」


「エレオノーラさん」


 立ち上がりかけた私の右手首を、温まり始めた指がそっと押さえた。


 力は少しも強くない。けれど、その目は真剣だった。


「座っていてくれ。君に世話を焼いてもらうのは嬉しいが、今は、話を聞いてほしい」


「……はい」


 私は彼の向かいの丸椅子に、浅く腰を下ろした。


 暖炉の薪が爆ぜる音と、窓を叩く雪の音だけが聞こえる。


「王都の施療院から、春から常勤で戻らないかと言われた」


「そうなのですか」


「断った」


 迷いのない口調だった。


「私はやっぱり、丘陵のあの土地が好きだ。風が通って、草が育って、人が元気を取り戻していくあの場所で、これからも薬を作っていきたい。ただ、君が王都へ戻ってからのこの数か月、あの調剤所は、驚くほど広くて寒かった」


 クラウスは湯呑みを卓に置き、私の両手を包み込んだ。


 乾いていて、少し節くれ立った、薬師の手だった。


「エレオノーラ」


 初めて、敬称のない名で呼ばれた。


「私は口下手だし、気の利いたことも言えない。君が落ち込んでいるとき、上手い言葉で慰めてやれる自信もない。それでも、君が元気な日も、疲れて動けない日も、隣にいたい。君が痛いと言ったら、いちばん最初に聞こえる場所にいたいんだ」


 黒い瞳が、まっすぐに私を見ていた。


「書房の仕事は、丘陵からでも続けられると言っていたな。春が来たら、丘陵へ来てくれないか。私の妻として、一緒に暮らしてほしい」


 誰かの一番に選ばれること。


 ずっと欲しくて、我慢を重ねても手に入らなかったものが、我慢も背伸びもしていない私に、差し出されていた。


 視界が、じわりと滲んだ。


「……はい」


 震える指で、彼の手を握り返す。


「喜んで、お受けします。春になったら、あなたのいる場所へ参りますね」


 クラウスの顔が、ほどけるように綻んだ。


 彼は私の手を引き寄せ、その甲に額を押し当てた。しばらく、そのまま動かなかった。


「……春まで、長いな」


 額をつけたまま、ぽつりとこぼれた本音に、私は泣きながら笑ってしまった。


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