07
「───あぁああぁ!!」
「ぐぅっ!!」
壁にぶち当たった死神は彼女を抱きしめたまま、ドサッと床に落ちた。強打した肩を押さえつつ、起き上がり周囲を見渡す。
大聖女に投げ飛ばされ壁にぶち当たる寸前、帰りたい場所として1人暮らしをしていたアパートの部屋を思い浮かべたが───見えるのはベッドと小ぶりな作業台に椅子、何の飾り気もない壁には申し訳程度の鏡が掛けられているだけの殺風景な部屋。なんとか無事戻ってきたらしい。
ふぅ、ひとつ吐息する。
彼女を見れば、目をギュウっと瞑ったまま死神の首にしがみついている。
このまま彼女の身体の柔らかさを堪能したいところだが、いつまでもこうしているわけにはいかない。大聖女の協力を得ているとはいえ、いつ追手がかかるかわからない。
「そろそろ手ぇ離してくんねえ?」
そう言うと「ぅひゃあ!!」と彼女は驚いて飛び退いた。
死神は痛てててて⋯⋯と首と肩を回しほぐす。結構な馬鹿力で首の骨が折れそうだった。
「え⋯⋯え?」
戸惑ったような彼女の声がする。
それもそうだ、先ほどの大聖女の部屋とは全然違う。
「⋯⋯連れ込み宿?」
いつだったかと同じセリフに死神は溜め息をついた。
「何が連れ込み宿だよ、俺の部屋だ」
「さすがにわかってますよ」
「⋯⋯」
ふふふと笑う彼女に、どう返事をしていいかわからない。
死神は再び溜め息をつくと立ち上がって手を差し出し、彼女の手を握るとグイッと立たせてやる。
「冗談はあとだ。さっきも言ったけどとりあえず今夜中に王都から出よう。魔力がなくなった俺はもう魔力紋で追跡されることはないけど、もし戦闘になれば一般人並の力しかないからな⋯⋯情けないけど」
死神は貨幣など持っていくものを見繕う。
このアパートは死神自身が契約した部屋だ、暗部には場所を知られていないはずだが、もしものこともある。ガサ入れされても怪しまれない程度、あくまでも任務中に死んだということにしておきたい。
「それにお前の魔力はそのまんまだからな、お前の魔力紋を追ってくる可能性も───」
鞄に必要なものを詰め、早くここを出ようとドアに向かって歩きだした、そのとき。
彼女が死神を背後から抱きしめた。
「おいおい、今はそんなこと───」
「───どうして〝聖女〟は〝神の伴侶〟と言われているか、知っていますか?」
先ほどの冗談を言っているときとは違う、緊張で少し震えた声で彼女が問う。
「それ今言わなきゃダメ?」
「ダメです」
彼女に即答され、死神は溜め息をついた。正直こんなこと言ってる暇があったら、少しでも遠くに行きたいところだが。
しかし抱きつく彼女の腕の力は強い。彼女が何を考えているかわからないが、無理矢理剥がすよりもここはちゃっちゃと答えたほうが早いだろう。
「〝神サマのオンナ〟って言ったほうが聖女の神聖さが増すからじゃね?」
自分で言っておきながら全然神聖さ増してないなと思いつつ。さぁこの話はおしまいと、死神はドアのノブに手を伸ばすが。
がっちりとホールドされていて少しも動けない。
「どうして〝聖女〟は〝神の伴侶〟と言われているか。それは〝聖女は神様の妻だから人間の男と交わるな〟ってこと───つまり聖女はずっと処女でいろということです」
「まぁそりゃ〝穢れのない身〟じゃないと〝治癒〟とか〝浄化〟の聖魔術が使えないってところだろ?」
「そうですね、半分正解で半分違います」
「半分?」
振り返れば、彼女は死神の肩に顔を埋めながら頷いた。
「神殿が聖女の処女を守りたい理由は別にあります───ところで〝治癒〟や〝浄化〟が使えるのは聖女だけじゃありません。聖騎士だって使えるし、僧侶や治癒師も使えますよね。まぁ聖女ほどの力はないとされていますが、それはひとまず置いといて。でも彼らに処女性は求められていません」
「確かに?」
聖騎士や僧侶、女僧侶は宗教上独身を貫くが、彼らが童貞処女かなんて考えたことがない。治癒師は家庭を持つのも普通だし、それどころか治癒の血統を強くするために治癒師同士で結婚して子どもを成すことだってある。
「そしてこの国が信仰している唯一神も、この世界の〝作家〟を名乗るあの方も、聖女に処女を求めたことなんてなかったです」
「まるで神サマと喋ったことあるような言い方だな」
「ありますよ、何度か」
「⋯⋯マジか。っていうか神サマってただの偶像じゃねえのかよ」
若干引き気味に死神が言えば、彼女はフルフルと首を横に振って、この国が崇める唯一の神様は「神様ってもっとラクかと思ってたのに」っていつも愚痴ってるし、あの方はいつも怠惰な感じで適当なことしかやらないんですよと、クスリと笑った。
神様なんて目に見えないものは信じていない死神にとって、彼女の言うことは眉唾物でしかないとも思ったが───しかしそこでふと思い出したのは、先ほど彼女の言葉。
「ちょっと待て。お前さっき〝神殿が聖女の処女を守りたい理由〟って言ったよな。それってまさか───」
彼女は真面目な表情に戻るとコクリと頷く。
「神殿が、聖女の能力に制限をかけているんです。自分たちの都合の良いように」
それはどういう意味なのか───死神が問う前に、今度は彼女に背後から身体を投げ飛ばされた。受け身を取る間もなく、ぼすっとベッドに落ちる。
「ちょっ、何しやが───!!」
慌てて身体を起こそうとしたが、上から彼女に伸し掛かられたかと思ったらそのまま馬乗りされ両手首を取られた。
死神が押し倒されているほうだ。
耳まで赤く染まった彼女の顔が近い。
お互いの少し荒くなった呼吸が、顔を撫でる。
「───て、」
「なんだって」
一瞬、あらぬ言葉が聞こえたような気がした。
彼女がキュッと眉を寄せ、言いにくそうに口をモゴモゴさせる。
「私を、抱いて」
「な───!?」
聞き間違いじゃなかった。
死神の顔も朱に染まる。
「ちょ⋯⋯お前、こんなときに何言って」
「こんなときだから言うんです」
そう言って彼女は死神のくちびるにくちびるを寄せると、グイッと押し付けてきた。
官能の欠片もない、拙いくちづけだ。しばらくギュウギュウ押し付けられて。
ぷはっと彼女は頭を引いた。
「私の能力は〝血の契約を交わした者への魔力の供給と全回復〟」
「ちのけいやく?」
「〝血〟とは処女の血を指します。私と交われば、私の持つ魔力はその相手用に書き換えられます。そうすれば魔力紋で追われることもありません。大聖女様が〝死神さんに助けてもらえ〟と言ったのは、そういうことです。でも───」
彼女が口籠る。どう説明するか迷っているようだが───一息ついて再び話を続ける。
「1度〝血の契約〟をすれば、死ぬまで破棄することはできません。私が死ねば、魔力の供給が止まった契約者も近いうちに死ぬことになります」
彼女が口をキュッと結ぶ。赤く染まった頬、目には涙が浮かんでいる。
彼女も不安なのだろう───もしその契約をすれば、死神自身が生き残るには死神の身はもちろんのこと、彼女の身も守らなければならないから。また彼女も2人分の命を背負わなければならないのだから。
「過去、聖女が殺されたとき、その実行者とされる人物も死んでいる。それはどうしてか───つまり〝血の契約〟が行われて、それを知った神殿側に何らかの方法で消されたのではないかと、私は考えています」
「なんだよ、それ⋯⋯」
死神が呆れたように言えば、彼女は溜め息をついて俯いた。
「やっぱり。嫌ですよね、こんなこと───んむぅ!?」
死神は腹筋の力だけで起き上がると、彼女のくちびるに齧り付いた。
驚いた彼女は死神の両手首から手を離すと後退る。その隙に死神はくるりと体勢を入れ替えると彼女に覆いかぶさり、その両手首をひとまとめにして彼女の頭上、ベッドに縫い付けた。
見開いた瞳、耳から首まで真っ赤になった彼女の顔を見下ろす。良い眺めだ。
「悪いけど───」
死神はニヤリ、片頬で嗤った。
「魔力はすっからかんだけど。一般人並の力って言ったけど。一般人だって強い奴はいるんだよ。純粋な筋力と体術だけなら俺だってそこそこ強い」
「!!」
死神は彼女の顔に顔を近づけると、くちびるに軽く触れるだけのキスをする。
ピクリ、彼女の肩が震えた。
「お前、さっきのファーストキスだった?」
彼女は一瞬恥ずかしそうに顔を顰めると目を瞑り、ひとつ頷く。
「ヘッタクソだったもんなぁ」
「そういう機会がなかっただけです!」
彼女の必死な言い訳に、死神はクククと笑った。はぁあと熱のこもった吐息して。
「いいよ⋯⋯俺が教えてやるから。俺だけにしとけ」
するり、彼女の頬を撫でて。
触れるだけのキス、撫でるようなキス、喰むようなキス───少しずつ、濃度を上げていく。
くちゅり、くちゅりと舌を絡めれば、彼女の腰が微かに揺れた。
我慢できなくて彼女の手の拘束を解き、両手で彼女の身体を愛撫すれば、彼女の両腕は死神の首にするりと絡みついてくる。
トロンと蕩けた瞳で、死神を見つめて。
「教えて、全部───死神さんにあげるから」
「───!!」
衝動が理性を凌駕する。
引きちぎりそうな勢いで彼女のワンピースと下着に手を掛けた。
恐ろしいほどに美しい、一糸まとわない彼女の身体。
羞恥で赤く染まった顔、柔らかな曲線を描く胸と腰、そして───
脚の付け根にある聖紋───聖女である証。
そこから目が離せなくて。
指を伸ばし、そろりと撫でてみると。
「ぅひゃあ!?」
彼女の身体が小さく跳ねた。
「なぁ。聖女サマが処女じゃなくなったら、この聖紋って消えるの?」
「あっ⋯⋯あ、ちょっと、わからない、です」
際どいところにあるその聖紋とやらをサワサワと触れば、彼女はもどかしそうに太ももをこすり合わせる。
「あっ、あ、あの───」
「半年」
「⋯⋯え?」
「お前と初めて会ったのが半年前───1人暮らしのオトコの部屋に毎回ノコノコ無防備に来やがって。俺じゃなきゃお前の処女なんてもうとうの昔になくなってるんだからな」
死神は彼女の手を握りると、身を屈めてその聖紋をネロリと舐めた。
「あぁっ!!」
ビクッと大きく彼女の身体が跳ねて。
彼女の濃い女の匂いにクラリとして。
「この聖紋がどうなるか───確かめていい?」
はぁっはぁっと知らず知らずのうちに呼吸が荒くなる。
上目遣いで彼女を見れば。
真っ赤な顔をくしゃりと歪めた彼女が、コクリひとつ頷いた。
今夜中に王都から出るとか、暗部に追跡されないようにするとか。そんなことを考える余裕なんてどこにもない。
死神が着ていた服を脱ぎ捨てれば、懐に入れていた水色の小鳥の折り紙がコロコロと床を転がった。
彼女の視線が身体に突き刺さる。
手を伸ばした彼女が、死神の肩に優しく触れ。
「〝治癒〟」
心地良い空気に包まれれば、肩にあった打撲痕がスゥっと薄くなった。
「別にいいのに」
死神が言えば、彼女はフルフルと首を横に振る。そして何か呟けば、部屋の空気が遮断されたような感じがした。
「今度は何した?」
「防音結界です」
ニヤリ、死神は片頬で笑って。
彼女に覆いかぶさり、そのくちびるを吸った。
「んっ」
「半年ずっと我慢してたんだ⋯⋯肩も治してくれたし、防音ってことは、お前も声ガマンできないくらいにぐっちゃぐちゃにされる覚悟があるってことだよな?」
「!?」
彼女の驚いた顔が目に映る。
死神はクククと笑って───彼女のくちびるに齧りついた。
2人の荒く熱い呼吸が部屋に響く。
「はぁっ、もう離さない───死神さん」
何度も何度もくり返し、身体の奥深く交わって。
死神の背中に爪を立てながら、彼女がうわ言のように呟けば。
「俺も───離してやんねぇよ」
彼女の瞳からツゥーっと涙が零れた。それを指で拭って、眦をチュッと吸って。
生まれ変わりだとか転生だとか。
死神は目に見えないものは信じないけれども。
彼女の涙は、記憶の中のどこかにあって。
甘くて切なくて、そして懐かしい味がした。
お読みいただきありがとうございました。
あと1話で終わりです。
1週間ってほんとあっという間ですね。
明日もよろしくお願いします。




