06
一瞬、大聖女が何を言ったか理解できなかった。2人の頭の中、その言葉が何度も繰り返して。
「なんだと───?」
「大聖女様話が違います!!」
彼女は死神を背に大聖女の前に立ちはだかった。
「死神さんは約束通り魔力を全部差し出しました! 命まで取られたらその意味がありません!!」
ヒューッヒューッと死神と彼女の荒い呼吸音が部屋に響く。
大聖女は1つ溜め息をつくと呆れたように。
「リリィ。妾は〝命を差し出せ〟とは言っておらんぞ」
そう言うと、彼女の頭を優しくポンポンと叩いた。
意味がわからない。それはどういうことかと死神と彼女が訊く前に、大聖女は指を3本立てた。
「人の死には3段階ある───ひとつ、心臓が止まって生命活動を終えたとき、生命の死。ふたつ、その存在が社会において受容されなくなったとき、社会的な死。みっつ、その存在が人々の記憶から忘れ去られたとき、最終的な死。お主らには〝生命の死〟を抜かして〝社会的に死んで〟もらう」
「社会的に死ぬ?」
「どうやって?」
若返った大聖女がニヤリと嗤う───その美貌も相まって物凄く迫力がある。そして大聖女はその場でくるりくるりと回ると芝居がかったように両腕を開いた。
「〝大聖女の命を狙った暗殺者、それをいち早く気付いて助けに来たポンコツ聖女───しかし彼女はポンコツではなかった。本来の力を発揮し暗殺者と渡り合い、命をかけて大聖女を守った。暗殺者と刺し違えた彼女は最期の力を振り絞り、大聖女に残りの力を託して死んだ〟」
大聖女はそう言うと満足そうにウンウンと頷いているが、死神と彼女は口をポカンとさせている。
「売れっ子劇作家もビックリな一大スペクタクルな話であろう?」
「えぇ〜っと⋯⋯私がポンコツじゃないってそんな出来過ぎな話、きっとすぐ疑われますよ?」
「例え嘘でも妾が言えばそれが真実となる」
そうかなぁと彼女は首を傾げたが、呆けから気を持ち直した死神はクククと笑った。
「いいじゃん、それ⋯⋯面白いよ」
「え、死神さん本気で言ってます?」
「俺は任務中の戦闘で死んだってことになるし、お前だって汚名返上になるじゃん。俺はそれでいいよ」
「でもそれだと───」
死神さんが、と言いかけた彼女だが、死神は首を横に振った。
「影の存在でしかない俺には元から名誉とか汚名なんてないし。〝聖女を殺せば世にも恐ろしい天罰が下る〟んだろ? 俺はお前を殺す───〝聖女〟としてのお前を殺す。暗殺者としての俺も一緒に死ぬ。あとは知ったこっちゃない」
ポンポンと彼女の頭を撫でて。
死神は大聖女に向き直り、頭を下げた。
「それでお願いします。俺たちを助けてください」
彼女も慌てて両手を組み頭を下げる。
死神と彼女の後頭部を見ながら、大聖女は彼から回収し腹の中で練り上げた魔力をフゥーっと2人の頭に吹きかけた。
何とも言えない爽快感が2人の身体を駆け抜ける───大聖女が2人に〝聖女の祈り〟を施したらしい。
「お主らのこれからの人生に幸あらんことを」
「ありがとうございます、大聖女様───私も大聖女様のご健康とご多幸をお祈りいたします」
今度は心地良い空気に包まれる、これは彼女の祈りか。
「相変わらずおまじない程度だの。だがリリィらしい、慈愛に満ちた優しい気持ちになれる不思議な力だ」
大聖女を見れば、今までにないほどの穏やかな微笑みを浮かべていた。
大聖女と彼女はキュッと抱きしめ合う。
「元気での───ほとぼりが冷めたら会いに来るといい」
「はい、大聖女様もお元気で。もう90なんですから無理は禁物です、好き嫌いしないでお野菜もちゃんと食べるんですよ?」
「ククク⋯⋯それなら心配無用。今しがたたっぷり上質な魔力を補給できたからの、あと50年は安泰よ」
「まぁ!? まさかの140歳まで生きられるおつもりですか」
確かに見た目は40代の迫力ある美熟女だ、あと50年は無理だと一概には言えないかもしれない。
2人はクスクスと笑って。
「50年もすれば、あのイケ好かない貴族女も少しはマシになるだろうよ」
「⋯⋯なんかちょっと〝本物の聖女様〟に同情します」
あと50年も表舞台に立てないなんて。
あの〝本物の聖女様〟は表向き「聖女の資質の高い慈愛あふれた女性」となっているが、本当の姿は「我が儘で自分が常に1番じゃないと許せない」典型的な女王様タイプだ。
若返った大聖女を見て、それこそ変な気を起こさなければ良いが───
「なぁに。今の妾なら誰が襲ってこようとも、一瞬で消し炭にしてくれよう」
「それはそれで怖いですけど」
彼女が若干引き気味で言えば、大聖女は大口開けて笑った。しばらくして落ち着くと、大聖女は涙の浮いた目を指でそろりと拭いて。
「は〜あ、笑い過ぎて涙が出たわぃ。さぁ、そろそろ行くがいい。あとは妾に任せておけ」
その涙が笑い泣きでないことは気付いている。しかしそれを指摘する者はいない。
死神は彼女の腰を抱き寄せ、いつものように転移魔術を───
「クソ、ホントにすっからかんかよ」
いつもなら自分のあの部屋に簡単に帰れたのに。魔力のなくなった自分は想像以上に役立たずかもしれない。
チッと舌打ちすれば、彼女が心配そうに顔を覗き込む。情けなくてその視線から目を反らすと。
「心配するな、今だけは妾が魔力を貸そう───その後はリリィからもらうが良い」
「えっ、ちょっ、大聖女様!?」
慌てたように言う彼女の顔が真っ赤だ。
死神がそれを疑問に思う前に、再びガシッと大聖女に頭を鷲掴みされた───と思ったら、腰を抱いていた彼女もろとも壁に向かって投げ飛ばされた。
「ぐわぁ!?」
「きゃあぁあ!!」
普通の腕力ではありえない───いや、もう大聖女なら何でもアリなような気がする。
壁に激突する直前、衝撃から彼女を守ろうと死神が身体を捻る。
「帰りたい場所を思い浮かべよ!」
大聖女の声がする。
そういうのは投げ飛ばす前に言え。
そうツッコむ間もなく、死神は習慣になったあの1人暮らしの部屋を脳裏に描く。
すると。
死神と彼女の身体は壁に激突することなく、忽然と姿を消した。
「ちぃとばかり力が入り過ぎたかの」
シンと静まりかえった部屋の中。
大聖女は2人が消えた空間をぼんやりと眺めていた。
ふんわり優しく放り投げたつもりだったが。突然若返った身体のコントロールにまだ慣れない大聖女は、自身の手を開いたり閉じたりしてその感触を確かめた。
そして目を閉じ気配を探る───どうやら2人は無事、この中央神殿から抜け出したようだ。どこに転移したかわからないが、まぁ大人なんだしあとは2人でどうにかするだろう。
「達者でな⋯⋯リリィ」
10年前の成人の儀で聖女を賜った、まだあどけない顔立ちをしていた彼女。
初めて会ったというのに、どこか懐かしい感じがした。さりげなく探りを入れると、この世界のものではない共通する記憶───すまあとふぉんやらえーあいやら科学技術が発達した、この世界とは全く違う理の世界で生きていたという前世の記憶があった。
その世界で2人はどういう関係だったのか、それとも見ず知らずの他人だったのか結局わからないままだったが、それでも他の人には言えない秘密を共有しているということは、随分と心の支えになってくれた。
大聖女自身と彼女以外、前世の記憶を持っているという人物に出会ったことはない。きっとこれから出会うこともないだろう。
それでいい、唯一無二の存在は彼女だけがいい。
「また会おうぞ、待っておるからの」
大聖女はふぅーっと息を吐くと、大きく息を吸い、腹の底から悲鳴を上げた。
「誰かぁ───! 誰か今すぐ来ておくれ!!」
そう叫ぶと、魔力を練りベッドを持ち上げてぶん投げる。大きな本棚にぶつかって大破し、隙間なく並べられていた本がドサドサドサっと散らばった。
次は暖炉。死神から回収した苦無に魔力を纏わせ暖炉に投げれば、石造りの暖炉は火花を散らしながら粉々に砕けた。
そこからカーテンに火が燃え移り、大聖女の部屋は急速に炎に包まれていく。熱された窓ガラスがパリーンパリーンと弾け飛んだ。
それに動じることなく短剣を手に取ると、指先に当て軽く引いた。その傷口から血が2滴落ちるとそれはたちまちボコボコボコっと膨れ上がり、先ほどまでここにいた2人と瓜二つのものが出来上がる。
しかしそれにも火は襲いかかり激しく炎を上げ、その勢いは増すばかり。あっという間に炭化したのを見て、大聖女は満足そうにひとつ頷く。
そうしているうちにバタバタバタと多数の足音が近づいてくるのを耳で捉え、大聖女はおよよよよと弱々しくその場でしゃがみ込む。
バン!!っと扉が蹴破られると同時に、神殿に駐在する聖騎士が大聖女の部屋になだれ込んできた。
「大聖女様! ご無事ですか!?」
「あぁっ、よう来てくれた! リリィが、リリィがぁ───!!」
大聖女は1番近くに来た聖騎士の足に縋り付いた、ついでにホロホロと涙も流しておく───舞台女優も顔負けな演技力だ。
聖騎士たちによって鎮火された室内は何とも言い難い焦げ臭さが充満している。
そして聖騎士たちは炭化した遺体らしき2体と、実年齢の半分ほどの若さになった大聖女の姿に気付いた。
「大聖女様、一体何が───?」
身体を抱き起こされ、大聖女は大粒の涙をこぼしながら。
暗殺者の襲撃を受けたこと、瀕死の状態だったところを異変に気付いていち早く駆けつけたリリィに助けられたこと、暗殺者と刺し違えた彼女から、彼女の最期の癒しを受け取ったことを語った。
部屋の中、大聖女のすすり泣く声だけが静かに響く。
「すまない⋯⋯今は妾ひとりにしてくれんかの」
「わかりました、別にお部屋をご用意します」
しなだれかかっていた聖騎士に付き添われ、大聖女はその部屋を出た。
これで大丈夫、大聖女である自分の言葉を疑う者はいない───
「大聖女様⋯⋯本当のことを教えていただけますか?」
この、目の前にいる若い聖騎士以外は。
「ふふ⋯⋯やはりお主には通用しなんだか」
神殿内にある客室。
備え付けられていたカウチでゆっくりと紅茶を飲んでいた大聖女は、被っていた猫をあっさりと脱いだ。
目の前には部屋から付き添っていた聖騎士1人。嘘は許さないという目つきで仁王立ちしている。
「貴女は先ほど〝聖女の最期の癒しを受け取った〟と───しかし今の貴女からは僕の双子の片割れの魔力をわずかに感じます」
怒りなのか、悲しみか戸惑いか。それともそれら全部か。
その聖騎士の表情は硬い。今にも爆発しそうな感情を無理矢理抑え込んでいるようだ。
「そうか、あやつはお主の双子の片割れか⋯⋯どうりでお主と魔力が似ておるわけだ」
「貴女が僕の弟の魔力を奪ったのですね」
部屋に響くのは、聖騎士1人の粗い呼吸の音だけ。
しばらくの沈黙ののち。
「───御名答」
ニヤリ、若返った大聖女が嗤う。
その瞬間。
聖騎士は腰に下げていた剣を抜くと、大聖女の首筋に剣先をピタリと当てた。
フーッフーッと聖騎士の口から堪えきれなかった息が漏れる。
それとは対象的に、大聖女は涼しい顔でティーカップに口を付けている。
「切らなんだか?」
「⋯⋯貴女こそ、どうして避けなかったのですか?」
「お主には切れんと思ったからの⋯⋯妾を切れば真相は闇の中。そう簡単には切れまい」
「───御名答」
今度は聖騎士がそう言った。しかしその顔は苦々しいというように歪んでいる。
「貴女から弟の魔力を感じるのに、先ほどの遺体からも弟の気配を感じたのに。僕と弟を繋ぐ何かは切れていない───弟はまだ生きている」
それは、疑問ではなく確信。
双子という、不思議な魂の繋がりとでも言うのか。
大聖女はクククと笑うと紅茶を飲み干した。
「お主、名前は何と言ったかの?」
「───タク、と申します」
聖騎士───タクは溜め息をつき、剣を鞘に戻した。
今の大聖女の見た目は40〜50歳くらいだが、実際は90歳を超えている。しかしどんなに歳を取っていようと、一介の聖騎士でしかないタクが逆立ちしてもかなわない相手だ。
タクが悔しそうに眉を寄せるのを見て、大聖女は満足そうに目を細めた。
「来週発売の耽美画報の新刊、お主が買ってきてくれるなら真実を教えてやろう」
「⋯⋯は?」
頼んだからのとクククと笑う大聖女を前に、タクの目は点になった。
耽美画報とは。
美しさを追求し美しさに傾倒しそれを楽しむ、退廃的で官能的な絵画を扱う画集───まぁ平たく言えばエロ本だ。
「は⋯⋯はぁ? はぁあぁああ〜!?」
翌週、街の中心部にある本屋にて。
帽子にサングラスにマスク、分厚いコートを着た不審者が、やたらと周囲を気にしながら耽美画報の新刊を買っていた。
それが誰か───探るほうが無粋というものだ。
お読みいただきありがとうございました。
あと残り2話!
がんばりたいと思います!!




