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04

「おや⋯⋯〝死神〟が来るなんて珍しい」


 異国の香が焚かれた薄暗い部屋。

 そこに置かれている重厚な執務机で男が1人、次々に書類にペンを走らせている。終わると紙がフワフワと浮き、それ自体に意思があるかのよう各方向に飛び壁をすり抜けていく。


「確認したいことがあってな」


 男は死神が所属している王国の暗殺専門の特殊部隊───通称〝暗部〟の長官。

 顔は見たことがない、見えないと言ったほうが近いか。近くに寄っても顔に黒いモヤがかかっているようにしか見えない。不思議で不気味な相手。

 

「今日の任務なら書いてあった通りだが?」

「この国の法律では〝聖女に手を出せば問答無用で死罪〟だろ。それに聖女は〝神の伴侶〟───殺せば何が起こるかわからない」

「へぇ⋯⋯〝死神〟と呼ばれる君がそんなに信心深いとは知らなかった」

「理由は何だ? 悪人ならいくらでも始末するが、ただの殺(・)し(・)なら俺はやらない」


 長官の手がピタリと止まった。

 しばらく沈黙が流れたが、長官は1つ相槌を打つと腕を組む。


「彼女の存在自体が〝罪〟だとしたら?」

「はぁ?」

「それとも君は自分を〝自らの手を汚しながら王国を守るダークヒーロー〟とでも思っているか?」

「⋯⋯───」

「私たちは〝王国〟というこの巨大な組織が円滑に運営していくために、不要なモ(・)ノ(・)を排除しているだけ───そこに〝罪〟だの〝正義〟だのは関係ない」


 長官は必要なことは全部話したとでも言うかのように次の書類に手を伸ばすと、その内容に目を通し何かを書き込む、そしてその紙はまたフワリと浮いてどこかに飛んでいった。


「貴族院の奴らが貴族出身の聖女を次期大聖女にするためか」


 死神が吐き捨てるように言うと、長官は肩をすくめるだけだった。

 問い詰めようと1歩足を出したところで、目の前にひらりと1枚の紙が現れ、机の上に静かに落ちた。長官は驚くこともなくそれを手に取ると内容に目を通す。


「私もどこの誰がどういう理由で依頼しているか知らないんだよ⋯⋯今のように、宙から依頼書が降ってくる」


 ぺらり、長官がその紙を死神に見せる。

 そこには暗殺内容───次の対象は王弟の第二妃らしい。王族ですら、この国に不要、もしくは害悪と判断されれば暗殺される。


「国王なのか王室なのか、貴族院なのか⋯⋯実行する私たちはそれを知さられることはない。その意味を問うことすらできない。残念ながら私たちはただの駒でしかないんだよ」


 ただの駒。

 そんなこと死神だってわかっている。

 しかし理解しているということと納得しているということは別だ。

 長官も死神が納得していないことをわかっているのだろう。


「聖女と政治や権力は切っても切れない関係にあってな。創成期から近代において何度も聖女(かのじょ)たちは襲われている。私利私欲のためだったり、個人的な憎悪だったり。ほとんどその場で取り押さえられ失敗しているが、過去2回、聖女は殺害されている───どうなったと思う?」


 過去聖女が殺されたことがあるなんて聞いたことない。おそらく病死などと公表され意図的に真実が隠されてきたのだろう。

 そういえば今日来たリリィも〝世にも恐ろしい天罰も下る〟と言っていたが、彼女はそれを知っているのだろうか。


 死神が静かに頭を横に振れば、長官はニヤリと笑った───ような気がしたが、相変わらず顔に黒いモヤが掛かっていてわからない。


「1回目は聖女も暗殺者も判別が難しいほどに炭化した状態で見つかった。2回目は侍従による毒殺だったが、数日後に勾留中の侍従が同じ毒で死んだ。その毒の混入経路は現在も不明なままらしい」

「聖女を殺せば生きては帰れないってことか⋯⋯つまり俺は死ぬんだな。それを見込んでの報酬か」


 もし任務で死ぬようなことがあれば、報酬は遺族───死神の場合は田舎にいる両親に見舞金として渡される手筈になっている。それを予期してのことなら破格の報酬も妥当なところか。

 しかしそれでは死神に「この任務のために死ね」と言っているようなものだ。


「〝二度あることは三度ある〟か。しかし〝三度目の正直〟という諺もある」

「人殺すのに〝正直〟も何もねぇよ」


 死神はギリリと奥歯を食いしばる。

 この暗殺を覆すためには巨大な〝王国〟を相手にしなければならない。彼自身自分を手練れの暗殺者だと自負しているが、それは対個人の暗殺であり、組織相手となれば相当分が悪いことくらい理解している。

 浅くなっていた呼吸を溜め息をついて戻し、折り畳んで懐に入れていた指示書を長官に投げつけた。


「報酬はその3倍もらう」


 ピクリ、長官の眉が動いた───ような気がした。


「いいだろう。但し、聖女を始末する前に失敗すれば───」

「俺がそんなヘマするかよ」


 死神が長官の言葉を遮れば、今度は長官のほうが溜め息をついた。そして折り畳まれ皺の寄っている指示書を広げ、報酬の金額を訂正し魔力を流せば、その紙が淡い光を放つ。契約の魔術だ。

 指示書がフワリ浮き上がり、死神の手元に戻ってきた。確かに3倍、それを確認して再び懐に入れる。


「君が無事戻ってくることを祈ってるよ」

「⋯⋯⋯⋯」


 嘘つけ、そう喉まで出てきた言葉を飲み込む。

 おそらく聖女と一緒に死んでくれればちょうど良いと思っているのだろう。死神は暗殺者として優秀過ぎた。過ぎたる才能は恐怖でしかないはずだから。

 それを気付かれていると知ってか知らずか。長官の口元が不気味に歪んだのが見えて───いや、やはり黒いモヤが掛かっていて、最後まで彼の顔を見ることはなかった。

 

 死神は数歩下がると再び魔力を練る。

〝聖女の祈り〟をしてもらったときの魔力痕を頼りに、死神は再び転移した。





 空気が変わる。

 暗部の長官の部屋とは違う、重苦しい、すえた臭いの───


「───死神さん?」


 自分を呼ぶ、彼女の心地良い声がする。

 フードを深くかぶっていても、彼女は誰だかすぐわかったらしい。

 暗く狭い部屋───低い天井、石のブロックが積まれただけの壁、小さな窓にはガラスの代わりに鉄格子、そこから入ってくる月の光だけが頼りだが、仕事柄暗闇に慣れている死神には、粗末なベッドに驚いた顔の彼女が膝を抱えて座っているのが見えた。


「どうしてここに?」

「懲罰房か⋯⋯お前こそどうした、ついに釣り銭くすねてたのがバレたか?」


 クククと意地悪く笑ってやろうとしたが、今日入れられたにしてはこの空間、人が生活している気配があり過ぎる。

 死神の顔から笑みが引いた。


「まさか、お前ずっとここに───」

「これでも毎日ちょっとずつキレイにしてるんですよ?」


 クスクスと笑ったのは彼女のほうだった。

 彼女は立ち上がると、朽ちかけた机の上にある溶けて短くなった蝋燭に火を着けた。やわらかな光に照らされたのは、昼間会ったときよりも疲れた顔の彼女。


「〝浄化〟」


 彼女が呟けば、少しだけ部屋の空気が軽くなった───ような気がした。


「私、聖女としてのレベルが低いので⋯⋯〝浄化〟も気休め程度なんですけど」

「お前、ずっとこんなところに閉じ込められてるのか?」

「こんなところって。まぁ住めば都と言いますし」


 寝るだけの部屋だし孤児院のときは大部屋だったから個室なだけもありがたいですと、彼女はまたヘラリと情けなく笑った。

 しかしそれが今の死神を苛立たせる。


「お前聖女だろうが。なんでこんな部屋にいるんだよ?」

「聖女の部屋は2つしかないんです。大聖女様はもちろん、貴族出身の〝本物の聖女様〟にも失礼になるような部屋は使ってもらえませんから」

「だからって何でお前がこんな───」

「私の存在が〝罪〟だから」

「!!」


 暗部の長官と同じ言葉が彼女自身の口から出て。死神はヒュッと息を飲んだ。


「本来聖女は大聖女の1人、もしくは次代の大聖女の2人だけ。なのにポンコツの私が出てきちゃったから」


 死神の目に同情の色を見つけて───彼女は居たたまれない気分になったのか、努めて明るく振る舞う。


「でもこういう生活をしてるから死神さんと出会えたわけだし、全然不幸っていうわけではないんですよ? むしろ幸せで今日なんて2回も死神さんに会えて───」


 そこまで言って。

 彼女は気付いたようだ。目を伏せ、わずかに口元を震わせながらポツリと言う。


「そっか、今日の暗殺⋯⋯⋯⋯〝私〟だったんですね」


 死神は小さく溜め息をつくと、隠し持っていた短剣を手に握った。

 彼女は蝋燭の灯りを受け鈍く光るその切先をちらりと見て、再び彼の顔に視線を戻す───目深にかぶったフードで死神の顔はほぼ見えない。それでも真っ直ぐに彼の顔を見つめる。


「今世はあなたに殺されるんだ」


 殺されるとわかっているのに。

 ふわり、彼女は微笑んだ。


「何度死んでも、やっぱり死ぬのは怖い───だけど最期の瞬間、目に映るのが死神さんなら、幸せな人生の終わり方なのかもしれない」

「抵抗しないのか?」

「抵抗したら見逃してくれますか? この暗殺は覆りますか?」


 死神は答えない。暗殺対象は死ぬまで暗殺対象だから。

 彼女はひとつ小さな溜め息をつくと、机の引き出しから何かを取り、それを死神に差し出した。

 死神の部屋から帰った後もたくさん働いたのだろう、あかぎれがさらに酷くなった彼女の手のひらの上に乗っているのは、淡い水色の紙が複雑に折り畳まれたもの。


「異国の〝折り紙〟というものです。1枚の紙を折って形を作る遊びで───これは小鳥を作りました。本当は〝青い鳥〟にしたかったんですけど、そういう紙は手に入らなくて。この紙も〝本物の聖女様〟の便箋の書き損じをもらったものなんですけど」


 彼女の手からそれを取る。確かに小鳥の形をしているようにも見える紙は、心地良い空気に包まれていた。


「毎日少しずつ、死神さんの幸せを願って祈りを込めました。おまじないよりはもう少し効きめがあると思います⋯⋯⋯⋯たぶん」

「何でそこ断定しないんだよ」


 数時間前にも同じような会話をしたなと、2人くすりと笑って。


「へぇ、良くできてるな───〝世にも恐ろしい天罰〟からも守ってくれるかな」


 長官には言わなかったが、死神は彼女と一緒に死んでもいいと思っている。

 15歳の成人の儀で暗殺者を賜ったあの日から、幸せなことなんてなかった。刹那的な快楽に溺れたこともあったが、それも過ぎてしまえばただ虚しくなるだけで。

 楽しみもなく、仕事と必要な外出以外は部屋に籠る日々だったのに。

 半年前、急に死神の人生に登場した彼女と過ごす時間は楽しくて。

 彼女が死んだら、自分はまたあの色のない世界に戻ってしまうかと思うと───

 

 小鳥の折り紙を見つめている死神を、彼女が強張った顔で見ている。やはり彼女は聖女を殺せば生きては帰れないということを知っているらしい。


「あの、その短剣を貸してもらえれば、自分で⋯⋯」


 言うのも恐ろしい。そんなこと、本当はしたくない。

 彼女が言い淀んでいると。

 

「自死なんてするもんじゃない、苦痛が長引くだけだ」


 死神は小鳥の折り紙を崩れないよう丁寧に懐にしまった。フード越しに彼女を見据える。


 ヘラリと情けなく笑ったり時折見せる大輪のユリの花が咲くような笑顔は今はない、いつも軽やかで明るく心地よい響きを発する口も固く閉じられている。

 華奢だけど柔らかそうな身体は───いつか抱きしめてみたいと思っていた。

 グッと奥歯を噛み締めて。


「痛みも苦しみもない」

 

 彼女は目を伏せ、わずかに頷くだけ。

 死神は短剣を握り直し、身体を斜に構える。


 いつもなら、もうこの瞬間にはターゲットは死んだことも気付かず絶命しているだろう。なのに今はその最後の間合いを詰める1歩がどうしても出ない。

 フーッフーッと息を詰め、噛んだ下唇からは血が1筋流れた。

 それに気付いた彼女が手を伸ばし、そのカサついた指先で死神のくちびるを拭う。


「〝治癒〟」


 彼女が唱えれば、死神の身体は再び心地良い空気に包まれ、傷口はすぅーっと消えていった。

 

「治癒できるなら自分の手くらい治せよ、ボロボロじゃねえか」

「自分に治癒する余裕なんてなかったんですよ───でもそうですね、最期くらい自分を甘やかしてもいいのかな」


 彼女が〝治癒〟と唱えれば、ずっと彼女の手にあったあかぎれがスゥっと薄くなった。


「やっぱり〝全回復〟とまではいかないですけど⋯⋯でもこんなにキレイなの、何年ぶりかな。ちょっと嬉しい」


 彼女の表情が少しだけ緩む。

 だけど死神が見たいのは。そんな悲しそうな笑顔じゃない。

 ふぅーっと深く溜め息をついて。


「最期に言っておきたいことは?」


 こんなこと訊くのは初めてだ。彼女がどんな言葉を口にするか───たとえ死神に対する恨みでも、それを心に刻んで死ぬまで忘れないでおこう。一緒に死ぬなら魂に刻もう。彼女を忘れないように。

 死神は覚悟を決めた。


「それは、お願いでもいいですか?」


 頷いた死神を見て、彼女はふわりと微笑む。


「じゃあ───抱きしめて、ぎゅうってして。その間に殺して」




 沈黙が流れる。

 彼女は動かない。

 死神も動けないでいると。


 彼女は小さく溜め息をつくと、変なこと言ってごめんなさいとひとこと呟き、溢れる涙を拭った。


 その涙を拭ってやりたいと思う。

 それと同時に、死神は後悔した。いつもの仕事通り転移したら即、問答無用で命を刈り取れば良かった。

 顔を合わせてしまったから、会話をしてしまったから。

 ただいたずらに彼女の恐怖が長引いただけだった───

 そして死神自身も、彼女の命を刈り取るのを躊躇してしまっている。 

 はあぁあ、死神は深く溜め息をついた。


 


「俺は、暗殺者としての腕は良いと思ってる。でもそれは純粋に強いってワケじゃない」


 15歳の成人の儀、職業付与で〝暗殺者〟を賜って10年、第一線で任務を遂行し続けた。暗殺で手に掛けた人間の数は数え切れないが、自分の身を危険に晒したことも1度や2度じゃない。標的に見つからないように近付き、自分の安全を守りつつ隙を見て実行するが、逆に追い込まれて瀕死の状態で暗部の長官の部屋に逃げ込んだこともある。

 試したことはないが、一対一で王国の騎士と正々堂々と戦ったら負けるだろう。


「常に追われるのは死ぬよりつらいことの連続かもしれない、逃げ切れなくて無惨な死を迎えるかもしれない───その前にどこかで野垂れ死ぬかもしれない」


 これを言えば後には引けない、今までの生活には戻れない。

 だけど───


「その覚悟があるなら俺と一緒に来い。俺の命尽きるまで、お前を守ってやる」


 彼女のいない世界で、今まで通りになんて生きられない。どうせ死ぬなら彼女を殺して死ぬんじゃなくて、彼女と一緒に生きれるところまで藻掻きたい。


 彼女が息を飲んだのがわかった。その瞳からポロポロと涙をこぼすと、勢い良く死神に抱き着いて。

 深く被っていた死神のフードが外れた。


「無惨な死でも野垂れ死ぬことになってもいい! あなたと一緒に生きたい!!」


 短剣がカランと音を立てて落ちた。

 死神も彼女の腰と背に腕を回す。

 抱きしめた彼女の身体は想像以上に華奢で、柔らかで、温かかった。



お読みいただきありがとうございました。


閲覧数伸びなくて心折れそうですが、投稿続けますので、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

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