03
「死神さーん、いらっしゃいますか?」
夕暮れ時。
コンコンと住んでいるアパートのドアがノックされ、次いで女の声がした。
数時間後に仕事に出るための準備していた男───訪問者に〝死神〟と呼ばれた人物は、こっそり溜め息をつき、気配を消す。
「あ、いま気配消しましたね? 残念ですけど私にそういう小細工は通用しませんよ! あと結界張りましたから転移も使えません!!」
見えなくても『どうだ参ったか』というような彼女のドヤ顔が目に浮かぶ。逃げの一手を封じられた死神は、宙を仰ぎ再び溜め息をついた。
死神が〝聖女リリィ〟と出会ったのは、半年程前。
任務先で彼女が拉致監禁されていたところを保護したのが始まり。
仕方なく連れ帰ったこの部屋で色々話をしているうちに懐かれたようで、それから週1ペースで彼女はこの部屋に来るようになった。
今は会える気分じゃないと死神が開けようか開けまいか悩んでいると、「早くしないとドア蹴破りますよ〜?」という彼女の声がしたので、仕方なくドアを開ける。
「あ。こんにちは、死神さん」
満面の笑みで両手にカップとソーサーを持ち、腕には見るからに上等そうな小さな紙袋、それに対して質素なワンピース姿の彼女が、片足を振り上げそこにいた。
「マジで蹴破るつもりだったか」
「えぇ〜? さすがにそんなことしませんよぉ」
「じゃあその足は何だ?」
彼女がエヘヘと笑いながら足を下ろす。
「両手が塞がってるから足でノックしようとしたんです」
「淑女が足でノックするなよ。俺のイメージしてる聖女様像と全然違うんだけど」
カップとソーサーは、死神が住んでいるアパート1階の喫茶店『天使の歌声亭』のもの、中身はコーヒーともうひとつはレモンティー。
彼女が差し出したコーヒーを死神は受け取った。
「今日はいつもよりたくさんお金が余ったので、私のおごりです」
「余ったってお使いの残りだろ、横領じゃねえの?」
ちらりと彼女の持っている紙袋を見る。おそらくそれがお使いの品物だろう。
「〝本物の聖女様〟個人のお金なので横領じゃないですよ〜。お貴族出身のお嬢様だしご実家からいっぱいお金もらってるみたいなのでこれくらい大丈夫。〝高い地位には義務が伴う〟ってやつですよ」
「それ意味違わねえか? ただのドロボーじゃん」
「〝タダでお使い行きます〟なんて言ってないですもん。これくらい対価として貰わなきゃ」
お使いもその本物の聖女様の個人的なもの。今日はお貴族様御用達の紅茶店の季節限定の茶葉。庶民で孤児院出身の彼女からすれば目玉が飛び出るくらいの価格だったが、ザル勘定なお嬢様のおかげでお釣りもたんまりあった。
その一部をお駄賃として頂いているだけ───まぁ内緒でだが。
「バレたら怒られるぞ?」
「怒られることが1つ増えるくらい平気です」
「だから〝ポンコツ聖女〟って言われるんだよ」
「まぁ事実ですからね〜仕方ないです」
ヘラリと情けなく笑った彼女は慣れたように部屋に入る。
ベッドと小ぶりな作業台に椅子、何の飾り気もない壁には申し訳程度の鏡が掛けられているだけの殺風景な部屋。
しかし作業台に置いてあるのは、短剣や小型の弓矢に苦無。
それを見て彼女はビクッと固まった。
「⋯⋯お仕事、ですか?」
死神は窓際の壁にもたれてコーヒーを啜っていたが、彼女をちらりと見て。
「〝暗殺者〟が怖いか?」
何の感情も込めずに言えば、彼女はフルフルと首を横に振った。
「あなたがいたから私の命は助かった。〝死神さん〟は命の恩人です」
ふわり、彼女が微笑む。
それを見て。死神の心臓はキュウっと締め付けられた。
「ふん⋯⋯対象外殺すと報酬減らされるんだよ」
「まぁっ、結構シビアなんですね」
気まずくなって目を逸らした死神を気にすることなく、彼女は勝手にベッドに腰を掛けると、レモンティーに口を付けた。
「お貴族様御用達の紅茶の味なんて知らないけど、私は〝天使の歌声亭〟のレモンティー大好き」
「そりゃ良かったな」
「でもいつか〝天使の歌声亭〟のシフォンケーキ食べてみたいな〜、すっごくふわっふわでしっとりしてて口の中でスゥ~ってとろけておいしいって! 個数限定だから朝イチじゃないと食べられないらしいんですけど」
「へぇ⋯⋯」
朝はやることいっぱいあるので抜け出してこれないんですよねぇ、と彼女はまたヘラリと情けなく笑った。
カップを持つ彼女の手には、聖女らしからぬあかぎれが多数ある。洗濯や掃除を仕事とする労働者の手と一緒だ。
彼女が死神の部屋に遊びに来たからといって、特に何をするわけでもない。
彼女が最近あったことや今は何が流行ってるらしいとか、仕事に対する愚痴だとかを一方的に喋り、死神はそれに適当に相槌するくらいなのだが。
ゴーンゴーンと神殿が鐘を鳴らす───もうすぐ日没を迎える合図。彼女が来てからあっという間の半刻が過ぎた。
「あ⋯⋯そろそろ戻らなきゃ」
楽しそうに喋っていた彼女の顔が一瞬にして曇った。ベッドから立ち上がると死神から使ったカップとソーサーを受け取り、お使いの紙袋を持つ。
「じゃあカップ返しがてら帰りますね⋯⋯また来ます」
「〝また来ます〟ってなぁ。うら若き乙女が男の部屋にホイホイ来るもんじゃねえぞ?」
「でも〝もう来るな〟とは言わないですよね」
「⋯⋯」
死神が呆れて溜め息をつくと、彼女はクスクスと笑った。
「今日これから仕事なんですよね? 私は聖女としてのレベルが低いので、おまじない程度ですが───〝死神さんが怪我なく無事この部屋に戻ってこれますように〟〝天に召される魂が安らかな眠りにつけますように〟⋯⋯⋯⋯あと〝またすぐ死神さんと会えますように〟〝次はもう少し長く一緒にいられますように〟」
「なんだそれ」
ふわり、死神の身体が心地良い空気に包まれた。
〝聖女の祈り〟───祝福、幸福であれと願う、彼女の優しい気持ち。普通に生きていたら、生涯で聖女に個人的に祈ってもらえる人なんて極僅かだろう。
現在、この国には3人の聖女がいる。
御年90になる大聖女───歴代聖女の中でも圧倒的な力を誇り、数々の国難から民を救った、文字通りの大聖女様。しかし最近は老衰が進み、表舞台に出ることがなくなった。
次いで現れたのが、死神の目の前にいるリリィ。10年前、15歳が受ける成人の儀の職業付与で〝聖女〟を賜った。半世紀以上ぶりの新しい聖女の誕生に国民は大盛り上がりだったが、出身が孤児院なこと、総魔力量は高いのに聖女としての素質が著しく低いことを理由に、神殿内で虐げられているようだ───本人は言わないが。死神と同い年の25歳。
そして3年前に聖女を賜り〝本物の聖女様〟と呼ばれるのは、高位貴族のご令嬢。家柄良し容姿良し、そして聖女としての資質も高いと噂されている。
聖女が一世代に3人も現れるのは、歴史上初めてのことらしい。
基本的に聖女は1人。聖女の力に陰りが出はじめた頃に、次代の聖女が現れる。
順番からすれば次の大聖女はリリィなのだが、貴族院をはじめとする議会では反発と論議が繰り返されているとのこと。しかし神殿側は「大聖女様が御存命のうちは聖女に関する発表を控える」としている。
死神を包んでいた心地良い空気が少しずつ霧散していく。それを名残惜しいと思ってしまうのは何故なのか。
「はい、これで大丈夫⋯⋯たぶん」
「何でそこ断定しないんだよ」
死神がクククと笑って彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、彼女は一瞬驚いたような顔をして。またいつも通りヘラリと情けなく笑うのかと思ったら。
彼女はそのリリィという名前の通り、まるで大輪のユリが咲き誇るかのように笑った。
死神の心臓が再びキュッとなる。
思わず───
「いったぁ!?」
彼女の形の良い額にデコピンを喰らわせてしまった。
「〝神の伴侶〟である聖女に手を出すと問答無用で死罪ですよ! ついでに世にも恐ろしい天罰も下ります!!」
「ほぉ〜そうかそうか」
「あっ、ちょっ、もうっ、ホントに!!」
彼女の両手が塞がってることをいいことに、ペシッペシッと連続でデコピンを喰らわせる。
「お前も避ければいいじゃん、なんで耐えようとするんだよ」
「あ、そっか」
彼女が一歩下がったところで、死神のデコピン攻撃は終わった。
両手が塞がっている彼女のため、死神はドアを開ける。
彼女は自分から離れた死神の手を名残惜しそうに見たが、1つお辞儀をしてそのまま踵を返して部屋を後にした。
彼女が階段を下り、その後ろ姿が見えなくなったところでドアを閉め。死神は深く溜め息をつくと、ドアを背にズルズル〜っとその場にしゃがみ込んだ。
「くそ⋯⋯何をやってんだ俺は」
心臓が痛い。
彼女が訪ねてくる週1回、半刻程の時間を楽しみにしている自分がいる。
半年前。
魔王復活のため、若い女を生け贄として拉致し怪しい儀式をしていると、王国の暗殺専門の特殊部隊───通称〝暗部〟に抹殺指令が下った。
暗部では通常の司法で裁けない人間や、明るみに出ると不都合な事件を秘密裏に処理する。死神はその暗部の工作員の1人。
5人のターゲットを始末して。その現場に拉致されていたのがリリィだ。彼女が戸棚の中に隠れながらやり過ごそうとしているところを見つけた。
仕方なくこの部屋に連れ帰ったら、前世からずっと待ってただのワケわからないことを言って⋯⋯
正直頭にウジ湧いてるんじゃないかと思ったが。それでも死神が彼女を拒否しないのは。
(どうしようもなく好みなんだよ! 悪いか!?)
ヘラリと情けなく笑うその顔も、時折見せる大輪のユリの花が咲くような笑顔も。軽やかで明るく心地よい響きの声、華奢な身体に柔らかそうな───
ガシガシと強めに頭を掻く。
王都に住んでいていたら、彼女以上の美人なんてたくさんいる。こないだ声掛けてきた女のほうがよっぽど良い身体してた。なのになんで。
しかしポンコツと揶揄されてはいるが、彼女は紛れもなく聖女様なのだ。生涯穢れなきその身で神殿に入り、神に仕え、人々を災いから守る。
国の平和を守るための仕事とはいえど、人を殺しまくってる自分とは本来なら関わることのない、清らかな人。
そして彼女が大聖女になったら、もう2度とこの部屋を訪れることはない、言葉を交わすこともない。王国の影の存在である自分は、遠くから彼女の活躍を見るだけになるだろう。
彼女が死神に真っ直ぐな好意を寄せるのも、大聖女になったら外を出歩くことも出来ないから───今しかできない恋愛ごっこを味わっているだけに違いない。死神は同じ年頃の丁度良い相手なのだろう。
しばらくしゃがみ込んでいると。
ひらり、死神の足元に封書が落ちてきた。拾えば微かに魔術で転送されてきた気配が残っている。
溜め息をついてそれの中身を確認すると、今日の任務の詳細が書いてある。報酬は今までにないくらい破格な金額だ。そんなにヤバい内容なのか。
暗殺の任務は外部に情報が漏れるのを防ぐため、実行者にも詳細は直前まで知らされない。
思考を仕事に切り替え詳しく目を通す───そこに書かれている文字に息を呑んだ。
暗殺対象〝聖女リリィ〟
その文字から目が離せない。
何度見ても角度を変えても、彼女の名前が書いてある。
「⋯⋯遠くから見ることも、許されないのかよ」
この仕事は絶対だ。1度暗殺対象になれば、文字通り死ぬまで〝国〟という巨大な組織に追われることになる。そして運良く逃げられてもその最期は穏やかなものなど1つもないことを死神は知っている。
ドサリ、尻もちをついて頭を抱え、グシャっとその指示書を握り潰した。
〝またすぐ死神さんと会えますように〟
彼女の少し照れくさそうに笑ったあの顔を思い出す。
「〝ポンコツ聖女〟め⋯⋯⋯⋯どういう願いの叶えかたしてんだよ」
考えても考えても彼女を救う方法が思いつかない。時間だけが過ぎていく。
神殿の鐘が再び鳴る。
ちらりと窓の外を見れば、いつの間にか暗闇が街を覆っていた。
ここで手をこまねいていても、どうにもならない。自分がやらなければ、他の暗殺者が彼女のもとに送られるだけだ。
死神は立ち上がると暗器を装着し、漆黒のマントを羽織りフードを深くかぶる。
そして魔力を練り、空間を一気に跳んだ。
お読みいただきありがとうございました。
明日の投稿もよろしくお願いします。




