02
本日2話投稿、2話目です。
「あ〜もう⋯⋯なんで人類ってヤツはこんなにも面倒臭いことするかねぇ」
とある高位貴族の三男坊がつい最近購入したというアパルトマンの薄暗い地下室。
ガラスの瓶詰めの草花、何かちょっとグロいモノが浮かんでいる瓶に、何のためのものかわからない什器と魔法陣が並ぶ中。
男は目深に被っていた漆黒のマントのフードを脱ぎ、小振りな短剣に付いた血を振り払って、今まさに命を刈り取ったばかりの人間の死体を数える。
「ひー、ふー、みー、よー、いつ⋯⋯ん? 1人足りんな。気配は6人だと思ったんだけど」
男は懐から指示書を取り出し、今回の依頼内容を確認する。
指示書には5人の貴族の子息の名前が書かれている、いずれもこの王国の男爵家から侯爵家の三男、四男。
家督を継げないことを理由に性格を腐らせた奴らが、魔王復活のため、若い女を生け贄として拉致し怪しい儀式をしていると、王国の暗殺専門の特殊部隊───通称〝暗部〟に抹殺指令が下った。
暗部では通常の司法で裁けない人間や、明るみに出ると不都合な事件を秘密裏に処理する。
男はその暗部の工作員だ。
「やっべー、5人でよかったんだ。危うく関係ない人間まで殺っちまうところだった」
遺体の顔は頭に叩き込んでいる今回のターゲットの姿絵と一致、懐中時計や小物に刻んである家紋も指示書通り。うん、完全無欠。
急所一撃で死んだ遺体は、血溜まりさえなければ寝ているかのよう。きっと本人たちは死んだことさえ気付いていないだろう。
良い仕事をしたと、通信用の魔法陣で任務完了の連絡を入れたそのとき、カタンっと何かが倒れたような音が静かな室内に響いた。
「⋯⋯誰かいるのか?」
気配を探ると、後方にある大きな棚の中、人の気配が微かにする。
さっきの6人の気配云々は間違いじゃなかったと、チッと舌打ちをしてその棚に近づく。
相手に戦意はないようだ、一気にそれの扉を開くと。
「ひっ───」
青い顔をして膝を抱えるようにうずくまっている女と目が合った。彼女は男の姿を見て、恐怖───ではなく驚きに目を見開いている。
───この娘、なんだか懐かしい感じがするな。
彼女に見つめられて、ふとそんなこと思ってしまった。
故郷にこんな娘はいなかったし、どこかで会ったっけと疑問に思ったが。
「いやいや、お前───何者だ?」
頭を振って、余計な考えを切り離す。
20代前半か半ば、自分と同じくらいの年齢───この国の貴族の顔は全員覚えている男の記憶にないということは、平民か。
先程死んだ人間たちは、揃いの魔王信仰の刺繍が施された黒のマントを羽織っていたが、彼女は真っ白で簡素なシュミーズを身に着けているだけ。
暗部の斥候の報告になかった彼女は、ずっと逃げる機会を窺って隠れていたのか、おそらく魔王復活の儀式のために攫われた生け贄だろう。男がそう結論付けていると。
彼女が目に涙を溜め、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、魂を鷲掴みにされるように切なくて。
「やっと会えた⋯⋯久しぶりだね、死神さん」
「───!?」
彼女は立ち上がると男の首に腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
あたたかくて優しくてどこか懐かしい腕は、一体いつの記憶なのか。
男が茫然としていると、地下室の外からカチャカチャと複数人がこちらに向かってくる音がする。先ほど任務完了の連絡を入れたから、暗部の処理班が遺体の回収に来たのだろう。
「くそ、面倒臭せぇ」
彼女のことは処理班に任せるのが正しい判断だ───だけど彼女をここで離してはいけないような気がして。
男は彼女の腰に腕を回すと、さらにグイッと抱き寄せた。
「あ!?」
「ちょっと跳ぶから目ぇ瞑ってろ」
「え!?」
がちゃりとドアが開かれる直前、男は転移を発動させ、彼女を連れて空間を跳んだ。
地下室の重苦しい空気がなくなり、街の喧騒が遠くから聞こえる。
自分の部屋に帰ってきた男は、彼女の腰に回していた腕を解いたが、彼女のほうはそれに気付いていないのか、男の首にガシッと腕を回したままだ。
「え⋯⋯え?」
戸惑ったような彼女の声がする。
それもそうだ、先ほどの部屋とは全然違う。
何の飾り気もない壁には申し訳程度の鏡が掛けられているだけ。ベッドのシーツは一応清潔にはしているが、洗い古されて───
「⋯⋯連れ込み宿?」
なんでそうなるんだと、男は溜め息をついた。
「そろそろ手ぇ離してくんねえ?」
そう言えば「ぅひゃあ!!」と彼女は飛び退いた。
男は痛てててて⋯⋯と首と肩を回しほぐす。結構な馬鹿力で首の骨が折れそうだった。
「何が連れ込み宿だよ、俺の部屋だ」
「まぁ! 私お持ち帰りされてしまいました!?」
「⋯⋯」
ふふふと笑う彼女に、どう返事をしていいかわからない。
「お前、俺がさっき何したか見てただろ⋯⋯怖くねえのか?」
「さっき?」
首を傾げる彼女に、男はあのなぁと呆れて言葉を続けようとしたが───彼女がうっすらと身体が透ける下着しか身に着けていないことに気付いた。慌てて顔を背けて自分の羽織っていたマントを彼女に差し出す。
「これでも巻いとけ」
「え? あ、ありがとうございます⋯⋯?」
自分の耳が赤くなってる気がする、それを彼女にバレませんようにと願っていると、ようやく彼女は自身が下着姿だったことに気付いたようだ。
「ゎああぁ!? ごめんなさい!!」
彼女は慌ててマントを羽織り前を閉じ、はだけないよう腕を回している。記憶が混乱しているのだろうか、あれ?あれなんで?どうして?とブツブツ言っている。
どうしてこんなことになったんだっけと彼女は記憶を遡る。
同僚が押し付けてきた買い出しを終え、太陽が沈んで薄暗くなった城下町を歩いていると、後をつけられているような気がして⋯⋯雑貨屋やお菓子屋に寄り道したり、わざと遠回りになる道を選んだりしていたが。
彼女は走った、こう見えて足は早いのだ。ぐんぐん尾行者との距離を引き離して。もう大丈夫だと立ち止まり、ふぅーっと息を吐き出したその瞬間。
裏路地から伸びてきた手に───
「あ───」
彼女はすべてを思い出したのか、顔から血の気が引いていくのが見てわかる。
「おーい、ぶっ倒れるなよ、面倒臭えから。ちょっとそこ座ってな」
男はトンっと彼女の肩を押しベッドに座らせるとドアから外へ出ていったが、しばらくすると両手にカップを持って帰ってきた。
「ほい、コレでも飲め」
「───これって」
彼女に差し出したのは、輪切りのレモンが浮いたふわり湯気の出る琥珀色の液体。
「レモンティー?」
「おうよ」
男はもう1つ持っていたコーヒーを窓際の壁に背を預けて飲む。
彼女も口をつけると、ホッとしたようだ。
「───おいしい」
「そりゃよかった」
沈黙ののち。
「あの、どうしてレモンティーを⋯⋯?」
どうでもいい質問だな、そう思いつつ男も口を開く。
「コーヒーのほうが良かったか?」
「あ、いえ。そういうことではなくて」
「ここの1階喫茶店なんだよ」
訊きたいのはたぶんこんなことじゃないんだろうなと思うが、こっちから話してやる筋合いもない、黙ってコーヒーを飲む。彼女も大人しく紅茶を飲んでいると思ったら。
彼女はホロホロと涙を流していた。
「あ〜、そりゃ怖かったわなぁ⋯⋯それ飲んで落ち着いたら家まで送ってってやるから。家どの辺だ?」
男は彼女が泣く理由を、怪しい奴らに拉致された上に、奴らが殺された現場にいたせいと思った。
そう考えると自分は拉致現場で人殺しをしてさらに彼女を拉致したと考えることもできるなぁと、やっぱり処理班に任せるべきだった下手打ったと頭を掻いた。
「違います⋯⋯違うんです」
彼女は涙を拭いながら首を横に振った。
「ずっと、あなたを待ってたんです⋯⋯死神さん」
「───!!」
キレイな涙をこぼしながら微笑む彼女から目が離せない。
そんな自分に戸惑いながら、男は頭を横に振った。
「待ってたって───誰と間違えてるのか知らねえけど、お前と俺は初対面だぜ?」
「そうですね、あなたとは初対面です」
「はぁ?」
意味がわからない。
深読みするなら、国家の暗部で〝死神〟の異名を持つ自分を、この女は懐柔でもしようとしているか。
もしそうなら今回の仕事の内容が外部に漏れていたとしか考えられないと、男───死神はいつでも彼女を始末できるよう、腰に仕込んでいる暗器に手を這わす。
「お前⋯⋯俺が誰だか知って近付いたのか?」
「いいえ───約束通り、あなたが迎えに来てくれました」
死神の放つ殺気をものともせず、彼女はティーカップに入っているレモンティーを眺め───
「喫茶店って〝天使の歌声亭〟ですか?」
「⋯⋯知ってるのか?」
狭い通りからさらに1本入ったかなり奥まった場所にある、地元民や常連しか知らないような喫茶店、夜は軽い食事もできる小さな酒場だ。
自分の居場所が知れることは、直接命に関わる失態だ。やはりこの女を連れてきたのは失敗だった。
ギリリと奥歯を噛み締め、間合いを測っていると。
「私、中央神殿所属の〝聖女〟なんですけど───」
「聖女サマぁ〜?」
聖女とは。
15歳の成人の儀で行われる〝職業の付与〟で賜る職業の神聖系の中でも超が付くほどの希少職で、聖魔法を使い〝奇跡〟を起こす、らしい。
〝らしい〟というのは、あまりにもその人数が少なく、死神が実際に聖女の身分にある人に会うのは初めてだからだ。
「でも孤児院出身で元の身分も低いし、聖女の力も弱いので、雑用とか買い出し押し付けられるんですけど。余ったお金で時々こっそり息抜きしに来てるんです」
「悪い聖女サマだな」
「バレなきゃ大丈夫です」
クスクスと彼女が笑う。
「知ってますか? ここの女将さん、すごく歌が上手で───屋号のとおり〝天使の歌声〟って言われてるんですよ。マスターの旦那さんととっても仲良しで」
「⋯⋯知らねえな、興味もない」
彼女の声が好ましく思えるのは、何か聖女の力を使っているせいなのだろうか。
彼女の言葉の端々に、知らないはずの記憶が思い起こされるような、不思議な感覚になるのは───
頭をガシガシと強く掻き、死神はジロリと彼女を睨んだ。
「〝聖女〟は国で保護される。その身分を騙るのは犯罪だぞ」
「一応本当なんですけど」
「じゃあ証拠見せてよ」
「証拠、ですか」
「聖女だっていう⋯⋯聖紋っていうのが身体に出るんだろ?」
職業の付与で聖女を賜ると、身体のどこかにその紋様が浮き出るという。
肩とか手の甲とかそういうところに聖紋あるのセオリーだろ、と頭を掻きながら死神が投げやりな感じで言うと、彼女は合点いったようだ。
ティーカップを置き、すくっと立ち上がった。
「近くで見ますか?」
「いやいいよ、そこで。ただチラッと見るだけだから」
「そうですか」
彼女はモジモジとしたのち1つ深呼吸するとマントをするりと脱ぎ、身に付けているシュミーズの裾に手を掛け、バッと勢いよく上に捲った。
「うわぁああぁぁぁああ!?」
死神が慌てて回れ右をする。耳まで真っ赤だ───純情か?
「おまっ、ばかっ───痴女か!?」
「見せろと仰ったので⋯⋯脱いだほうが良かったですか?」
「なんでだよ!?」
「脚の付け根に聖紋があるので」
「なんでそんなところにあるんだよ!?」
「前前前世の因果でしょうか」
「意味わかんねえよ!?」
「⋯⋯見ないのですか?」
「もういいよ! 早く戻せ!!」
死神は壁に額を付け、あ〜だのう〜だの唸っている。
そうですかと彼女は言うと、裾を直しマントを羽織るとベッドに腰を下ろし、残りのレモンティーを飲み干す。
そして───
「私と死神さんは、出会うべくして出会った───魂で結ばれているんです」
ふわりと彼女は微笑む。
そんな彼女を見て、死神は。
「お前、頭ウジでも湧いてんじゃね?」
変な女を拾ってしまったと、早々に後悔した。
お読みいただきありがとうございます。
明日も投稿しますので、よろしくお願いします。
今回の話は単体でも読んでいただけるようにしていますが、『孤独な死神と人造人間な彼女が一緒に暮らした180日』の後日談的な内容です。
もしよろしければそちらもお読みください。




