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第9話 新快速の滑り出し

大阪駅の五番のりばには、重々しい金属音を響かせて、巨大な鋼鉄の獣が滑り込んできた。

 車体はブルーとベージュの帯を纏い、前面には二重の魔導障壁ジェネレーターが鋭く突き出ている。

 JR西日本が誇る近畿防衛の要――二二三系魔導装甲列車、通称「新快速」である。


「これが、関西で最も危険と言われる高速レイドポータルね……」


 玲奈は、列車の威容を見上げて感嘆の息を漏らした。

 新快速は、大阪から神戸、姫路までを一気に行き来する。停車駅を極限まで減らし、時速百三十キロメートルという圧倒的な速度で走ることで、途中の野生化したローカルエリア(ダンジョン駅)を高速でスキップできる。

 だが、その速度ゆえに、通過する駅や線路脇に巣食う高濃度の魔物たちが、動く結界である列車を破壊しようと車外から波状攻撃を仕掛けてくる。乗車中は、常にいつ破られるかわからない車上防衛戦を強いられるのだ。


「乗客は全員、客室中央の防護シェルターへ! これより防衛任務を開始する!」


 車内では、ギルドから雇われた数十人の戦闘探索者たちが、慌ただしく武器を構えて配置についていた。彼らは主にBランクやCランクの中堅探索者たちで、新快速の防衛任務を専門とする精鋭だ。

 その中に混ざって、眠そうな顔で乗り込んできた鉄平を見て、大柄なアタッカーの男が顔をしかめた。


「おいおい、なんだそこのガキは? ライセンスを見せてみろ」


 鉄平がFランクのカードを提示すると、男は盛大に鼻で笑った。


「ハッ、Fランクの素人が何をしに来やがった! ここは新快速の防衛任務だぞ。中級モンスターが容赦なく降ってくる戦場だ。死にたくなければ、奥の客室で震えてな」

「私は、このマスターの指示で戦います。彼を侮辱することは許しません」


 玲奈が刀の柄に手をかけ、冷たい視線を男に向けた。Sランク探索者の放つ本物の威圧感に、男は気圧されて口を閉ざしたが、納得のいかない表情で自分の持ち場へと戻っていった。


 ドアが閉まり、プシューという空気圧の音とともに、新快速が滑らかに加速を開始した。

 淀川を渡る鉄橋の上で、列車の周囲を展開する「新快速障壁」が淡いブルーに発光し始める。車窓から見える景色は、かつての美しい街並みではなく、ひび割れたビル群と赤黒い魔力の霧が立ち込める荒廃した世界だ。


「定時運行を開始する。玲奈、インカムの電源を入れろ。もうすぐ最初の攻撃が始まる」

「いつでもいけるわ、マスター」


 鉄平はスマホを操作し、ユニークスキル「始発の改札口オリジン・ゲート」を起動した。

 脳内には、新快速が疾走するJR神戸線の線路配線図と、リアルタイムの魔力流動がマッピングされていく。

 尼崎駅を通過後、新快速は制限速度を解除して時速百三十キロメートルに達する。その瞬間、魔力抵抗の波が最大化し、沿線の鳥型魔物、架線の死神(ワイヤー・リーパー)の群れを引き寄せる。

 鉄平の目には、線路の頭上を走る架線(魔力ライン)に沿って、赤黒いノイズのような敵の出現予測ラインがいくつも交差しているのが見えた。


 ガタガタと車体が大きく揺れた。

 尼崎駅のホームを猛烈な速度で通過した直後、新快速は急加速した。車外の障壁に、無数の黒い影が衝突して火花が散る。


「キィィィアアアアッ!」


 甲高い鳴き声とともに、巨大な黒い翼を持った鳥型の魔物たちが、列車の屋根や窓ガラスに向かって突撃してきた。


「敵襲だ! 防衛ラインを構築しろ!」


 さきほど鉄平を嘲笑した大柄な探索者が叫び、魔導ライフルを構えて窓の外へと魔法弾を放ち始めた。他の探索者たちも、それぞれのスキルを発動して応戦する。

 しかし、時速百三十キロメートルで疾走する列車の上での戦闘は極めて困難だ。レールの継ぎ目を通るたびに発生するゴトゴトという激しい振動と重力加速度、そして風圧により、探索者たちの魔法弾は狙いを大きく外れて虚空を切り裂くばかりだ。


「くそっ! 揺れが激しくて照準が定まらん! 敵の速度が速すぎる!」


 防衛ラインが徐々に押し込まれ、一匹の魔物が客室の窓ガラスを激しく叩き割り、車内に鋭い爪をねじ込んできた。

 乗客たちの悲鳴が響き渡る。

 その瞬間、鉄平は極めて冷静な声でインカムに囁いた。


「玲奈、出番だ。三両目の後方ドアの上部。二秒後に架線の死神がガラスを突き破る。新快速の揺れの周期が下に行くタイミングに合わせて跳べ。右からの風圧を利用して、斜めに切り下ろせ」

「了解!」


 玲奈の体が、風のように動いた。

 彼女は新快速の激しい振動を完全に予測したかのような滑らかな動作で跳躍し、ガラスが割れるのと同時に刀を斜めに一閃させた。


 ズバァァァン!


 侵入しようとした魔物は、窓ガラスの破片とともに一刀両断され、青い光の粒子となって消滅した。


「右舷方向、架線に沿って三匹並行して並んでいる。新快速がこの先のカーブで左に傾く。その遠心力のモーメントを剣速に乗せろ。二秒後に左から一閃だ」

「了解よ、マスター!」


 玲奈はデッキの扉を開け、時速百三十キロメートルの突風が吹き荒れる連結部へと踏み出した。常人なら目を開けることすら困難な風圧と激震の中、彼女は鉄平の指示するタイミングに合わせて、全身の力を抜く。

 列車が左へ大きく傾いた瞬間、遠心力によって生じた強烈な慣性エネルギーをそのまま刀身へと流し込み、横一文字に薙ぎ払った。


新快速一閃・響ブルー・レイピッド・エコー!」


 キィィィィン!

 青い斬撃波が架線に沿って光の帯のように走り、新快速を並走して追尾していた三匹の魔物を一瞬にして蒸発させた。

 その光景を、窓越しに見ていたBランク探索者たちは、完全に言葉を失って立ち尽くしていた。


「な、なんだあの動きは……。風圧と遠心力を完全に味方につけている……」

「あのFランクのガキの指示通りに動いただけで、Sランクの力が何倍にも跳ね上がっているぞ!?」


 配信画面のコメント欄も、怒涛の勢いでバズり始める。


「うおおおおおお新快速一閃キターーー!」

「連結デッキでのノーダメージ無双かっこよすぎるwww」

「「左に傾く遠心力に乗せろ」とかどんな神ナビだよ」

「Fランクがエリート探索者たちを完全に置いてけぼりにしてる件」

「もうこのナビなしでは玲奈ちゃんは走れない身体になってるな」


 鉄平はスマホを操作し、次のセクションの魔力パターンを読み込んだ。


「よくやった、玲奈。だが、この先のカーブを抜けると、明石駅手前で本格的な線路崩落ポイント(魔力溜まり)に入る。そこがこの路線の最初の難所だ。ねぎ焼きのバフを維持したまま、次の戦闘へ移行するぞ」

「ええ、いつでもいけるわ、マスター!」


 玲奈は頼もしそうに微笑み、再び刀を構え直した。鉄平の完璧なダイヤ調整のもと、青い弾丸はなおも加速を続け、荒廃した大地を切り裂くように疾走していった。



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