第4話 Fランクの神ナビ
薄暗い天王寺駅地下のセーフティエリア(地上改札口横の待合室跡)で、六甲玲奈は楽しそうに小型の魔導配信用ドローンを起動させていた。
「よし、接続確認よし! これよりダンジョン攻略配信を開始します!」
ドローンがふわふわと宙に浮き、彼女の美しい白髪と凛とした佇まいを映し出す。
玲奈は東日本から亡命してきたSランク探索者として、ネット上では非常に有名な存在だった。配信が始まると同時に、視聴者数を示すカウンターが猛烈な勢いで上昇し始める。数百、数千、そして瞬く間に一万を超えた。
画面横のコメント欄が、目にも留まらぬ速さで流れ出す。
「おおお! 玲奈ちゃんの配信だ!」
「今日も麗しい!」
「安全のためにまた天王寺か? あそこCランクだろ?」
「遭難姫、今日は迷子にならずに戻ってこれるのか?」
「前回、谷町線の廃線跡で三日間彷徨ってたのは草」
コメントの多くは、彼女の戦闘能力を称賛しつつも、その壊滅的な方向音痴ぶりを揶揄するものだった。玲奈は頬をわずかに赤く染め、ゴホンとわざとらしい咳払いをした。
「みなさん、失礼ね! 今日は強力な助っ人を連れてきました。私のマスターにして、専属のナビゲーターです!」
ドローンのカメラが、少し離れたベンチでパイプ椅子に座り、スマホを眺めている鉄平の姿を捉えた。
ボサボサの髪に、JRのロゴが薄く入った紺色のジャケット。どこからどう見ても、前線の花形探索者には見えない。
コメント欄が一時的に凍りつき、直後に大爆発した。
「誰だこの冴えない男は」
「玲奈ちゃんのマ、マスター……!?」
「いやいや、探索者ライセンスのプレートが見えるぞ……Fランクじゃねえか!」
「は? Sランクの玲奈ちゃんをFランクがナビするの? 自殺志願者か?」
「ギルドのダイヤ課を今日クビになったやつじゃん。実況スレで見たぞ」
スレ民たちの反応は、当然ながら冷ややかだった。戦闘力至上主義のこの世界において、FランクがSランクに指示を出すなど、お笑い草でしかないからだ。
しかし、鉄平はそんな罵詈雑言など気に留める様子もなく、眠そうな目をスマホに向けたままだった。
「八雲鉄平です。今日は天王寺駅の地下二階、かつての大阪環状線ホーム跡地の攻略を行います。玲奈の戦闘力を最大化するためのスジ(ダイヤ)はすでに引いてあります」
「スジとかダイヤとか何言ってんだコイツ」
「鉄オタの妄言か?」
「玲奈ちゃん、騙されてるって! そいつ戦闘スキルないぞ!」
玲奈はコメント欄に向かって、ふんっと胸を張った。
「みなさん、見ていなさい。マスターのナビは、世界一なんだから!」
彼女は刀の柄に手をかけ、地下へと続く重い防火扉を開けた。
一歩踏み入ると、空気の重さが変わる。かつて環状線が走っていた地下二階エリアは、レールから滲み出た魔力が霧のように立ち込め、視界を著しく遮っていた。
「いいか、玲奈。ドローンは俺の後ろに配置しろ。お前は俺の指示の通りにだけ動くんだ。一秒の遅れも許さない」
鉄平はインカムを通じて、静かに言った。
「了解よ、マスター」
玲奈の顔から笑みが消え、プロの探索者の表情になる。
鉄平はスマホを操作し、ユニークスキル「始発の改札口」を展開した。
脳内には、リアルタイムで天王寺駅地下二階の魔力流動がマッピングされていく。環状線ホームの複雑な配線、そこに巣食う魔物のエネルギーシグナルが、まるで列車運行図のように整理されて表示された。
「……ターゲット検知。環状線内回りホーム、かつての十二番のりば付近。敵の編成は「改札の猟犬」五匹、および「踏切の兵卒」三匹。接近中。衝突まで、あと四十秒」
「おいおい、本当に敵の位置が分かってるのか?」
「そんな索敵スキル、Fランクが持てるわけないだろ」
「どうせハッタリだ」
コメント欄が疑う中、鉄平は歩みを止めず、淡々と指示を送り続ける。
「玲奈、そのまま直進。二十歩進んだところで待機。敵の先頭車両がそこを通る。衝突予想時刻は、現在から二十五秒後だ」
「わかったわ」
玲奈は静かに歩を進め、指定された位置で足を止めた。
しんと静まり返った地下ホーム跡。霧の向こうから、カツカツとアスファルトを爪で引っ掻く不気味な音が聞こえてくる。
それは、鉄平が予告した方向、そして完璧なタイミングで近づいていた。
「来るぞ。カウントダウン。五、四、三、二、一……交差!」
鉄平の言葉と同時に、霧を切り裂いて、巨大な改札の猟犬が玲奈の目の前へ躍り出た。
「うわあああ! 本当に来た!」
「索敵マジかよ! 偶然か!?」
「いや待て、あいつ一歩も動いてないぞ!」
配信画面のコメント欄がハイスピードで流れていく。
突進してくる猟犬の鼻先には、かつての自動改札機の無機質な金属プレートが歪に埋め込まれており、それが牙のように玲奈を狙っていた。しかし、玲奈の心は不思議なほどに静まり返っていた。鉄平から指示された二十歩進んだ位置は、まさに猟犬の突進の勢いが最も死角になり、かつ自身の日本刀の刃渡りが最大効率で届く制動距離の限界地点だったのだ。
「頭部を狙うな。右前脚のサーボモーター代わりの歯車を狙え。そこが軌道の分岐点だ。三秒後にすれ違う。振り抜け!」
インカムから流れる鉄平の声は、まるで駅のアナウンスのように冷静だった。
玲奈は敵の巨体に恐れることなく、すれ違いざまに身体を低く沈め、刀を斜め下から切り上げた。バチバチと迸る青い雷光が、猟犬の右前脚の金属関節を正確に捉える。ギギギィ! と耳障りな金属摩擦音が響き、猟犬のバランスが一瞬で崩れた。
「なっ……!?」
「一撃で無力化だと!?」
「あのFランク、弱点を正確に指示してやがる!」
コメント欄の懐疑的な空気が、わずかに変化し始める。だが、鉄平にとってはこれはまだ運行ダイヤの序の口に過ぎなかった。
「よし、軌道修正完了。次の猟犬二匹が交差するまであと五秒。玲奈、二歩左へステップ。そのまま頭上へ刀を構えろ。重力加速を利用して振り下ろすんだ」
「了解!」
玲奈は自身のSランクとしての卓越した身体能力を、鉄平の精密な運行計画に完全に委ねていた。自分の目で敵を探し、判断する手間が省けるだけで、これほど戦いがスムーズになるものか。全身の血流が活性化し、魔力の循環が極めてクリアになっていくのを感じていた。




