第30話 始発列車は明日へと走る
備後落合ニュータウンの解放を祝う賑やかな宴が一段落し、奥出雲の山間に深い夜が訪れていた。
新しく張り直された青い魔導結界のドームが、満天の星空を薄く透かしながら、静かに街を守っている。かつてモンスターが徘徊し、不気味な魔霧が立ち込めていた不毛の地は、今や温かな人々の営みの光で満たされていた。
鉄平は、静かになったホームの端に立ち、夜風を浴びながら夜空を見上げていた。
大地の龍脈が安定したことで、空気は驚くほど澄んでおり、吸い込むたびに心地よい冷たさが肺を満たす。ギルドを追放され、明日をも知れぬFランク探索者として地下ダンジョンへ潜ったあの日から、まだ一ヶ月も経っていない。それが今や、一つの路線を復旧させ、多くの避難民を救うための街の基盤を作り上げた。人生のダイヤがこれほど劇的に書き換わるとは、鉄平自身も予測していなかった。
「鉄平、どうしたのだ? 名誉駅長の就任祝いの主役が、こんな暗いところで一人で立ち尽くして」
後ろから、金属鎧の軽い擦れ合う音と共に、玲奈が歩み寄ってきた。
彼女は兜を外し、月光を反射して銀色に輝く髪をそよ風になびかせている。その青い瞳は、昼間の激戦の疲れを感じさせず、穏やかな光を湛えていた。
「いや、少し夜風に当たりたくてな。それに、これからのダイヤのことを考えていたんだ」
鉄平はポケットからスマホ型端末を取り出し、画面に表示される日本列島の全体図を見つめた。
彼らが繋ぎ直した木次線は、日本全土を覆う大崩壊という巨大な災厄の、ほんの一部分に過ぎない。糸魚川静岡構造線以東の東日本は、未だに漆黒領域と呼ばれる暗黒に包まれたままであり、西日本エリアにも、まだまだ多くの孤立したローカル線や、危険度の高い主要幹線がダンジョン化したまま放置されている。
「木次線は繋がったが、俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。次は、山陽本線を下って岡山、さらには広島へと向かうルートを攻略しなければならない。そこを繋ぎ直さなければ、西日本全体の魔導結界サントラスの出力は頭打ちのままだからな」
「どこへ行くにしても、私はお前の剣だ」
玲奈は鉄平の隣に立ち、夜空を見上げながら、力強く微笑んだ。
「お前が完璧なダイヤを引き、私に道を指し示してくれる限り、私はどんな暗闇の中でも、決して迷わずに走り抜けることができる。だから、安心して次のスジを引くが良い」
重度の方向音痴である玲奈にとって、鉄平のナビゲーションは、単なる戦闘の補助ではない。この過酷なダンジョン化した世界を生き抜くための、文字通りの人生の羅針盤なのだ。その言葉に、鉄平は眠そうな目を少しだけ和らげ、静かに頷いた。
「ああ。頼りにしてるよ、玲奈」
その時、鉄平のスマホ端末が突如として不吉な警告音を鳴らした。
画面中央に、赤黒い警告マークが激しく点滅し始める。
広域監視システムARCHESが、はるか南方の山陽本線沿線において、未知の魔力暴走を検知したのだ。画面に走るノイズを突き破り、不気味なテキストメッセージが浮かび上がってくる。
「楽しそうだな、JRの犬ども。だが、レールがある限り、我らの人身事故――魔力テロは終わらない。次は山陽の青い龍脈を、絶望の赤に染めてやろう」
そのメッセージの末尾には、シャドウ・ライン四天王の一人を示すコードネームが刻まれていた。
「信号無視……」
鉄平はその名を静かに口にし、目を細めた。
奴らは組織的に、日本全国のレールを剥ぎ取り、大地の結界を完全に破壊しようとしている。かつて東日本を滅亡に追いやったのと同じ手法で、この西日本をも滅ぼすつもりなのだ。
「やはり、奴らを放っておくわけにはいかないな。絶対に、これ以上の遅延は許さない」
鉄平は強い決意を込めて、スマホをポケットに収めた。
「ああ、次のダイヤに向けて、私も剣の腕をさらに磨いておこう。お好み焼きのバフも残っているしな!」
玲奈は頼もしく微笑み、月光の下で天羽々斬・改の柄をポンと叩いた。
*
翌朝。
奥出雲の山々に眩しい朝陽が差し込む中、備後落合駅のホームには、ピカピカに整備された一両のキハ120形が停車していた。
端末には、JR西日本の羽柴社長から正式な契約通知が届いていた。木次線魔導鉄道特区の特区長への就任。これにより、鉄平の社会的地位は確定し、今後この地域に流入するインフラ税収や開発利益の数パーセントが、不労所得として彼の個人口座に毎月振り込まれることになる。追放されたFランクが、一国の領主へと成り上がった瞬間だった。
ホームには、街の復旧チームや、新しく移住してきた避難民たちが大勢集まり、二人の出発を見送るために手を振っている。
「八雲駅長、お気をつけて!」
「次の路線も、よろしくお願いします!」
「玲奈ちゃん、配信楽しみにしてるよ!」
温かい見送りの声が響く中、鉄平と玲奈は運転室に乗り込んだ。
鉄平は運転席に腰掛け、スマートフォンの運行アプリを起動した。画面には、これから向かう山陽方面へと伸びる、新たな路線図が青くハイライトされていた。
「よし、キハ120、出発進行」
鉄平が操作レバーのノッチを力強く引く。
ドオオオオ! と、澄み切った朝の空気に魔導ディーゼルエンジンの力強い低音が響き渡り、排気筒からほのかな青い魔力光の残滓を吐き出しながら、キハ120形はゆっくりと、だが確実にホームを離れて動き出した。
窓の外を流れる見送りの人々の笑顔。玲奈が窓から身を乗り出し、大きく手を振り返している。
一両きりの小さな魔導気動車は、新緑が美しく輝く奥出雲の深い森を切り裂きながら、日本を繋ぎ直す新たな明日へ向けて、力強く走り出していった。
「1巻完結おめでとう!!!」
「最高に熱い最終回だった!」
「手書きダイヤからの大逆転、まじで神展開すぎた」
「次の山陽本線編もめっちゃ楽しみにしてる!」
「八雲駅長、出発進行だ!」
「解説しよう! 物語はここで一度幕を閉じるが、鉄平と玲奈の旅は始まったばかりだ! 次に彼らが挑む山陽エリアは、より複雑な路線網と強力なシャドウ・ラインの幹部が待ち受ける超危険地帯! だが、鉄平の神ダイヤがあれば絶対に突破できるはずだ! みんなで次の配信を待とう!」
「解説鉄ニキ、最後まで有能でワロタ。2巻でもよろしくな!」
「2巻早く読みたい! 作者さん更新オナシャス!」
視聴者たちの祝福と期待に満ちたコメントが、光の激流となって画面を埋め尽くし、物語の第一章は華々しく幕を閉じた。




