第29話 駅長への祭り上げと祝杯
備後落合駅の安全化から、わずか数時間。
かつて静寂と闇に包まれていた限界の終着駅は、驚くべき変貌を遂げていた。
みどりの窓口の転送機能を通じて、都市部から資材や仮設住宅の魔導プレハブユニットが次々と運び込まれ、ホームの周辺にはあっという間に簡易的な街並みが形成されつつあった。避難民の受け入れ態勢が秒単位で整えられていく様子は、まるで早送りの都市開発映像を見ているかのようだった。
ここ備後落合駅は、木次線と芸備線の三つの運行ルートが交差する、中国山地最大の魔導ハブだ。ここを安全化し、結界のハブとすることは、単に一つの駅を救うだけでなく、山陰と山陽、さらには瀬戸内海の魔力バイパスを繋ぐ、巨大な流通ネットワークを確立することを意味していた。
その喧響の中心で、ギルドの開発事業部を率いる恰幅の良い部長が、鉄平の元へと血相を変えて駆け寄ってきた。
「八雲さん! いや、八雲先生とお呼びするべきか!」
部長は鉄平の手を両手で固く握りしめ、感激した様子で何度も揺さぶった。
「木次線の運行を復旧させ、この備後落合という最重要のジャンクションを解放したあなたの功績は、もはや国家勲章レベルです! ギルド上層部からの緊急指示により、この新設される備後落合ニュータウンの行政権を含めた名誉駅長の地位を、あなたに受諾していただきたい!」
「え、名誉駅長……ですか? 俺はただ、ダイヤの遅延を直すためにスジを引いただけで、街の運営なんて素人ですが」
鉄平は突然の提案に困惑し、眠そうな目をぱちくりとさせた。
「何を仰いますか! あなたが引いたダイヤのおかげで、どれほど多くの避難民が救われ、新たな生活の場を得られるか! 実質的なこのエリアの領主となっていただき、今後の開発や税収の一部は、あなたの個人口座に直接入るシステムになります!」
「領主って……」
部長の言葉に呼応するように、周囲に集まっていた開発部員や、転送されてきた避難民たちから、ワッと地響きのような歓声が上がった。
「八雲駅長、万歳!」
「これで私たちは、モンスターの脅威に怯えずに、この豊かな山陰の麓で暮らせるぞ!」
「若き天才スジ屋に乾杯だ!」
いつの間の間にか、自分を称えるコールが巻き起こっている状況に、鉄平はただただ苦笑するしかなかった。隣に立つ玲奈は、そんな鉄平の様子を見て、嬉しそうに彼の肩を叩いた。
「名誉駅長か! かっこいいではないか、鉄平! 名実ともに、この地の支配者というわけだな!」
「いや、支配者って……俺はただのダイヤプランナー見習いだったんだけどな」
「気にするな。それだけのことを、お前は成し遂げたのだ」
玲奈は誇らしげに微笑み、その美しい白い髪を夕風に揺らした。
そこへ、開発チームの専属料理人が、大きな金属製のワゴンを押してやってきた。
「駅長就任とエリア解放を祝して、本日は山陽の広島から仕入れた最高級の食材を使い、出来立てのお好み焼きをご用意いたしました!」
ワゴンから蓋が外されると、ジュージューと食欲をそそる芳しい音と共に、甘辛いソースの焦げる香ばしい湯気が一気に周囲に広がった。鉄板の上で層をなして焼き上げられた、山陽風のお好み焼きだ。
たっぷりのキャベツ、豚肉、そしてパリッと香ばしく焼かれた中華麺が幾重にも重ねられ、その上に濃厚なお多福ソースとマヨネーズ、青のりがふんだんに散らされている。
「これは……すごいな。完璧な積層装甲だ」
鉄平はその見事な焼き上がりに、思わず感嘆の声を漏らした。
「これが、広島名物のお好み焼きか! 東日本にはない、独特の多層構造だな」
玲奈は目を丸くし、手渡されたヘラで熱々のお好み焼きを一口大に切り分けた。鉄板の上でソースが焦げて放つ、醤油と果実の入り混じった甘辛い匂いが、冷涼な山あいの空気に漂って鼻腔をくすぐる。
ハフハフと息を吹きかけながら、注意深く口に運ぶ。
「あつっ……! でも、美味しい!」
玲奈の頬が瞬時に緩み、青い瞳が幸せそうに細まった。
「キャベツがすごく蒸し焼きされていて甘い! それに、麺のパリパリとした食感と、豚肉のカリッとした旨味が、この甘辛いソースと完璧に調和しているぞ! 食べるたびに、口の中で具材のレイヤーが重なり合って、言葉にならない美味しさだ! この多層構造は、まるで複雑に組まれた防御魔法陣のようだな」
玲奈は我忘れてヘラを動かし、お好み焼きを口へ運び続けた。山あいの冷涼な風のなかで、熱々のお好み焼きを頬張り、冷たい炭酸飲料で流し込む。その五感を刺激する至福の味に、玲奈の体からは淡い光が立ち上り始めた。
彼女の視界の隅に、システムメッセージが表示される。
【プレイヤー:六甲玲奈に特殊バフ付与】
【効果:最大HP+50%、物理・魔法防御力+30%(効果時間:3時間)】
【および、状態異常に対する完全耐性を付与】
玲奈が驚いて自身の掌を見つめると、体表に極薄の、だが極めて頑強な半透明の青い魔導障壁が、まるでお好み焼きの生地のように何層にも折り重なって展開されていくのが見えた。魔力の密度が尋常ではなく、これなら敵の強力な物理雷撃や状態異常魔法であっても、多重の装甲レイヤーが衝撃を段階的に減衰し、完全にシャットアウトしてくれるはずだ。
「お好み焼きが積層装甲としてステータスに反映されている! これで私の防御力は、本物の装甲列車並みだな!」
玲奈は満足そうに微笑み、口元のソースをペロリと舐めた。
「出たああああ! お好み焼きバフ!」
「積層装甲の防御力アップえぐすぎwww」
「玲奈ちゃんの飯テロ、マジで破壊力SSSランクだわ」
「ハフハフ言いながら食べてる玲奈ちゃん可愛すぎかよ」
「しかし、Fランクだった兄ちゃんが、今や一帯の地主であり名誉駅長とか、成り上がり方が異次元すぎるだろ」
「あ、ギルドのニュースサイト見た? 八雲を追放した近畿支部の黒崎課長、正式に更迭処分だってよ。役員会で土下座させられてるスクショがリークされて大炎上してるwww」
「完全なるざまぁ展開で飯がうまいwww」
「解説しよう! 広島風お好み焼きのバフは、キャベツ、豚肉、焼きそば、卵が美しく重なることで、食べた者の肉体を多層の魔導障壁で保護する効果があるんだ! ちなみにイカ天を入れると攻撃力も5%上がる!」
「解説鉄ニキ、お好み焼きの解説まで完璧で草」
配信はかつてないほどの同接数を記録し、コメント欄は終始お祝いの嵐で埋め尽くされていた。
鉄平もお好み焼きを口にし、その濃厚な旨味に満足そうに頷く。かつてギルドを追放され、戦闘力がないと嘲笑われていた日々。しかし、今こうして自分が引いたスジによって大地が蘇り、目の前の人々が笑顔で食事を楽しんでいる。それだけで、あの日々は無駄ではなかったのだと、鉄平は静かに確信していた。




