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第28話 甦る大地の鼓動

変電魔導士が消滅し、停電結界が崩壊した備後落合駅。

 大気中を漂っていた禍々しい紫色の魔霧はすっかりと消え去り、澄み切った秋の高原のような心地よい風が、山間を吹き抜けていく。

 鉄平はスマホ型端末の同期が完全に回復したのを確認すると、キハ120形の運転台から降りて、ホームの中央へと歩み進んだ。


 そこには、長年の放置によって蔦が絡まり、半ば土に埋もれていた古い木造の駅舎があった。駅舎の入り口付近には、かつて切符を切るために使われていた、石造りの改札口の跡が残っている。その改札口の中央には、大地の龍脈を制御するための「霊的結界制御パネル」が埋め込まれていた。


「玲奈、手伝ってくれ。この蔦を払うぞ」

「任せておけ!」


 玲奈は天羽々斬・改を鞘に納めたまま、手際よく鋭い蔦の束を引きちぎっていった。

 現れたのは、JR西日本のシンボルマークが刻まれた、青く静かに眠る魔導決済プレートだった。かつて人々が日常的に利用していた改札機の姿そのものだ。

 鉄平は胸元から、愛用している青いICOCAカードを取り出した。彼のユニークスキル「始発の改札口オリジン・ゲート」によって魔導具化されたそのカードは、鉄平の魔力を受けてかすかに青い光を帯びている。


「営業エリア拡大手続き、開始」


 鉄平は静かに呟き、ICOCAを改札プレートにタッチした。


 ピッ、と小気味よい電子音が、静まり返った山あいの駅に響き渡る。

 その瞬間、プレートから爆発的な青い霊的ウェーブが放射された。

 波紋のように広がっていく青い光は、備後落合駅のホームを包み込み、そこから錆びついた線路を伝って、四方八方へと猛烈な勢いで駆け抜けていく。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 大地が心地よい地鳴りを上げて震えた。

 光が通過したレールの錆は瞬時に剥がれ落ち、本来の美しい鉄の輝きを取り戻していく。駅舎の柱を覆っていた不気味な魔界の茨は枯れて砂となって消え去り、代わりに奥出雲の瑞々しい新緑の息吹がホーム周辺を満たした。

 大地の龍脈の狂った流れが綺麗に整えられ、安全運行可能な「営業エリア」を示す青い結界のドームが、空を覆うようにして広がっていく。

 手元のスマホ端末に、ギルドの広域運行管理システム「サントラス」からの通知メッセージが次々とポップアップした。


【木次線・備後落合駅、営業運行可能エリアに復旧】

【近畿・山陰間の霊的バイパス接続を検知。エリア安全度:グリーン(安全領域化完了)】


「す、すごい……! 枯れていたはずの大地に、こんなにも綺麗な緑が戻るなんて」


 玲奈は周囲を見渡しながら、その美しい光景に青い瞳を輝かせた。

 しかし、奇跡はそれだけでは終わらなかった。

 改札機が青く輝き続けていると、突如として空間が歪み、スーツ姿にヘルメットを被った一団が、改札口の光の中から次々とワープして現れた。


「八雲さん! 本当に木次線の終点まで繋ぎ直したのですね!?」

「ただちに臨時運行ダイヤの設定と、駅周辺の用地確保に着手します!」


 現れたのは、ギルドの「開発事業部」と「不動産開発チーム」の職員たちだった。彼らは現れるやいなや、測量機器を設置し、図面を広げて駅周辺の調査を開始した。


「おい、早くしろ! ここは木次線と芸備線が交差する超重要拠点だぞ! 安全化された今、この周辺の地価は百倍以上に跳ね上がる! 避難民のためのニュータウン開発と、駅ナカ商業施設の建設計画を急ぐんだ!」


 大崩壊以降、安全な土地を求めて過密化していた大阪や難波の住民たちにとって、新たに安全化された広大な土地は文字通りの「宝の山」だった。鉄平が駅を一つ安全化するたびに、その周辺に莫大な経済価値が生まれ、都市開発が行われていくのだ。


「うおおおおおお! 営業エリア拡大キターーー!」

「備後落合が完全セーフティエリア化されたぞ!」

「待って、速報! JR西日本の株価がS高になってるwww」

「不動産開発チームの動きが早すぎて草。改札からなだれ込んできたぞwww」

「解説しよう! 駅が安全化された瞬間、その駅のみどりの窓口や改札を通じて、都市部からの物資や人員の即時転送ワープが可能になるんだ! つまり、鉄平が攻略した駅は、そのまま人類の新たなフロンティアの拠点になるわけだな!」

「解説鉄ニキ、リアルタイムの株価情報まで把握してて草」

「鉄平を無能Fランクって追放したギルドの上層部、今頃どんな顔してんだろうな」

「今、ダイヤ調整課の内部スレが荒れまくってるらしいぞ。八雲鉄平を追放した上司が、役員会から戦犯扱いされて吊るし上げられてるってよwww」

「ざまぁwww」


 配信スレのコメント欄は、ギルド内部の慌てぶりが暴露されるたびに、爆笑と喝采の嵐に包まれていた。

 鉄平は、スーツ姿の男たちが忙しそうに走り回るホームの喧騒を余所に、キハ120形の前に立ち、そのステンレス製の車体を優しく撫でた。


「よく走ってくれたな、キハ」

「本当にそうだな。一両の小さな車体が、世界を繋ぎ直す第一歩になった」


 玲奈が歩み寄り、鉄平の隣で嬉しそうに微笑んだ。

 鉄平はかつて自分を追放した冷たい会議室の連中のことなど、もうどうでもよかった。

 彼にとって最も大切なのは、錆びついたレールを繋ぎ、人々が再び安心して旅ができる日々を取り戻すこと。そのために必要なのは、ただただ正確で美しいスジを引くことだけだった。


「さて……。安全化も終わったし、少しお腹が空いたな」


 鉄平の眠そうな言葉に、玲奈が「待っていました!」とばかりに目を輝かせた。

 二人は、復旧した駅舎のベンチに腰掛け、開発チームが都市部からワープ転送で持ち込んだ地元の名産「比婆牛のすき焼き弁当」の包みを開いた。

 蓋を開けた瞬間、甘辛い割り下の醤油と砂糖の焦げた匂いが、冷涼な山の空気に溶け込んで鼻腔をくすぐる。美しく細かいサシの入った比婆牛の薄切り肉が、飴色に煮込まれた玉ねぎやこんにゃくと共に、艶やかな白米の上にぎっしりと敷き詰められていた。


「おお、これは見事な盛り付けだな!」


 玲奈は割り箸を割り、待ちきれない様子で肉をごっそり掴んで口に運んだ。


「んむ……っ! 美味しい!」


 玲奈は両頬を膨らませ、幸せそうに身悶えした。


「お肉が口の中でとろけるように柔らかいぞ! 噛むたびに上品な脂の甘みが溢れ出て、奥出雲の醤油を使ったという割り下のコクと完璧に絡み合っている。それに、このタレがしっかりと染み込んだご飯がまた絶品だ。どれだけでも食べられてしまう!」


 玲奈は東日本のエリート一族として育てられ、常に戦いや責任のプレッシャーに晒されてきた。しかし、鉄平のナビゲーションのもとで戦い、こうして素朴なホームで美味しいお弁当を頬張るこの瞬間だけは、すべての重圧から解放され、ただの少女に戻ることができる。その安らぎが、彼女の表情をより輝かせていた。

 鉄平も箸を進め、濃い味付けの牛肉とふっくらしたご飯の調和を楽しんだ。戦いの緊張がすっかりと解け、温かい食べ物が胃を優しく満たしていく。自分たちが命懸けで繋いだレールの先に、こうして温かい日常が戻ってきたのだと実感し、鉄平の心には静かな達成感が満ちていた。


【魔導グルメバフ獲得:比婆牛のすき焼き弁当】

【効果:物理攻撃力+30%、筋力(STR)+20%、および最大重量制限緩和(効果時間:3時間)】


 そんな二人の様子を映す配信画面は、再び大いに盛り上がっていた。


「うわあああ夜中に見るもんじゃねええええ!」

「比婆牛弁当とかガチのご馳走じゃん!」

「玲奈ちゃんの食べっぷりが良すぎて、こっちまでお腹空いてきたわ」

「駅が復旧したからこそ食える、最高の飯テロだな!」

「解説鉄ニキ、本当に何でも知ってて草。俺もワープでその弁当買いに行きたいわ」



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