第24話 おろちループの鉄路百足
出雲坂根駅から標高差百数十メートルを登るため、線路は巨大な高架橋をらせん状に回りながら進む。
日本最大規模の二重ループ道路、おろちループと並行するように作られた、高濃度の魔力回廊だ。
車窓からは、深く切り立った赤い谷底と、その周囲を取り囲む奥出雲の雄大な山々の絶景が広がっている。しかし、その美しさとは裏腹に、ここでは大地の魔力がらせんの形状に沿って円環状に渦を巻き、まるで巨大な粒子加速器のように激しく流動していた。大気が魔力の摩擦でジリジリと放電音を立て、キハ120形の魔力障壁も火花を散らして防衛出力を維持している。
「くるぞ、玲奈! 大地の魔力を吸い上げて加速している!」
鉄平が警告の声を上げたのと同時だった。
高架橋を支える巨大なコンクリート橋脚の隙間から、ガチガチと耳障りな金属音が響いた。
現れたのは、百対以上の鉄錆の足を激しく動かす巨大な化け物、鉄路百足だった。
その体長は優に三十メートルを超え、頭部には電車の連結器を思わせる巨大な顎が備わっている。百足はらせん状のコンクリート壁を這い回りながら、おろちループに渦巻く魔力エネルギーを背甲から吸収し、その速度を猛烈に上昇させていく。
狙いは、キハ120形への側面からの体当たりだ。一両編成の小柄な気動車など、あの巨体で衝突されれば、一瞬で奈落の谷底へ脱線転落させられる。
玲奈は運転室のフロントガラス越しに、そのおぞましい巨体を見つめて息を呑んだ。鉄の甲殻が互いに擦れ合い、火花を散らしながら、らせん軌道のインコースを回り込んでこちらに迫ってくる。
「鉄平! 上から飛び降りて奴の頭部を直接叩く!」
「ダメだ、玲奈! おろちループのらせん軌道内は重力魔法が歪んでいる。下手に飛び出せば、その瞬間に重力のヨレに足を取られて谷底へ引きずり込まれるぞ!」
鉄平は運行端末のキーを凄まじい速度で叩きながら、瞬時に軌道計算を完了させた。脳裏を疾走するのは、おろちループのらせん曲率、キハ百二十形の車両重量、そして大気中を流れる魔力の三次元グラフだ。これらをミリ秒単位で同期させ、唯一の安全なスジを見つけ出す。
「おろちループの魔力環流のスジを崩す。玲奈、奴がらせんの第三コーナーを回る瞬間、奴の背中の魔力吸入孔が露出する。そこがちょうど防衛障壁の薄いエアポケットだ。そこを叩く」
「しかし、どうやって奴を減速させる? あの速度では私の剣でも捉えきれん!」
「俺が運休させる。いや、厳密には時間調整だ。奴のタイムテーブルを狂わせる」
鉄平の瞳が蒼く光る。
「ユニークスキル、始発の改札口――時間制限徐行!」
おろちループ全体のレイラインに、鉄平の脳内ダイヤが上書きされる。らせんの軌道上に、一時的な速度制限区間が出現した。
突進していた鉄路百足がその境界に足を踏み入れた瞬間、急激な空間摩擦の増大により、その巨体がギギギギ! と不快な摩擦音を立てて急ブレーキをかけられたように引きずられた。
「今だ、玲奈! 奴の加速スジは完全に切れた!」
「はあああああ!」
玲奈はキハ120形の屋根へと飛び乗り、そこから大きく跳躍した。
直前に出雲横田駅で平らげた出雲蕎麦の味が、今になって玲奈の五臓六腑を熱くしている。殻ごと挽いた黒く野趣溢れる蕎麦は、噛みしめるたびに強い大地の香りが鼻腔を抜け、甘辛く濃いあごだしのつゆが極上の満足感をもたらしてくれた。あのモチモチとした独特のコシと、薬味のモミジおろしのピリッとした刺激が、胃の中からじわじわと熱となって手足へ拡散していく感覚。仕上げに飲んだ冷たい延命水が、すっきりと喉を通り抜けて全身の魔導回路を活性化させていく。延命水と出雲蕎麦による全ステータス+5%のバフ効果が、彼女の身体能力を神速の域へと押し上げている。玲奈の足元から青い稲妻が弾け、重力の歪みを力づくでねじ伏せて百足の頭上へと肉薄した。
百足は巨大な顎を開いて喰らいつこうとするが、玲奈の動きはそれを遥かに凌駕していた。玲奈は空中で重力のヨレを逆手に取り、わずかな魔力の反発を利用して自らの軌道を急変させる。まるで目に見えない架線から電力を供給されているかのように、彼女の身体は虚空を滑らかに疾走した。百足が繰り出す鉄錆の足による防衛弾幕を、紙一重の滑らかなステップでかわし、脳内で鉄平のナビゲート通りに完璧な突撃角を算出する。ここが、奴の防衛障壁のエアポケットだ。
「新快速一閃――最大出力!」
空中で一閃された刀身から、極大の雷光が放出される。
それはまるで、夜空を貫く特急列車のサーチライトのようだった。
閃光がらせんの谷を真一文字に切り裂く。
鉄路百足の頑強な鉄錆の背甲が中央から真っ二つに両断され、断末魔のノイズを残して塵へと還っていった。
宙に浮いた玲奈の体を、鉄平がすかさず端末で制御した魔導引力が引き寄せ、キハ120形の後部デッキへと無事に着地させた。
「うおおおおおおおおお!」
「百足が一撃で溶けた!」
「蕎麦バフ強すぎワロタww工程が美しすぎる」
「いや、あの制限速度区間の設置タイミングが神だったわ」
「解説鉄:おろちループの先の三井野原駅は、JR西日本で最も標高が高い駅(726m)だ! 気圧低下による軽度の酸欠デバフがあるはずだが、延命水の魔力活性効果で完全に無効化されているぞ!」
「マジかよ解説鉄ニキ物知りすぎる」
「この二人の攻略、地味に難易度おかしくない?」
「玲奈ちゃんの空中の動きが美しすぎて息するの忘れてたわ」
「投げ銭投げとくから美味しいものでも食べてくれ!」
「FランクのナビとSランク剣士のバディ、尊すぎる」
「ふぅ……。完璧なナビだったぞ、鉄平」
玲奈は刀を鞘に収め、少し息を切らしながらも満足げに笑った。
「これで三井野原駅へ行けるな」
「ああ。だが、次の駅の先が、この木次線の本当の終点であり、最大の難関だ」
鉄平はスマートフォンの画面に浮かぶ、警戒度最大の黒い霧に覆われた終着駅、備後落合を見つめていた。
おろちループを越えたことで高度はかせいだが、その分、周囲の大気に漂う魔力濃度はさらに不気味さを増している。キハ120形のエンジンも、どこか重苦しそうな唸りを上げていた。鉄平の胸には、何とも言えない不吉な予感が去来していたが、それを振り払うように彼はただ次の運転曲線の計算に意識を集中させた。




