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第23話 延命水と極上の蕎麦バフ

険しい三段スイッチバックを登り切ったキハ120形は、静かに出雲坂根駅のホームへと滑り込んだ。

 ホームの片隅には、大崩壊の荒波を耐え抜いた小さな木造の祠と、そこから絶え間なく湧き出る清らかな水場があった。

 かつて多くの旅人の喉を潤した名水、延命水だ。

 鉄平はエンジンをアイドリング状態に保ったまま、運転台から降りた。

「玲奈、ここで少し停車時間を取る。大地の龍脈がここで一時的に安定している。今のうちに休息と、消耗した魔力の補給をしておこう」

「水か?確かに、喉がからからだ」

 玲奈は兜を外し、額の汗を拭いながら水場へ歩み寄った。

 木枠からこぼれ落ちる湧き水に手を差し伸べると、指先からツンとするほどの心地よい冷たさが伝わってくる。両手で水を掬い、一口含む。

「冷たい……!それに、なんだこれ。体に染み渡るようだ」

 彼女の目が丸くなった。

 その瞬間、玲奈を包む魔力光がほんのりと揺れ、戦闘で消費したはずの体力が急速に回復していくのが分かった。

「それが延命水の魔導効果だ。ダンジョン化したことで、水そのものが高濃度の活性魔力水に昇華されている。飲むだけで生命力と魔力を全回復し、三時間は状態異常に対する抵抗力が跳ね上がる」

 鉄平はそう言いながら、バックパックから使い古されたキャンプ用のシングルバーナーと、アルミ製のクッカーを取り出した。さらにおもむろに取り出したのは、黒っぽい平打ちの乾麺だった。

「それは……蕎麦か?」

 玲奈が不思議そうに覗き込んできた。

「ああ。道中の宍道駅のセーフティエリアで仕入れておいた出雲蕎麦だ。出雲蕎麦は、蕎麦の実を殻ごと挽くから色が黒くて香りが強い。これをこの延命水で茹でる」

 鉄平はクッカーに延命水を注ぎ、バーナーの火にかけた。シュカカカと青い炎が音を立てて水を熱し、やがて沸騰する。

 そこへ出雲蕎麦の麺を投入すると、蕎麦の香ばしい穀物の匂いが湯気と共に立ち上り、出雲坂根の冷たい空気の中に広がっていく。

 茹で上がった蕎麦を、別の器に汲んだ冷たい延命水できゅっと締める。氷水のように冷たい湧き水で締められた麺は、独特の強いコシと艶を放ち始める。その上に、地元産の山菜と、甘辛く煮た椎茸を乗せ、鰹と昆布の濃いめの出汁つゆを回しかけた。

「できたぞ。延命水仕立ての出雲山菜蕎麦だ」

「いただきます!」

 玲奈は待ちきれない様子で箸を取り、勢いよく蕎麦を啜った。

 ずずっ、と小気味よい音が響く。

「っ……!美味しい!」

 玲奈の頬がみるみるうちに緩み、青い瞳が嬉しそうに輝いた。

「噛み応えがすごくしっかりしていて、蕎麦の香りが口いっぱいに広がる。それに、つゆの出汁がこの甘みのある水と完璧に調和しているぞ。温かい山菜と、冷たい蕎麦の対比がたまらない!」

 玲奈は無我夢中で蕎麦を口に運び続けた。山岳ダンジョンの凍えるような冷気の中で、冷たい蕎麦を啜りながらも、出汁の温かさと延命水のエネルギーが体の中からじんわりと熱を伝えてくる。

 普段は高貴な身分として凛とした態度を崩さない玲奈が、今はただの食いしん坊な少女のように、口の周りに少しつゆを跳ねさせながら満足そうに咀嚼している。その無防備な姿に、鉄平は少しだけ苦笑いを浮かべた。

 鉄平自身もまた、持参した器に蕎麦を盛り、静かに口へと運ぶ。強めのコシと、鼻に抜ける蕎麦の香り。延命水の上質な硬度が、麺の旨味を極限まで引き出していた。過酷なダイヤ調整の連続で擦り切れていた鉄平の脳内にも、温かなエネルギーがじんわりと染み込んでいくのを感じていた。


「おいおい急に飯テロ配信始まったぞwww」

「出雲蕎麦うまいよなあ。殻ごと挽いてるから風味が段違いなんだよ」

「あの延命水で茹でて締めるとか、どんな贅沢だよ!」

「玲奈ちゃんが美味しそうに食ってるの見ると腹減るわ」

「てかステータスバフの通知出てるぞ!」

「解説しよう!出雲蕎麦は日本三大蕎麦の一つで、蕎麦粉を作る際に蕎麦の実を皮ごと挽く「挽きぐるみ」という製法が特徴だ!そのため栄養価が高く、風味が非常に強い!魔導昇華された出雲蕎麦は、大地のレイラインの地属性魔力を強力に吸収し、食べた者に圧倒的な肉体強化をもたらすんだ!」

「解説鉄ニキ有能すぎワロタ」

「ステータス上昇値えぐない?」

「玲奈ちゃんのほっぺたが落ちそうなくらい幸せそうなの尊い」

「この過酷なダンジョンの真ん中で蕎麦を茹でる度胸よwww」

「でも美味そうすぎてスマホの画面から良い匂いがしてきそうだわ」

「延命水と出雲蕎麦のコラボレーションとか反則級だろ」


 配信の画面端に、システムメッセージが表示されていた。

【プレイヤー:六甲玲奈に特殊バフ付与】

【効果:全ステータス+50%、雷属性攻撃力+30%(効果時間:3時間)】


「すごい。体が信じられないくらい軽い。魔力が全身に満ち溢れていくのがわかる」

 玲奈は最後の一滴までつゆを飲み干し、ふう、と満足げな吐息を漏らした。

「これなら、どんな強敵が来ても一撃で両断できるな!」

「そう思って用意したんだ。この先は、木次線でも最も標高の高い、魔力の暴走地帯に入るからな」

 鉄平は器を片付けながら、スマートフォンの画面に目を落とした。

 そこには、次の停車駅である三井野原(みいのはら)駅の周辺を示す路線図が赤く点滅していた。

 大地のレイラインが円を描くように渦巻く巨大な魔力溜まり、おろちループ。

 そこから発せられる異常な魔力波動は、明らかに通常のモンスターのものではなかった。

「シャドウ・ラインの呪式がアクティブになっている。玲奈、蕎麦のバフが切れる前に、一気に突破するぞ」

「任せておけ。私の剣の冴え、見せてやる」

 キハ120形は再びエンジンを始動させ、山陰の最高峰へと向けて走り出した。

 鉄平は、窓外を覆う暗い森を見つめながら、これから始まる本格的な激戦に備えていた。シャドウ・ラインがこの路線を狙う理由は、ただの嫌がらせではない。山陰と山陽を繋ぐもっとも重要な龍脈を断ち切ることで、西日本エリア全体の防衛結界であるサントラスを崩壊させる引き金を引くためだ。それを阻止するためには、何としてもこの先にある備後落合駅まで、ダイヤを維持して走り抜けなければならない。

「絶対に遅延は許さない」

 鉄平は心の中でそう誓い、ノッチを一段進めた。



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