第15話 スジ屋の神と臨時ダイヤの奇跡
ゴトン、ゴトンと、重々しい金属音を響かせながら、オレンジ色の百三系魔導通勤列車は闇に包まれた京都線を突き進んでいた。
車内は、最新型の新快速のような豪華な内装もなければ、洗練された計器類もない。鉄の匂いと、無骨な抵抗器の熱気が立ち込める極めてレトロな空間だ。しかし、この鋼鉄の塊こそが、現在、魔力暴走によって死の領域と化したデッドセクションを走れる唯一の希望だった。
玲奈の実況配信カメラは起動したままであり、画面の向こうでは数万人の視聴者と、ギルド総本部の全員が息を呑んでこの様子を見守っていた。
「マジで百三系が走ってる……!」
「デッドセクションのジャミングを無効化してるぞ!?」
「あの鉄の塊、魔力吸収の影響をほとんど受けてない! 設計が単純すぎて魔力を吸いようがないんだ!」
「でも、線路上はモンスターだらけだぞ。どうやって遭難現場まで行くんだ?」
その疑問に対する答えは、運転台に立つ鉄平の頭脳の中にあった。
「玲奈、前方三百メートル先、右側の分岐ポイント。あそこを通過した瞬間に左側から飛行型のモンスターが強襲してくる。列車の速度を時速四十キロメートルに落とすから、通過と同時に屋根から迎撃してくれ」
「了解です、鉄平!」
玲奈は百三系のドアを開け、強風が吹き荒れる屋根の上へと身軽に飛び出した。
鉄平はマスターコントローラーを慎重に操作し、ブレーキをかける。列車が軋みながら減速した瞬間、鉄平の予測通り、闇の中から無数の巨大な魔導羽虫の群れが襲いかかってきた。
「はあっ!」
玲奈の天羽々斬・改が青い火花を散らす。彼女の放った鋭い剣風が、列車に触れる前に羽虫の群れを次々と撃ち落としていった。
屋根の上で風を切り裂きながら刀を振るう玲奈の背中を、鉄平はバックミラー越しに見つめていた。彼女の動きは一切の無駄がなく、流れるような剣舞で羽虫たちを両断していく。しかし、鉄平の手元もまた戦場だった。マスコンハンドルから伝わる百三系の小刻みな振動は、最新型のような精密さはないが、ダイレクトに線路の状況を鉄平の指先へと伝えてくる。線路にこびりつく微小な魔力異常を車輪で感知し、モーターの唸り声から電圧の低下を察知する。
「左側から突風。玲奈、姿勢を低く!」
「はいっ!」
鉄平の指示と同時に玲奈が身を屈め、その頭上を巨大な羽虫の鎌のような脚がかすめていった。彼女が姿勢を戻すと同時に一閃。敵のコアを正確に撃ち抜く。互いの呼吸が完全にシンクロし、秒単位で変化するスピードと軌道を掌握するこの感覚。これこそが、鉄平と玲奈の運行計画の真骨頂だった。
「ポイント通過! 玲奈、戻れ! ここから逆走待避線に入る!」
鉄平は手動で切り替えたポイントを通過した瞬間、レバーを逆転させて列車を逆走させた。背後から迫っていた巨大な獣型モンスターの突進は、百三系が別の線路へと滑り込んだことで完全に空振りに終わる。
「うおお! 今の逆走回避、タイミングが神すぎる!」
「敵の突進ダイヤを完全に読んでやがる!」
「スジ屋のナビ、マジでバケモノかよ!」
配信画面が賞賛の嵐で埋まる中、百三系はついに遭難現場へと到達した。
そこには、完全に沈黙した特急サンダーバードの青い車両が、無数の蜘蛛型モンスターに囲まれて孤立していた。車両の周囲では、速水たちブルー・ライナーズのメンバーが、魔力が枯渇して重い鉄クズと化したアーマーを引きずりながら、必死に防壁を維持しようと抗っていた。だが、その防壁も今にも壊れそうだった。
「おい、嘘だろ……なんであんな古い電車が動いてるんだ……!?」
絶望の中で百三系のオレンジ色の車体を見た速水が、信じられないものを見るかのように目を見開いた。
キィィィンと音を立てて、百三系はサンダーバードの真横の線路にピタリと停車した。ドアが開き、中から玲奈が飛び出す。
「皆さん、早くこの車内へ! ここは安全です!」
「六甲玲奈……! それに、あのFランクの……」
速水たちは怪我人を抱えながら、必死の思いで百三系の車内へと逃げ込んできた。
全員が収容されたのを確認し、鉄平はすぐにドアを閉め、列車を後退させた。
「おい! 後ろからも敵が来てるぞ! 囲まれる!」
速水が悲鳴のような声を上げるが、鉄平は冷静に始発の改札口の出力を最大に引き上げた。
「魔導徐行運転発動。この区間の制限速度は時速二十五キロメートルだ」
鉄平のスキルが発動した瞬間、百三系の後方から押し寄せていたモンスターの群れの動きが、まるで見えない粘土に足を取られたかのように急激にスローダウンした。敵の突進速度が強制的に制限され、百三系との距離がみるみるうちに開いていく。
「な、何なんだこのスキルは……! 敵の移動速度を強制的に固定したのか!?」
速水が目を見開いて絶句している。
「これが、運行管理の力だ。ダイヤが乱れていない限り、俺たちの安全は保証される」
鉄平は百三系を加速させ、複雑な渡り線を縫うように走り抜け、ついに魔力異常エリアを脱出した。
ガタゴトと心地よい揺れが戻り、前方に安全結界の青い光で満たされた高槻駅が見えてきた。
ホームに滑り込み、ドアが開いた瞬間、指令室からの通信スピーカーから割れんばかりの歓声が響き渡った。救出成功だ。
車内でへたり込んでいた速水は、自分の手を見つめ、それからゆっくりと立ち上がって鉄平の前に歩み寄ってきた。彼の傲慢な態度はお面のように剥がれ落ち、その瞳には涙が浮かんでいた。
「八雲……いや、八雲さん。すまなかった……。俺たちは、お前のことをただの裏方の無能だと見見下していた。だが、間違っていたのは俺たちの方だ。お前はただのオタクじゃない……本物の、スジ屋の神だ……!」
速水が深く頭を下げると、他のメンバーたちもそれに倣って鉄平に一礼した。
「ブルー・ライナーズが平伏したぞ!」
「オレンジの通勤電車で最新特急を救うとか、熱すぎるだろ!」
「スジ屋の神、八雲鉄平! 本物のプロフェッショナルを見た!」
高槻駅のホームに立ち、玲奈とハイタッチを交わしながら、鉄平は自分のスマートフォンにタッチした。
張り詰めていた緊張が解けると、急に猛烈な空腹感が襲ってきた。それを見越していたかのように、高槻駅のギルド職員が「お疲れ様です!」と熱々の折り詰めを差し入れてくれた。高槻名物の「うどんギョーザ」だ。
餃子の皮の代わりに、細かく刻んだうどんをひき肉やニラ、卵と混ぜ合わせて丸め、香ばしく焼き上げた一品。箸で持ち上げると、お焼きのような平たい生地からジューシーな肉汁がじわりと滲み出てくる。
特製のポン酢を軽くつけて一口かじる。表面はカリッと香ばしく焼き上がっているが、中は刻んだうどんのおかげで驚くほどモチモチとした弾力がある。ニラのパンチの効いた風味と豚肉の旨味が口いっぱいに広がり、さっぱりとしたポン酢が脂っぽさを絶妙に引き締めてくれる。
「おいしい……! 皮がなくても、うどんがモチモチしていて食べ応え抜群ですね!」
玲奈が目を輝かせながらハフハフと口を動かしている。速水たちブルー・ライナーズの面々も、渡されたうどんギョーザを貪るように食らいつき、「信じられないくらい美味い……」と涙ぐんでいた。生死の境から生還し、温かい食べ物を胃袋に収めることで、誰もが生きている実感を取り戻していた。
【魔導グルメバフ獲得:高槻うどんギョーザ】
【効果:最大スタミナ+40%、攻撃時のノックバック力+20%、および一時的な身体敏捷性(AGI)+15%(効果時間:3時間)】
これで第一章の運行はすべて完了だ。だが、この大バズりの裏で、俺たちの存在を不気味に監視する黒い影が動き出していることを、俺たちはまだ知る由もなかった。




