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第14話 魔力暴走事故と孤立無援の超特急

ブルー・ライナーズが指令室を去ってから、わずか二時間が経過した頃だった。

 突如として、ギルド総本部の指令室全体に、真っ赤な警告ランプが激しく回転し始めた。耳を劈くような非常警報が鳴り響き、オペレーターたちの悲鳴のような声が飛び交う。


「JR京都線、山崎駅から高槻駅間において、想定規模を超える極大規模の魔力暴走が発生! 繰り返し報告します、山崎付近で突発的な魔力停電が発生しました!」

「デッドセクションの魔力吸収率が通常の五百パーセントに上昇! 当該区間を走行中の特急サンダーバード、通信および動力を喪失! 現場で急停車しました!」


 配信モニターに映し出されたブルー・ライナーズのチャンネルは、ノイズまみれの暗い画面のまま、視聴者たちの悲鳴に似たコメントで埋め尽くされていた。


「やばいやばいやばい! 画面真っ暗なんだが!」

「特急サンダーバード停まったってマジかよ!?」

「周りのモンスターの数おかしいだろ! 数千匹いるぞ!」

「ブルー・ライナーズ全滅確定かこれ?」

「ギルドの救助部隊まだ!? 早くしろよ!」


 無慈悲に流れるコメントの嵐は、現場の絶望的な状況を何よりも物語っていた。

 心臓を冷たい手で掴まれたような感覚が、指令室を支配した。

 画面に映し出された運行監視モニターでは、京都線のラインが完全にブラックアウトし、山崎駅のセーフティエリアを示す青い円がみるみるうちに縮小し、消滅していくのが見えた。


「救助部隊を派遣しろ! 早く!」


 ギルドの幹部が怒鳴り散らすが、オペレーターは涙声で首を横に振った。


「無理です! デッドセクション内の魔力密度が高すぎて、最新鋭の二二三系や特急車両を送っても、境界線を越えた瞬間に魔導エンジンがジャミングを起こして停止します! それに、線路上がモンスターの群れで埋め尽くされており、通常のスジでは進入すらできません!」


 モニターには、急停車したサンダーバードを取り囲むように、数千の赤い光点――モンスターの群れが急速に集まっていく様子が映し出されていた。このままでは、ブルー・ライナーズは魔力を吸い尽くされ、鎧ごとモンスターに喰い殺される。


「そんな……速水さんたちが……」


 玲奈が顔を青くしてモニターを見つめている。どれほど傲慢な相手であろうと、同じ人間が目の前で見殺しにされるのは耐えられないのだろう。

 指令室の誰もが絶望し、救助を諦めかけたその時、俺は静かに一歩前に出た。


「俺が行く」


 その声は、騒がしい指令室の中で不思議なほど明瞭に響いた。


「何だと? Fランクのお前が何をするつもりだ!」


 ギルド幹部が不審の目を向ける。俺は無視して、端末の操作パネルに手を伸ばし、路線配線図を表示させた。


「最新鋭のアルミ製車両やステンレス車両は、電子制御の魔導回路が精密すぎるため、デッドセクションの急激な魔力変動に耐えられない。だが、吹田総合車両所に眠っている旧型の百三系――オレンジ色の通勤電車なら話は別だ」


 俺の言葉に、周囲の探索者たちがざわついた。


「百三系? あんな数十年前の骨董品を動かすっていうのか!?」

「そうだ。百三系は全身が重厚な鉄でできている。魔導出力こそ最新型に劣るが、その物理的な質量と単純な電気抵抗式魔導回路は、外部からの魔力ジャミングに対して異常なまでの耐性を持つ。デッドセクションの停電エリア内でも、魔力を失わずに自走できる唯一の車両だ」


 俺は脳内で「始発の改札口オリジン・ゲート」をフル稼働させ、刻々と変化する京都線の魔力流動をシミュレーションした。


「鉄平、これを食べてください。これから頭をフル回転させるんですから、糖分が必要です!」


 玲奈がカバンから取り出したのは、移動前に駅で買っておいたという十三名物の「みたらし団子」だった。円筒状に成形された団子には、直火で炙られた香ばしい焦げ目がしっかりとついている。その上から、利尻昆布の出汁が隠し味に効いた特製の甘辛い葛餡がタプタプと贅沢に絡められていた。

 一本つまんで口に放り込む。モチモチとした弾力のある団子の食感とともに、醤油の香ばしさと、葛餡の上品で濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。焦げ目のわずかな苦みが甘さを引き立て、噛みしめるたびに米粉の旨味が染み出してくる。


「うまい……生き返るな」

「はい! これを食べれば、どんな無茶なダイヤでも引けます!」


【魔導グルメバフ獲得:十三のみたらし団子】

【効果:精神力(MND)+30%、脳内演算速度+150%、および一時的な魔力消費20%カット(効果時間:2時間)】


 玲奈の温かい心遣いが、不安に押し潰されそうになっていた俺の胸に染み渡る。糖分を得て急速にクリアになっていく脳細胞が、限界を超えた処理速度で動き始める。

 不通区間の中にある、使われていない錆びついた渡り線。各駅停車用の退避レール。それらの点と点を結び、一本の歪だが美しい臨時救出スジを脳内に引き出す。


「山崎駅の手前にある横塞用ポイントを切り替え、下り本線から上り待避線へと逆走で進入する。そこで敵の包囲網の隙間を縫い、サンダーバードの停車位置へ横付けする。救出後、さらに後方の渡り線を使って折り返し、高槻駅まで各駅停車用のスジを辿って離脱する。このルートなら、敵の主力と衝突せずに遭難現場を往復できる」


 俺が提示した手書きの運行計画――臨時救出ダイヤを見て、ギルドの主席ダイヤプランナーが目を見開いた。


「な、何だこのダイヤは……!? ポイントの手動切り替えと、数秒単位の逆走退避を繰り返すなんて、こんな綱渡りの運行ができるわけがない! 一歩間違えれば正面衝突か脱線だ!」

「俺が運転台で直接スジを引く。俺の遅延制御スキルを使えば、ポイントの切り替え時間も、敵の襲撃タイミングも、すべてダイヤ通りにコントロールできる」


 敵の包囲網を突破するための駆け引きは、単なる力押しではない。山崎付近に展開する幻獣の群れは、規則的な音や振動に反応して集まる習性がある。ならば、百三系の走行音をあえて変則的に響かせ、敵の注意を逆側のレールへと誘導する。さらに、退避線へと逆走で進入するタイミングは、デッドセクションの波形が一時的に弱まるコンマ三秒の隙間を狙わなければならない。少しでもズレれば、車両の防壁は一瞬で焼き切れ、俺たちは敵の渦中で立ち往生することになる。これは俺のダイヤプランナーとしてのプライドと、不規則にうねる龍脈との、一歩も退けない心理的な決闘だった。


 配信画面も驚愕と期待で埋め尽くされていく。


「まじで百三系で突入すんの!?」

「昭和のオレンジ色の電車で最新鋭の特急を助けに行くとか胸熱すぎるwww」

「解説鉄:百三系の抵抗制御は電子部品がないから電磁パルスでも平気なんだぞ! 理論上は最強の対ジャミング車両だ!」

「がんばれFランク! エリートを救い出してざまぁしてやれ!」


 俺はまっすぐに幹部を見据えた。


「彼らを見殺しにするんですか? 今動けるのは、百三系と、スジを引ける俺たちだけだ」

「鉄平……」


 玲奈が俺の隣に立ち、力強く宣言した。


「私も行きます。鉄平の引くダイヤなら、私は百パーセント信じられます。私の剣で、百三系の周囲の敵をすべて払い除けてみせます!」


 Sランク探索者の玲奈が同行を志願したことで、指令室の空気が一変した。幹部は苦渋の決断を下すように、深く息を吐いた。


「……わかった。八雲鉄平、お前の臨時ダイヤにすべての望みを託す。百三系を使用し、ブルー・ライナーズを救出してこい!」

「了解。これより臨時救出列車、運転を開始する」


 俺は玲奈と目配せをし、オレンジ色の旧型車両が眠る吹田総合車両所へと走り出した。



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