第13話 エリートの窮地と裏方の神
指令室に入る前、俺と玲奈は姫路駅の名物である「えきそば」の立ち食いブースに立ち寄っていた。
和風の利尻昆布と鰹節から取った上品な黄金色のだしに、かんすいを使った黄色い中華麺という独特の組み合わせ。どんぶりから立ち上る湯気とともに、甘辛い醤油と出汁の香りが鼻腔をくすぐる。
「ふぅ、やっぱり姫路に来たらこれだな」
「おいしいです、鉄平! このサクサクの天ぷらが、和風のつゆをたっぷり吸ってモチモチの食感に変わるのがたまらないですね。中華麺なのに和風の出汁に完璧にマッチしていて、いくらでも箸が進んじゃいます!」
玲奈はフーフーと息を吹きかけながら、嬉しそうに麺をすすっている。油のコクが溶け出したスープを一口飲むと、五臓六腑に染み渡るような温かさが広がった。胃袋が満たされると同時に、これからの難関攻略に向けた緊張が和らぎ、頭が冴え渡っていくのを感じる。
【魔導グルメバフ獲得:まねきのえきそば】
【効果:魔力回復速度+200%、および極寒環境下での行動遅延耐性(効果時間:3時間)】
そんな腹ごしらえを終えて向かった姫路駅の探索者ギルド第二指令室は、最新の魔導計器が並び、常に慌ただしい空気が流れている。
俺と玲奈が次の運行計画の調整を行うため指令室に足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が一斉にこちらに集まった。尊敬、驚愕、そして嫉妬が入り混じった複雑な視線だ。
その中でも、特に強い敵意を放つ一団が部屋の中央に陣取っていた。
彼らは、金属光沢を放つ青い魔導アーマーを全身に纏っていた。特急サンダーバードの流線型デザインをベースに改造されたその鎧は、見るからに高価で強力な魔法障壁の光を放っている。
西日本ギルド公認のエリート探索者クラン――ブルー・ライナーズだ。
「おいおい、噂をすれば影だな。迷子のSランクお姫様と、それを拾った運の良いゴミ拾いの登場か」
一団の中心に立つ男が、不敵な笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
男の名前は速水蓮。ブルー・ライナーズのリーダーであり、探索者ランクはA。特急型魔導アーマーを自在に操る精鋭アタッカーだ。速水は玲奈に対して恭しく一礼したが、その目は俺を値踏みするように冷たく見下していた。
「六甲玲奈様。貴女ほどの天才剣士が、なぜこのような戦いもできないFランクの裏方風情を連れ歩いているのです? ダイヤプランナー崩れの無能など、ナビゲーターとしても何の価値もありませんよ。我々ブルー・ライナーズにお任せいただければ、より安全で迅速な攻略をお約束しますのに」
速水の言葉に、玲奈の顔が怒りで引き攣った。彼女は一歩前に出ると、天羽々斬・改の柄を強く握りしめた。
「取り消してください、速水さん。鉄平は無能などではありません。彼のスジ読みと運行管理スキルは、ギルドのどのダイヤプランナーよりも優れています。彼がいたからこそ、私は新快速を安全に運行し、踏切の怪人を倒せたのです!」
玲奈のベースとなる戦闘魔力が周囲の空気を震わせ、凛とした声が指令室に響く。しかし、速水は肩をすくめて鼻で笑った。
「新快速、ですか。あんな一般向けの快速列車を少し動かせたからといって、調子に乗られては困る。快速はどこまで行っても快速だ。我々のように特急車両の超高出力を制御し、前人未踏の危険地帯を突き進む本物のエリートとは格が違うのですよ」
速水の背後に立つクランメンバーたちも、小馬鹿にしたような笑い声を漏らす。
「そうだぜ。Fランクのスキルなんて、どうせ一時しのぎの小細工だろ」
「ダイヤ調整課を追放されたゴミが、Sランクの威光を借りてデカいツラするなよな」
彼らの言葉に、玲奈は今にも刀を抜きそうなほどの殺気を放ち始めた。彼女の怒りは頂点に達している。
しかし、当事者である俺は、速水の背後に浮かぶ路線ステータス画面を冷静に見つめていた。
指令室の壁面に設置された巨大なマルチモニターには、すでに彼らの出撃準備の様子がギルド公式チャンネルとして生配信されており、リアルタイムで無数の視聴者コメントがスクロールしていた。
「ブルー・ライナーズきたああ!」
「サンダーバード・アーマー、マジで近未来感あって最高だな」
「てか、後ろにいるのって例の新快速の娘?」
「隣の冴えない男は誰だよw」
流れるコメントを横目に、俺は自分の胸の内で冷たい分析を走らせていた。彼らが誇る特急型アーマーは確かに高出力だが、その分魔力消費が荒い。つまり、デッドセクションでの猶予時間は一般車両の半分以下になる。それなのに彼らは、前方の龍脈変動を見落としている。これは攻略ではなく、ただの無謀な突撃だ。
「速水さん」
俺の声は、緊迫した室内の空気を冷ますように静かだった。
「なんだ? Fランク。負け惜しみなら聞く耳を持たんぞ」
「あなたがたは、これから京都線の山崎付近、無電区間の魔力異常エリアへ出撃する予定ですね」
速水は眉をひそめた。
「それがどうした。あそこのエリアボスを討伐し、京都までの特急ルートを確保するのが我々の任務だ。最新のサンダーバードアーマーの機動力があれば、あんなデッドセクションなど一瞬で駆け抜けられる」
「やめた方がいい」
俺はきっぱりと言った。
俺の脳内では、京都線の路線図と龍脈のエネルギーグラフが重なり合い、三次元の立体ダイヤとなって回転していた。特急サンダーバードアーマーの最大稼働時間はデッドセクション内でわずか四十秒。しかし、現在の龍脈の蛇行周期だと、無電区間を通過するのに最低でも五十五秒はかかる。十五秒の空白。その間に防壁が消失すれば、待ち構える幻獣の集中砲火を浴びることになる。これは確率論ではなく、物理的な確定敗北だ。俺はその冷徹な数式を、静かに言葉へと落とし込んでいく。
「現在、山崎付近の龍脈は異常な周期で蛇行しています。デッドセクションの境界線が不規則に変動しており、通常の突入タイミングでは魔導エンジンの魔力が完全に枯渇し、防壁が消失する危険性が極めて高い。現在のスジ(運行計画)では、遅延どころか脱線――つまり全滅のフラグが立っています。ダイヤを再調整し、龍脈の波形が安定するまで突入を遅らせるべきです」
俺の具体的な警告に対し、速水は一瞬だけ目を見張ったが、すぐに大笑いした。
「ハハハ! これだから机の上のオタクは困る! 龍脈の蛇行だと? そんな微々たる魔力の乱れ、我々のアーマーの出力でねじ伏せれば済む話だ。それに、我々はギルドから特急の優先スジを与えられている。お前のような追放者に指図される筋合いはない!」
速水は俺を突き飛ばすようにしてすれ違い、クランのメンバーを引き連れて指令室を出て行こうとした。
「見ていろ、Fランク。本物のプロがどのようにダンジョンを制圧するか、指をくわえて配信画面でも眺めているがいい」
彼らは傲慢な笑い声を残し、出撃用の魔導特急車両が待つプラットホームへと去っていった。
「なんなんですか、あの人たちは……! 鉄平の忠告を無視するなんて、絶対に後悔します!」
玲奈が悔しそうに地団駄を踏む。その瞳には、俺を侮辱されたことへの強い憤りが残っていた。
「いいよ、玲奈。彼らには彼らのやり方がある。だけど……」
俺はスマートフォンの画面に映る、京都線の異常な魔力波形を見つめた。
山崎のデッドセクション。そこは、交流と直流の魔力が交差する、魔導列車にとって最も危険な無電区間だ。もしあそこで魔力供給が途絶え、モンスターに襲撃されれば、最新鋭の特急アーマーであってもただの重い鉄クズと化す。
「嫌な予感がするな。大事故にならなければいいんだが」
俺の呟きは、不気味に赤く明滅し始めた運行監視画面の光の中に、静かに吸い込まれていった。




