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第12話 姫路駅のえきそば

キィィィィンという心地よい制動音とともに、二二三系魔導新快速は姫路駅のホームへと滑り込んだ。

 ホームを包む半透明の巨大な魔導結界が、周囲の澱んだ魔力を完全に遮断している。ここは近畿西部の主要拠点であり、探索者ギルドの強固な防衛体制が敷かれたセーフティエリアだ。

 列車から一歩外へ踏み出すと、張り詰めていた緊張感が一気に抜けていくのを感じた。

「着いた……! やりましたね、鉄平!」

 玲奈が天羽々斬・改を鞘に収め、嬉しそうに飛び跳ねた。額にはうっすらと汗が浮かんでいるが、その表情は明るい。

「ああ。大阪から姫路までの臨時ダイヤ、これですべてのミッションは完了だ。事故や遅延もなく、予定通りの定時到着だな」

 俺がスマートフォンの時計を見せると、玲奈は感嘆のため息を漏らした。

「本当にすごいです。あんな凶悪なボスの妨害があったのに、一秒の狂いもなく到着するなんて。鉄平のナビゲートがなければ、私は今頃あの踏切の前で動けなくなっていました」

「俺はただ、最適スジを引いて運行管理をしただけだよ。戦ったのは玲奈だ」

 謙遜する俺に、玲奈は「もう、そういうところです」と少し頬を膨らませた。

 その時、玲奈が持っていた実況配信端末が、信じられないほどの勢いでブブブと振動を始めた。画面には、凄まじいスクロール速度で流れるコメントの嵐が映し出されている。

「わわっ! 配信の同接数が大変なことになっています!」

 玲奈が画面を俺に見せる。同時視聴者数は普段の十倍を超え、五万人に達しようとしていた。コメント欄は完全に祭り状態だ。

「姫路到着きたああああ!」

「マジで定時運行成功してて草。この世界の奇跡だろ」

「あのボスのデバフを予測して無効化したナビ、本気で何者?」

「Fランクって絶対に嘘だろ! ギルドの測定器壊れてたんじゃないの?」

「踏切の怪人の一時停止を解除したスキル、あれ遅延制御だよね? どうやったらあんなピンポイントで遅延させられるんだよ」

「解説鉄オタだけど、今の運行はマジで神。ボスの魔力運行スジ(攻撃パターン)を完全に把握して、列車の加速減速とミリ秒単位で同期させてた。人間業じゃない」

「しかも最後の明石のひっぱりだこ飯のバフ! タコの足でボスを拘束して新快速一閃とか、絵面が面白すぎるし強すぎる!」

「あのタコ飯食べたくなったわ。明石駅のショップに買いにいくわ」

「バフ飯の選択も完璧だったな。あのタコ拘束がなければボスの第二形態でグダってたはず」

 視聴者たちの熱狂的なレスを眺めながら、俺は苦笑いを浮かべた。俺にとっては、大地の魔力流動を読んで安全な列車運行を行うのは、ダイヤ調整課の基本業務に過ぎない。しかし、戦闘がすべてとされるこの世界では、それが「神業」に見えるらしい。

「鉄平、みんなが鉄平のことをスジ屋の神様って呼んでますよ!」

「神様はオーバーだけどな。まあ、安全運行が評価されるのは悪い気分じゃない」

 張り詰めた空気が緩むと、急激な空腹感が襲ってきた。新快速の防衛運転で、俺の脳も魔力もかなり消費されている。

「玲奈、お腹空いただろ。姫路に来たなら、あそこに行くしかないな」

「あそこ、ですか?」

 首を傾げる玲奈を促し、俺は姫路駅のホーム上に佇む、素朴な立ち食い店へと向かった。

 黄色い看板には、力強い文字で「まねきのえきそば」と書かれている。

 店内に一歩足を踏み入ると、優しく香ばしい和風出汁の香りが、湯気とともに全身を包み込んだ。ただの匂いではない。魔力を豊富に含んだその香りは、嗅ぐだけで張り詰めていた精神がじわじわと解きほぐされていくような錯覚を覚える。

「いらっしゃい!」

 元気な店員のおばちゃんが出迎えてくれた。俺は定番の「天ぷらえきそば」を二つ注文した。

 数分と経たずに、目の前に熱々の丼が差し出される。

「これが、姫路名物のえきそばだ」

 玲奈は丼を覗き込んで、不思議そうな顔をした。

「あれ? お蕎麦なのに、麺が黄色いです。それに、スープは関西風の透き通ったお出汁ですね」

「そう。ここは和風のうどん出汁に、かんすいを使った中華麺を合わせた、独特のソウルフードなんだ。この大崩壊後の世界では、最強の魔力回復飯として昇華されている」

「いただきます!」

 玲奈は箸を割り、まずはスープを蓮華で一口啜った。

 その瞬間、彼女の細い肩がびくりと震えた。

「美味しい……! 利尻昆布と削り節のあっさりとした上品な和風出汁が、冷えた体に染み渡ります。和風出汁なのに、ほんのり中華麺の香りが混ざり合って、不思議なコクがあります!」

 続いて、黄色い中華麺を口に運ぶ。

「もちもちした麺が、スープをよく吸い上げていて美味しいです! この上に乗っている薄い天ぷらが、出汁を吸ってとろとろになっていくのもたまりません!」

 玲奈は夢中でえきそばを啜り始めた。ふーふーと息を吹きかけ、湯気の中で美味しそうに頬張る彼女の姿は、とてもSランクの最強剣士には見えない。ただの可愛い女の子だ。

 俺も自分の丼に箸を伸ばす。出汁の旨味と、素朴な麺の食感が脳の疲労を急速に吹き飛ばしていく。

 システムログが静かに流れた。

「獲得バフ効果:旅情の和風中華そば。効果時間三時間。魔力回復速度プラス二百パーセント。防寒結界付与(極寒デバフの完全無効化)」

 このバフの真価は、魔力回復速度の異常な上昇だ。消費した精神力と魔力が、まるでお湯が満ちるように回復していく。

「ぷはぁ、ごちそうさまでした! 体が芯からポカポカします!」

 スープまで綺麗に飲み干した玲奈が、満足そうに息を吐いた。彼女の顔はほんのり赤みを帯び、健康的な輝きを取り戻している。

「良かった。これで次の運行に向けて準備万端だな」

「はい! これならどんな強敵が来ても平気です!」

 そんな玲奈の笑顔を見ながら、俺はスマートフォンの画面に目を落とした。

 そこには、ギルドの公式掲示板で急上昇しているスレッドのタイトルが表示されていた。

「梅田の迷子姫をナビゲートする謎のFランク・八雲鉄平について語るスレ」

 スレッドの書き込み数はすでに数千を超え、俺の身元特定や、スキルの詳細についての議論が白熱している。

「有名になるのも良し悪しだな……」

 俺は小さくため息をついた。かつて俺を「戦えないゴミ」と切り捨てたダイヤ調整課の元上司たちは、今頃どんな顔をしているだろうか。そんな考えが頭をよぎった時、駅のスピーカーから、不穏なアラート音が鳴り響いた。

 ウゥゥゥゥ――ッ!

 それは、セーフティエリア外での突発的な魔力暴走を示す緊急警報だった。



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