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己丑の章 兵どもが夢の跡


 貴族学院は再開早々また休校になってしまった。

 生徒会室のスキャンダルと壁の穴があまりにも大きかったためである。


 由緒ある貴族学院で巻き起こったドロドロの愛憎劇は王家をも巻き込み、オーエドゥ王国は上を下への大騒ぎとなった。

 もしかしたら、壁のついでに学院長の胃にも穴が空いてしまったかもしれない。


 王太子レオポルド・フォン・オーエドゥと筆頭公爵家令嬢ベアトリス・ティヤンディの婚約は、当然レオポルドの有責で解消となった。


 レオポルドは貴族学院を無期休学となり、立場も王太子から第一王子に戻る。


 国王は息子の監督不行届を国民に追及されることを恐れ、レオポルドの身柄を自らの弟に預けることにした。


 この御仁、三度の飯より開発事業が好きという変わり者で、権力争いには全く興味を示さず、あちらの宅地造成事業、こちらの灌漑事業といつも国中を飛び回っていることで有名である。


 レオポルドには今後、この「土木の鬼」とも「インフラ魔人」とも呼ばれている王弟の下で、国に尽くすことの何たるかをイチから心身に叩き込んでもらう……というのが、国王が考えた落としどころだった。


 それで見事更生したと認められれば、王太子に返り咲く可能性もないではないが、その際は現在8歳の第二王子と王太子の座を争うことになる。

 今回相当評判を落としてしまったレオポルドにはかなり厳しい道のりとなるだろう。


 コーネリアは、本来であれば裁判にかけられるところを、妊娠中であること、やや精神の安定を欠いてしまっていることなどを考慮して、乳児院を備えた修道院へと送られた。

 これは、被害者であるベアトリスの嘆願によるところが大きい。

 とは言え、殺人未遂も放火もかなりの重罪であることには変わりない。

 アタリキヨ侯爵は速やかにコーネリアを除籍処分としたが、自らも責任をとって息子に家督を譲り、社交界を退くことになった。


 取り調べで、コーネリアは王宮舞踏会でベアトリスをバルコニーから突き落としたのも自分であると認めた。


 最初は、なかなか会場に戻ってこないベアトリスを探しに出たのだが、ベアトリスがバルコニーから身を乗り出しているのを見てつい誘惑にかられ、衝動的に犯行に及んだという。

 丁度、彼女とレオポルドとの関係が一番盛り上がっていた時期でもあった。


 妊娠がわかってからはもう死に物狂いだった、とコーネリアは語った。

 おまけにベアトリスは人が変わったようになるし、レオポルドはそんな彼女が気になって仕方ないようだしで、毎日毎日追い詰められていく気持ちだったという。


 取り調べ後、修道院に入ったコーネリアは、毎日ベアトリスのことばかり話しているらしい。

 幼い日の思い出や、一緒に過ごした日々。

 お腹の子の父親であるレオポルドのことは忘れてしまったようだ。

 そして、折に触れて「ベアトリスに謝りたい」と泣き、ではベアトリスを呼ぼうかと言えば「会いたくない」と激しく拒否するという。


 ベアトリスはその話をヴォルフガングから聞いてひどく胸が痛んだ。

 今のベアトリスにできることは何もないが、いつの日か、もう一度コーネリアに会えたら―――と彼女はひそかに祈っている。



※※※※※※※



 貴族学院の生徒会は総辞職に追い込まれた。


 旧態然とした生徒会の体質が、会長の不貞と副会長へのイジメを助長したと言われても仕方がないことを考えれば当然の帰着だろう。


 そして、これまでの身分優先・貴族優位の悪しき因習を断ち切るため、次の生徒会役員は選挙で選ばれることになった。


 その過程でベアトリスは、副会長を続けてほしい、なんなら会長になってほしいと学院長に慰留されたが、きっぱり断った。

 気が弱く、おかしいことはおかしいと言えなかった自分もまた、悪しき因習の一部であったのだから。


 それでも、わからないことがあればいつでも聞きに来てほしい、とベアトリスは選挙で選ばれた新役員たちを前に笑顔をみせた。


 ヴォルフガングは、ベアトリスに新しい婚約相手を見つけてやろうとしたが、ベアトリスはこれも断った。


 「自分の幸せは、時間がかかっても自分で見つけていきたい」というベアトリスに、ヴォルフガングも敢えてノーとは言わなかった。


 そして、秋も深まったある晴れた日―――


 公爵邸の敷地を流れる小川の畔に、ベアトリスの姿があった。



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