戊子の章 むべ公爵令嬢をあらしといふらむ
「ベッ、ベアトリス!?」
「イヤァッ、どうして貴女がッ!?」
狼狽えるレオポルドとコーネリアに、火消し令嬢はヤレヤレとばかりに首を振ってみせる。
「そこはおめえ、『いよっ音羽屋ァッ!』だろうがよ。わからねェかねえ、この粋が………
まあいいや、『どうして』って、知れたことじゃねえか大親友さんよ。
あのつけ火、お前さんが怪しいと踏んだのさ。
だから、今日はちょいと早く学院に来て、朋輩連中に頼み事をしておいたのよ。
『侯爵令嬢が妙な動きをすることがあれば報せてくれ』ってなァ。
案の定、お前さんがそこの明太子野郎に『放課後この部屋で待ってる』ってコソコソ言ってるのを見かけたって報せが入ったんで、先回りしてここに潜んでいたって寸法でェ」
「め、明太子野郎!?」
目を白黒させるレオポルドを余所に、コーネリアは愕然とした声になる。
「怪しいと思ってたって……なぜ……?」
「あの火事で、外へ出たおいらにお前さんが抱きついてきたとき、袖口からプンと油が匂ったのさ。
服に煤が付いているのはまあ別におかしかねェ、お前さんも火事場にいたんだからな。
だが油だァ?そんな危ないもんが古い校舎に置きっぱなしになってるわけがねェ。じゃあ何だってお前さんの袖口に油が染み込んでいたんだィ?
タバコの不始末であれだけ火の回りが早いってのがそもそも妙な話なんだ。
誰かが火に油を注いだんじゃねェかと勘繰りたくもならァ」
源太の推理をベアトリスが引き取る。
「それにあの時、コーネリアは『ドアが開かないからって窓から出るなんて』と言ったでしょう?
どうしてドアが開かないって知ってたの?
………貴女が、私を閉じ込めて火をつけたから?」
「う、ううっ………」
「そのことに気づいたとき、私、信じたくなかった……貴女はずっと大切な友達だと思ってたから……コーネリア、悩んでいるならどうして私に話してくれなかったの?」
追い詰められたコーネリアの目がギラギラと光った。
「…………どうしてですって?貴女にはわからないでしょうね!
貴女は何でも持っているんだもの!
それなのに、いつもオドオドして、私の後ろに隠れて、『自分には荷が重い』みたいな顔をして!
それなら私に頂戴よ!貴女が要らないんなら、殿下も、副会長の座も、全部、全部、私が貰ってあげるから!」
「ヒィィ~」
真っ黒な感情をむき出しにしたコーネリアの姿に、レオポルドは恐れをなしてさらに後ずさっていく。
ベアトリスは哀しげにため息をついた。
「………貴女がどうしても殿下の婚約者になりたいと言うのなら、話す相手は私じゃないでしょう?」
それを聞いた二人は途端に慌てだす。
「待って!お父様に言うつもり!?
やめて、言わないで!!私たち親友でしょう?
貴女が自分から身を引けば、それで全部うまくまとまる話じゃない!」
「ち、父上は関係ないだろう、ベアトリス!
心配しなくていい、私の婚約者はお前だ。この邪魔者はすぐに排除してやるから」
「ひどいわ、レオ!」
婚約者と親友の醜い諍いに、ベアトリスは胸が痛み、それ以上言葉が出なくなった。
それを察した源太がベアトリスに寄り添う。
(頑張ったな、姫さん。あとはおいらが引き受けるぜ)
「………お願い、ゲンチャン」
「よしきた。………よっ、ご両人!」
半ば掴み合いを始めていたご両人が、ハッと振り返る。
「確かになァ。こせこせ言いつけ口をするなんてェのはおいらのガラじゃねェや」
ウンウン頷く火消し令嬢に、二人はあからさまにホッとした顔になった。
「そ、そうよね!貴女はそんなことしないわよね」
「ああ、さ、流石ベアトリスだ」
「………それに、こういうことは当人たちだけでくっちゃべってても、後から言った言わないで揉めると相場がきまってらァな。
それを避けようと思ったらよ……………」
火消し令嬢はぶらぶらと壁際に寄っていく。
「………やっぱり直に見聞きしてもらうのが一番だよなァ!」
そう言うと、火消し令嬢は壁に掛かっている大きな校章のタペストリーを掴み、一気に引き下ろした。
※※※※※※※
タペストリーの下から現れたのは、壁紙が剥がされたむき出しのレンガ壁である。
おまけにその真ん中には大穴が空けられて、隣の部屋が丸見えになっていた。
穴の向こうに見えるのは数人の人影。
真っ赤な顔をした国王と、真っ青な顔をしたアタリキヨ侯爵。その奥では学院長が真っ白な顔で燃え尽きており、オッサン三人で美しいトリコロールを形成している。
ここまでの会話は、壁の大穴を通じて彼らに筒抜けだったらしい。
あまりのことにその場にへたり込むレオポルドとコーネリアに、火消し令嬢は得々と語る。
「おめえたちが放課後ここで会うって聞いてすぐに、学院長センセーに事情を話しておめえたちのお父つぁん方を呼び出してもらったのさ。
それで、駆けつけたお父つぁん方に隣の部屋に控えていてもらったってわけだ。
レンガってのはやたら硬ェが、目地はヤワだね。
鏨とノミを借りたら、おいらの細腕でも半刻とかからず穴が空いたぜ。
さ、これで事情はわかったろう。二人ともあとはお父つぁん方ととっくり話すこった。
………学院長センセーも世話ァかけたなァ。壁の穴を塞ぐ手間賃は、そこの明太子野郎からおいらに詫び金みてェなもんが出るらしいから、そいつから差っ引いといておくんな。
じゃあ、どちらさんもあばよ!」
そうして二人で一人の公爵令嬢は、颯爽とその場を後にしたのだった。




