丁亥の章 知らざあ言って聞かせやしょう
火事騒ぎの後、貴族学院は休校を余儀なくされた。
あの日、旧校舎から上がった火の手は西棟をほぼ焼き尽くし、東棟を半焼させたあたりでようやく下火になった。
周囲にほかの建物がなく、被害が旧校舎のみに留められたのは不幸中の幸いだったと言えよう。
出火元と見られる西棟が焼け落ちてしまったため火事の原因は結局突き止められず、恐らくはタバコの不始末によるものであろうということで話は落着した。
ベアトリスは脱出劇の翌日、案の定とんでもない筋肉痛に襲われ、心配して周囲をウロウロするフェルディナンドとヴォルフガングに囲まれて、ウンウン唸りながら過ごす羽目になった。
ただ、筋肉痛を差し引いてもベアトリスの態度はいつもより沈みがちで、何か思い悩んでいるようにも見えた。
数日が経ち、いよいよ明日から貴族学院が再開するとなった夜、ヴォルフガングはベアトリスの様子を見て、もう少し家で療養してはどうかと提案したが、ベアトリスは力なく笑って大丈夫だと答えた。
寝室に向かうベアトリスに、源太は躊躇いがちに声をかける。
(姫さん……ひょっとすると、おいらと考えてることは同じかい?)
「ええ、多分ね…………あの火事のことでしょう?」
(ああ、ありゃタバコの不始末なんぞじゃねえ。あれは………つけ火だぜ)
「そうだと思っていたわ。そして、標的は私なのよね?」
(そこまでわかってるなら話は早ェや。姫さん……つらいだろうが、明日からのことについて、少し話しておいたほうがいいんじゃねェのかい)
「わかったわ。寝室で話しましょう」
二人は鏡を挟んで夜遅くまで真剣に話し合った。
※※※※※※※
翌日、久しぶりの貴族学院は、登校してきた生徒たちにとって拍子抜けするくらい、いつもと変わらぬ日常が待っていた。
火事になったと言っても普段使っていない旧校舎のことだ。
焼け跡の瓦礫はある程度片付けられ、焼け残った校舎の周囲には規制線が張られて、時折風に乗って焦げ臭いにおいが漂ってきたりもしたが、学院生活には概ね影響はなかった。
ただ、放課後のサークル活動などにはまだ制限がかかっていて、生徒会も登校初日は活動を休んで早めに下校するように言われていた。
それにも関わらず、放課後生徒会室に入っていく一人の男子生徒の姿があった。
男子生徒―――レオポルド・フォン・オーエドゥ王太子は、生徒会の扉を後ろ手に閉め、ご丁寧に内鍵までかける。
すると、中で待っていた女生徒―――コーネリア・アタリキヨ侯爵令嬢が駆け寄ってきて、レオポルドに抱きついた。
「―――レオ!会いたかったわ」
「コーネリア………お前の方からは私を呼び出すなとあれほど言っておいたのに、どういうつもりだ?
校内であんなふうに意味ありげに声をかけてきて、誰かに勘ぐられたらどうする」
「だって、最近はなかなか二人で過ごせなかったから、不安で…………ねえ、いつになったら私を婚約者にしてくれるの?」
レオポルドはギョッとしたように身を引く。
「何を言っている………?私たちは割り切った関係のはずだ。お前だって納得の上だろう」
「でも、レオは言っていたじゃない。
私の方がベアトリスよりずっと魅力的だ、私が婚約者だったらよかったのにって」
「そっ、それは……………しかしベアトリスは筆頭公爵家の娘だ。それを差し置いて侯爵家のお前が婚約者になることなどできないのだから………」
焦るレオポルドにコーネリアが詰め寄る。
「レオが国王陛下に婚約者を取り替えたいって言ってくれたらいいじゃない!
私を愛しているんでしょ?
レオが本気だとわかったら、きっと陛下も聞いてくれるはずよ」
「いい加減にしないか。これは政略結婚だぞ。
王太子の気まぐれでひっくり返せるようなものじゃないんだ」
コーネリアの目が暗く光る。
「気まぐれ………?気まぐれだって言うの………?
そう…………やっぱりあの子がいる限り、私はレオの婚約者になれないのね………?
じゃあ、ベアトリスがいなくなったら?そしたら私を婚約者にしてくれる?」
「コーネリア………何を………」
「そうよ……ベアトリスがいるからいけないんだわ……あの子がいなければ全部上手くいくのに……
……なのに、なんであの子はまだ生きているの?
なんで最近のレオはあの子のことをいつも目で追ってるのッ?」
コーネリアの声は少しずつ高くなった。
それにつれてレオポルドの顔からは血の気が引いていく。
「…………お前、まさか…………」
「あの火の中から逃げられるはずないのに!!
今度こそ上手くいくと思ったのに!!
私にはもう時間が残されてないのよ……お腹にレオの赤ちゃんがいるんだから!!」
「ヒィッ」
コーネリアがいきなり大爆弾を投下し、レオポルドは思わず彼女を突き飛ばして後ずさった。
そこへ、何処からともなく能天気な声が聞こえてきて、その場の緊迫した空気をぶち壊す。
「なァるほどねェ。そういうカラクリだったのかい」………
二人はギョッとしてあたりを見回した。
「だ、誰!?」
「何者だ、何処にいる!?」
その問いに答えるように、生徒会室の隅にある用具入れの扉が内側からバーンと蹴り開けられる。
「知らざあ言って聞かせやしょう。
天下御免の公爵令嬢、ベアトリス・ティヤンディたァおいらのことでェ!」
用具入れから飛び出した火消し令嬢は、二人の不埒者を前にグルリと首を回して大見得を切った。




