甲申の章 嫌なお方の親切よりも 好いたお方の無理が良い
舞踏会で公爵令嬢が一人で踊ったことは、貴族たちの間に様々な憶測を呼んだ。
「可哀想に、王太子殿下に長く放っておかれたせいで心が限界になってしまわれたのだ」
「いや、彼女はすべて計算の上で、衆目の前で王太子殿下にあてつけたのだ」
彼らは口々に勝手なことを言い合ったが、ベアトリス自身が平然としており、家族や友人たちもそんな彼女を何事もなかったかのように受け入れたため、それ以上あれこれ言うこともできず噂は下火になっていった。
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「とても素敵でしたわよ、ベアトリス」
「いいなあ、私も先輩のダンス見たかったです」
数日後、貴族学院のカフェテラスで、ベアトリスはオリヴィアとハナと三人でテーブルを囲んでいた。
オリヴィアとは既に「様」なしで呼び合う仲になっているし、ハナとの距離も随分縮まっている。
本来なら侯爵令嬢であるオリヴィアと平民のハナに接点はないのだが、ベアトリスを挟んでいつの間にか身分や学年を越えた交流が生まれていた。
事情を知らない者は「身分の違いによる学内の壁の解消に尽力するとは、流石生徒会副会長だけのことはありますね!」とベアトリスの手腕に感心したが、ただ友達が増えたことが嬉しかっただけで全然流石じゃないベアトリスは、複雑怪奇な笑顔を浮かべてお茶を濁した。
上位貴族と平民がひとつのテーブルで和気藹々としているところに、例によって生徒会の一団が通りかかった。
だが、いつもならベアトリスに鼻もひっかけないレオポルドが、今日は彼女を見て足を止めたので、テーブルの女生徒たちは慌てて立ち上がり臣下の礼をとる。
「王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……?」
ベアトリスが幾分不思議そうに挨拶すると、レオポルドはきまり悪げに咳払いをした。
「あ、ああ。お前も健勝なようで何よりだ、ベアトリス。
同じ学院に通っていてこんな挨拶をするのも妙な話だがな………
その、どうだろう………婚約者同士、たまには放課後一緒に過ごすというのは………高等部にあがってからは定例の茶会も途切れたままだし………」
ベアトリスは目を瞬いた。
一体どういう風の吹き回しだろう。
周囲も唖然としてレオポルドの顔を伺っている。
「放課後……今日ですか?」
「ああ。王宮でもいいし、城下のカフェでもいいだろう」
小首を傾げるベアトリスに、レオポルドの顔が僅かに赤くなる。それでもベアトリスの返事を待っているところを見ると、どうやら冗談の類ではないらしい。
状況に戸惑いながらも、レオポルドのこの急な心変わりには舞踏会の一件が影響しているのだろうな、とベアトリスは考えを巡らせた。
これまでは、どうせ結婚自体は政治的なもので動かせないのだし、多少粗略に扱ってもベアトリスはその性格上黙って耐えるだろうということで、王家側でもレオポルドの振る舞いを見て見ぬふりしてきたところがあった。
しかし、舞踏会でのベアトリスの奇行に、流石にマズいと思った国王から、もう少し婚約者を気にかけるようお達しが出たのかもしれない。
「レオ殿下。今日の放課後は生徒会の皆で観劇に行く予定ですわ」
不意に、硬い声が割って入った。
レオポルドは少し青い顔をしているコーネリアを振り返る。
「そうか、あれは今日だったか……ではベアトリスも一緒に連れて行こう」
「えっ、公爵令嬢も!?」
「でも席がありませんよ」
「一人くらいどうにかなるだろう」
「………あのっ」
押し問答を始めたレオポルドと生徒会メンバーの横で、ベアトリスが声を上げた。
「お誘いはありがたいのですが、急に人数が増えては劇場側も困ってしまうでしょう。
私のことはお気になさらず、皆様で楽しんでいらしてください」
そう言ってお愛想でニコッと微笑みかけると、レオポルドの頬が更に染まる。
「ベアトリス、私は……」
「王太子殿下、発言をお許しいただけるでしょうか」
レオポルドが更に何か言おうとするところへ、オリヴィアがゆったりと割り込んだ。
「………何かな、侯爵令嬢」
「実は今日、ティヤンディ公爵令嬢には先約がございますの。
そちらも急なことでご意見が纏まらないようですし、令嬢へのお誘いは日を改めては如何でしょうか」
「………………相分かった。そういうことなら仕方がないな。ではベアトリス、次の機会に」
生徒会メンバーが、名残惜しげなレオポルドを引きずるように連れ去ると、ベアトリスたちはいっせいにホッと息をついた。
「何だったんでしょう、アレ」
ハナが王太子をアレ呼ばわりする。
「さあね。ベアトリスの魅力にようやく気づいたんじゃない?」
オリヴィアが鼻を鳴らした。
「まさかそんなことはないと思いますけど…………ありがとうごさいます、オリヴィア。
私のせいで「先約がある」なんて嘘までつかせてしまって」
「あら、嘘なんてついておりませんことよ、私。
ベアトリスは今日の放課後、ハナと一緒にうちに遊びにいらっしゃるんですから」
「えっ!?」
驚くベアトリスに、ハナが説明する。
「最近平民の間で話題の、猫ちゃん用オヤツ『ネコマッシグラ』を是非試していただきたくて、オリヴィア先輩にレディ・オテモヤンへの謁見を申し込んだんです!
それで、今日おうかがいすることになったんですけど、折角だからベアトリス先輩もお誘いしようって話になって」
「まあ、そうだったの」
「こちらが先にベアトリスをお誘いし(ようと思っ)たのだから、こっちが先約ってことで全く問題ありませんわ。
後から来て思いつきでベアトリスを連れて行こうなんて甘いですわよ」
得意げな顔のオリヴィアが可笑しくて、ベアトリスは思わず吹き出した。




