4話 勇者様は調子に乗るのが早すぎる
案の定、ケイジたちには魔物の生息域まで案内してくれる騎士がついていた。
王宮の出口で四人を待っていたのは、金髪のイケメン青年だった。磨き上げられた銀色の鎧に、深い青色のマント。腰に剣を佩き、背筋を伸ばして立つ姿には、いかにも「実は相当強いキャラですよ」とでも言いたげな雰囲気が漂っている。
なるほど、実に分かりやすい強キャラである。
「本日の案内を務める、ヴェイド・カルネスだ。魔物の生息域までは私が同行するので、皆様はどうぞご安心を」
ヴェイドはそう言って、ケイジたちに軽く頭を下げた。
「よろしくな!」
ケイジは妙に張り切った声で答えている。タマキも彼の隣で嬉しそうに笑っており、二人の様子だけを見れば、これから異世界を救う冒険に出発する恋人同士そのものだった。
俺はというと、その一団から少し離れた場所で、なるべく自然に合流するタイミングをうかがっていた。
王宮の門をくぐろうとしたところで、脇に立っていた衛兵がこちらを横目で見た。
「……ん?」
衛兵は眉をひそめ、俺の顔と、少し先を歩くケイジたちの背中を交互に見比べている。
衛兵はしばらく俺を見ていたが、やがて興味を失ったように視線を戻した。
王宮の周囲には石畳の道が広がっていた。遠くには民家らしき建物や畑も見えるが、ヴェイドたちは町の中心部へは向かわず、城壁沿いの道を進んでいく。しばらく歩くと、建物の数は徐々に減り、代わりに背の高い木々が視界を占めるようになった。
どうやら、王宮と森はかなり近いらしい。
魔物の生息域が王都のすぐそばにあるというのも物騒な話だが、考えてみれば、わざわざ王宮から何日もかかる場所まで移動させるわけにもいかないのだろう。召喚されたばかりの人間をいきなり長旅に出すのも、それはそれで問題だ。
もっとも、もし本当に魔物が出てきたら、俺は果物ナイフ一本でどうにかしなければならないわけだ。
……なんだろう。改めて考えると、ずいぶんと心許ない。
*
「このあたりだ」
先頭を歩いていたヴェイドが足を止めた。
左右には太い幹の木々が並び、地面には落ち葉が積もっている。頭上を枝葉が覆っているせいか、昼間だというのに周囲は薄暗く、ところどころから鳥の鳴き声に似た音が聞こえてきた。
ヴェイドは振り返り、ケイジたちに向かって説明を始めた。
「この先の区域で、小型の飛行型魔物が目撃されている。まずは実際に魔物が現れた際、皆様がどの程度の力を発揮できるのかを確認させてもらう。ただし、無理に戦う必要はない。危険だと判断した場合は、私の指示に従ってくれ」
「なるほど。いよいよ異世界攻略の始まりってわけか」
ケイジは腕を組み、満足そうに頷いた。
「まずは魔物を倒してレベル上げ。それから装備を整えて、仲間を集めて、いずれは魔王討伐ってところかな。いやあ、王道って感じで燃えるな!」
「もう、ケイジ君ったら。気が早いんだから」
タマキは口ではそう言いながらも、顔には期待が隠しきれないほど浮かんでいた。
しかし、異世界に来て数十分で魔王討伐の計画を立て始めるのは、少々気が早すぎるのではないだろうか。チュートリアル中のプレイヤーが、最終ボスの攻略法を語っているようなものだ。せめて目の前の敵を倒してから、壮大な将来設計を立ててほしい。
さて、ここで問題になるのが、物語上の立ち位置である。
ラノベのお約束に従えば、ケイジのような自信満々の男は、主人公の引き立て役として序盤で敗北することが多い。自分の力を過信し、敵の実力を見誤った結果、格上の相手に瞬殺され、主人公の強さを際立たせるための踏み台となる。実に分かりやすい配置だ。
しかし、今回は少々事情が違う。
何しろ、ケイジはAランク魔術の持ち主である。いくら調子に乗っているからと言って、初戦からあっさり倒されるほど弱いとは考えにくい。それに、隣には水属性の魔法を使えるタマキまでいる。二人が協力すれば、それなりに戦えるのではないだろうか。
むしろ気になるのは、会社員と医師のほうだった。
こういう一見地味な背景キャラクターが、実はとんでもない能力を持っていたり、意外なところで活躍したりする展開も珍しくない。特に医師は治癒能力を与えられている。戦闘力そのものはなくとも、仲間の生存率を大きく引き上げる重要な役割を担うはずだ。
俺がそんな分析をしていると、突然、目の前に人影が現れた。
「君はどう思う?」
「うわっ!?」
思わず声が裏返った。
いつの間にか、ヴェイドが俺のすぐそばに立っていたのである。先ほどまでケイジたちに説明していたはずなのに、足音一つ聞こえなかった。
……ゲームだったら死んでいたな、今の。
対戦ゲームでは、敵の位置を把握できていないというのは、それだけで致命的な失点になる。現実ならなおさらだ。俺はナイフの技術には自信があるつもりだったが、そもそも敵がどこにいるのか分からなければ、その技術を披露する機会すらない。
「失礼。驚かせてしまったようで」
ヴェイドは申し訳なさそうに微笑んだ。
「いえ、まあ……考え事をしていたので」
「そうか。ところで、名前は?」
「理人です」
「理人か。君も勇者の一人なのだな」
……まぁ、果物ナイフですけど。
「まあ、一応」
「そうか。では、自分の力をよく見極めるよう」
ヴェイドはそう言うと、再びケイジたちのほうへと戻っていった。
妙な言い方だった。
自分の力をよく見極めるよう、か。騎士らしい助言といえばそうなのだが、何となく、俺がこれから何かを試されることを知っているようにも聞こえた。
……考えすぎか。
主人公気取りもほどほどにしておこう。
そのとき、森を吹き抜けていた風が、急に止まった。
葉擦れの音が消え、周囲の空気が妙に重くなる。つい先ほどまで聞こえていた鳥の声も途絶え、森全体が何かを警戒しているかのように静まり返った。
ヴェイドの表情から、穏やかな笑みが消えた。
「皆さん、戦闘準備を」
腰の剣に手をかけながら、彼は空を見上げた。
「来る」
「来るって、何が――」
ケイジが問い返そうとした瞬間、頭上の枝葉を突き破るように、黒い影が飛び出してきた。
鳥に似た姿をした魔物だった。翼を広げれば人間の背丈ほどもあり、鋭い爪と湾曲した嘴を持っている。濁った鳴き声を上げながら、一直線にこちらへ向かって急降下してきた。
「きゃああっ!?」
タマキが悲鳴を上げる。
俺も叫びそうになったが、辛うじて飲み込んだ。ここで情けない声を出したところで事態が好転するわけでもない。
「ケイジ君! Aランクなんでしょ!? 何とかしてよ!」
「分かってる!」
ケイジは両手を突き出した。
その足元に青白い魔法陣が浮かび上がり、幾何学的な紋様が素早く回転する。次の瞬間、彼の前方から眩い光が放たれ、突っ込んできた魔物の身体を包み込んだ。
閃光が消えたとき、そこには何も残っていなかった。
「……え?」
俺は呆気に取られた。
魔物が消えた。文字どおり、跡形もなく消えたのである。羽根一枚落ちていない。魔法陣が現れてから魔物が消えるまで、ほとんど一瞬だったのだ。
「やった! すごい、ケイジ君!」
タマキが歓声を上げ、ケイジの腕に飛びついた。
「ははっ、まあ」
彼は照れくさそうに頭をかいたが、その顔には明らかな得意気の笑みが浮かんでいた。
「いやあ、あれ、俺なんかやっちゃいました?」
出た。
ついに出たぞ、この台詞。
異世界ものにおける定番中の定番。圧倒的な力を見せつけた主人公が、周囲の驚きを目の当たりにして、当然でしょ、と首を傾げるあの展開。まさか本当に目の前で再現されるとは思わなかった。
ただし、今回は主人公が俺ではないという、たいへん不愉快な事実を除けば。
「はは、スゴイナ、キミ」
ヴェイドが淡々と言った。
「いやあ、それほどでも……」
ケイジは口では謙遜していたが、どう見ても嬉しそうだった。タマキも隣で何度も頷き、二人はすっかり勝利の余韻に浸っている。
しかし、俺は見逃さなかった。
ヴェイドの口元は確かに笑っていたのだが、その目はまったく笑っていなかった。
あれは称賛ではない。
冷笑だ。
でもこの人、全然安心してなくないか?
普通なら、魔物を一匹倒したのだから、少しくらい感心したり、安堵したりしてもよさそうなものだ。なのに、ヴェイドはまるで、今の攻撃が成功することなど最初から分かっていたかのように、森の奥を見つめていた。
まさか、まだ何かいるのか。
俺がそう考えた瞬間、ヴェイドの表情から笑みが消えた。
「伏せろ!」
騎士の鋭い声が、静かな森に響き渡った。




