3話 どうやら俺の人格はナイフレベルらしい
魔法陣が足元に広がった。
青白い光が身体を包み、視界の中央に文字が浮かび上がる。
『スキル:果物ナイフ』
「………………は?」
思考が止まった。
もう一度、文字を確認する。
『スキル:果物ナイフ』
変わらない。
何度見直しても、そこに書かれているのは果物ナイフだった。リンゴや梨の皮を剥くときに使う、あの小さなナイフである。
俺の手元には、いつの間にか一本のナイフが握られていた。短い刃に、ありふれた柄。派手な装飾もなければ、魔力が溢れている様子もない。どう見ても、台所の引き出しに入っていそうな代物だった。
……いや、待て。
名前が地味なだけかもしれない。実際、見た目が普通でも、切れ味が異常だったり、どんなものでも切断できたり、刃を振るだけで衝撃波が飛んだりする可能性がある。そういう能力は、俺の知る創作物にもいくらでも登場してきた。
まだ慌てる時間ではない。
王の傍らに控えていた魔術師が、手元の書類を読み上げた。
「ええと……付与されるスキルは、と……」
そこで彼は一度言葉を切り、紙面を確認してから、ひどく読みづらそうな声で続けた。
「……スキルは本人の性格に強く影響されます♡」
最後のハートマークは何なのだろう。召喚術式の説明書を作った人間は、いったいどんな顔をしてこの文章を書いたのか。王国の最高機密にしては、ずいぶんと軽薄な注意書きである。
王もまた、書類と俺の手元にある果物ナイフを交互に見比べていた。先ほどまでの威厳に満ちた表情が、ほんのわずかに崩れている。
やめろ。
そんな目で見るな。
俺だって、好きでこんなものを与えられたわけではないのだ。
とはいえ、性格がスキルに影響するというのなら、何らかの理由があるのだろう。俺がゲームでナイフを使い続けてきたからなのか、それとも俺の人格そのものが果物ナイフ相当だと評価されたのか。
後者だけは、絶対に認めたくなかった。
「ぷっ……」
誰かが吹き出した。
顔を上げると、例の男子高校生が口元を押さえていた。隣の彼女もこちらを見て笑いをこらえている。
「果物ナイフって……マジかよ」
彼はとうとう耐えきれなくなったように声を漏らした。
「おいおい、俺たちが魔術だの水属性だのもらってるのに、そっちは果物ナイフかよ。異世界でまでナイファーやるつもり? その年で痛すぎだろww」
彼女もくすくすと笑いながら、俺の手元を見た。
「そんなので魔物を倒せるの? 囮にもならないんじゃない?」
なるほど。
そういう反応か。
俺は手の中のナイフを見た。確かに、見た目はどうしようもなく地味だ。少なくとも、目の前の四人に与えられた能力と並べて、誇らしげに掲げられるようなものではない。
だが、俺にとってナイフは、ただの刃物ではなかった。
学校では持久走で最下位。勉強は良くて中の上。高校デビューにも失敗し、誰かの輪に入ろうとしても、気づけば会話は別の方向へ進んでいる。そんな俺が、自分の腕前に少しだけ自信を持てた場所が、あのゲームの中だった。
キャラコンを磨き、相手の視界を外し、距離を詰め、ナイフ一本で敵を倒す。少なくとも、その動きだけは、誰かに笑われるようなものではなかったはずだ。
「ちょっと、そんな言い方はないでしょう」
イラが、俺の隣から一歩前に出た。
「召喚された方の能力がどのようなものでも、まだ使い方も分かっていないのに、役に立たないと決めつけるのはよくありません」
「いや、だって果物ナイフだよ? どう見てもハズレじゃん。わざわざ足手まといを連れていく必要なくね?なぁタマキ?」
「そのとおりね。無理して危険な場所に来てもらっても困るし」
タマキと呼ばれた彼女も彼の言葉に同調した。
会社員風の男性は難しい顔で腕を組み、白衣の男性は何か言いたげに口を開きかけたものの、結局は黙ってしまった。俺をかばうほどの理由もないのだろう。
王は一連のやり取りを聞いていたものの、特に制止しようとはしなかった。それどころか、手元の書類を側近へ返すと、話を先へ進めてしまった。
「いずれにせよ、王国の危機は待ってはくれぬ。諸君には、城外の森に出没している魔物の討伐を依頼したい。まずは現地へ赴き、魔物の数と脅威を確認してくれたまえ」
待て待て。
召喚した直後に、もう討伐任務なのか。
装備の確認も、能力の訓練も、魔物に関する詳しい説明もない。ゲームならチュートリアルが挟まるところだが、この王国には初心者向けの親切設計というものが存在しないらしい。
男子高校生は、まるで自分が隊長に任命されたかのような顔で頷いた。
「分かりました。俺たちに任せてください」
その言葉に、王は満足そうに微笑んだ。
「で、俺はどうすれば――」
「いや、だからさ」
男子高校生は、俺の言葉を遮った。
「お前はいいって。果物ナイフで何するつもりだよ。リンゴでも剥くのか?」
「もういいよケイジ君、早く行こ」
タマキがまた笑う。
イラは何か言いかけたが、ケイジはもうこちらに興味を失ったらしく、彼女の制止を聞かないまま広間の出口へと歩き始めた。タマキもその後を追い、会社員風の男性と白衣の男性も、互いに顔を見合わせてから二人に続いていく。
あっという間に、広間の中央には俺とイラだけが残された。
「……申し訳ありません。あの方たちも、突然のことで気が立っているのだと思います」
彼女は困ったように眉を下げた。
「あなたのスキルが本当に役に立たないと決まったわけではありません。どうか、気を落とさないでください」
「別に、気にしてないけど」
半分は本当で、半分は強がりだった。
馬鹿にされたことが面白くないのは確かだ。だが、それ以上に気になっていることがあった。
俺の手に握られている、果物ナイフ。
これが本当にただのナイフなら、なぜスキルとして付与されたのか。普通の刃物と同じなのか、それとも何かしらの特殊な性質があるのか。
俺はポケットからラムネ菓子を取り出し、少女へ差し出した。
「ほらよ」
「えっ?」
「さっき、渡そうと思ってたんだ。……まあ、あんたはちゃんと俺をかばってくれたし。礼くらいはしておく」
イラは戸惑いながらも、小さな包みを受け取った。
「ありがとうございます。これは……食べ物ですか?」
「ラムネ。まあ、そんな高級なものじゃないけど」
この世界にも菓子くらいはあるだろうが、少なくとも、俺が元いた世界のものを彼女が口にするのは初めてなのだろう。イラは包みを珍しそうに眺めてから、俺に向かって小さく笑った。
案内役だからといって、ヒロインになるとは限らない。だが、ヒロインになるかどうかと、親切にしてくれた相手へ礼をするかどうかは、別の話だ。俺はそこまで打算的な人間ではない……と思いたい。
「それじゃ、俺も行くわ」
「えっ、でも、先ほどの方たちはあなたを――」
「分かってる。仲間に入れてもらうつもりはないよ」
俺は果物ナイフを握り直した。
「ちょっと確かめたいことがあるだけだから」
広間の出口には、ケイジらが歩いていった方向へ続く廊下が伸びている。彼らは俺を置いていったつもりだろうが、俺には俺の目的がある。
あのナイフで、何ができるのか。
これはただの性能試験だ。
異世界に来てまでナイフを握ることになるとは思わなかったが、せっかく与えられたものを試しもせずに諦めるのは、俺の性分に合わなかった。
さて。
果物ナイフの実力、見せてもらおうじゃないか。
理人は体育は苦手ですが、実は運動でできる競技もあります。




