2話 どうやら俺は勇者じゃなかったらしい
白い光が消えたとき、俺は見知らぬ場所に立っていた。
床も壁も天井も見当たらない。どこまでも白い空間の中央に、俺だけが取り残されている。
「お目覚めですか、召喚者様」
声のした方向へ振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
淡い色の衣装をまとった、金色の髪の美少女である。年齢は俺とそう変わらないように見えるが、整った顔立ちと落ち着いた佇まいには、現実の高校で見かける女子とは明らかに違う華やかさがあった。
これは、なかなか期待できる展開ではないだろうか。
「私は召喚者様方を案内するイラ・ソルムです。これから皆様の集結地点へお連れしますので、どうぞご安心ください」
「はあ。案内役ねえ……」
異世界へ召喚された主人公を迎える謎の少女。確かに、物語の導入としては悪くない。しかし、こういう案内役は本命のヒロインにならない場合が多い。主人公が別の女性と出会うまでの説明係だったり、世界観を読者に伝えるための便利な存在だったりするのだ。
俺はズボンのポケットに手を入れた。中には、ゲームをしながら食べようと思っていたラムネ菓子が入っている。せっかくの出会いだし、一つくらい渡しておこうかとも思ったのだが、案内役という肩書きを思い出して手を止めた。
危ない、危ない。危うく序盤の説明役に貴重なラムネを献上するところだった。
「ところで、俺以外にも召喚された人がいるんですか?」
「はい。今回召喚された方は、あなたを含めて五名です。皆様、これから向かう集結地点でお待ちになっています」
五人。絶妙だ。
大人数で召喚される展開もあるが、最初から登場人物が多すぎると、誰が誰だか分からなくなってしまう。新人作家が陥りがちな失敗を、召喚術式まで理解しているとは、なかなか親切な世界である。
「それでは、ご案内いたします」
イラが手を差し出すと、白い空間の向こうに光の扉が現れた。
俺が一歩近づいた瞬間、扉の向こうから風のようなものが吹き抜けた。どうやら、ようやく本当の異世界に到着できるらしい。
よし。
ここからが本番だ。
*
扉を抜けた先に広がっていたのは、予想どおりの宮殿だった。
いかにも異世界の王宮といった大広間だ。赤い絨毯の先には豪奢な玉座が据えられ、金色の柱の間には鎧姿の兵士や着飾った貴族たちが並んでいる。想像していた異世界の王宮と、ほとんど違いがない。
いや、違いがないというのも考えものだ。俺はまだ、この世界に来てから数分しか経っていないというのに、すでに正解発表を見せられている気分だった。
広間の中央には四人の人間がいた。
一人は制服姿の男子高校生。俺と同年代くらいで、髪型も着こなしも妙に整っている。その隣には、同じく制服を着た女子が寄り添っていた。二人の距離感からして、恋人同士だろう。
残る二人は、ネクタイを緩めた会社員風の男性。そして、胸元に聴診器を下げた白衣の中年男性。
そして俺。
人生経験も立場もばらばらな五人を集めたわけか。
ずいぶんと雑な人選に思えるが、物語の登場人物としては悪くない顔ぶれだ。全員が同じ学校のクラスメイトという展開よりは、先が読みにくくて良い。
すると、玉座に座っていた男がゆっくりと立ち上がった。
年齢は四十代ほどだろうか。金糸の刺繍が施された衣装を身にまとい、頭には王冠らしきものを載せている。
「よくぞ参られた、異界よりの客人たちよ!」
始まった。
「我が国は今、かつてない危機に直面している。各地に魔物が出没し、民は恐怖に怯え、王国軍もまた、その対応に追われているのだ!」
うん、分かる。
勇者召喚だ。
しかも、国を救うために選ばれし者を招いたという、たいへん格式の高いタイプである。どうせこのあと、世界を救う使命がどうとか、我々には特別な力が備わっているはずだとか、そういう話になるのだろう。
テンプレ乙。
「諸君らは、我が国を救うべく選ばれた存在である。これより諸君には、それぞれの資質に応じた力を授けよう。その力をもって魔物を討ち、王国に平和を取り戻していただきたい!」
男子高校生が、隣の彼女と顔を見合わせた。
「ほらな。やっぱり俺ら、勇者ってやつなんじゃね?」
広間が静かだったせいで、俺の耳にもはっきり届いた。
うん、分かる。
分かるけど、まだ何もしていない段階から勇者を名乗るのは、いささか気が早いのではないだろうか。せめて最初の魔物くらい倒してから名乗ってほしい。肩書きというものは、実績と一緒に獲得したほうが格好いいのだ。
「では、まずはそなたからだ」
王が男子高校生を指名した。
彼の足元に青白い魔法陣が浮かび上がり、幾何学的な紋様が幾重にも重なって回転する。次の瞬間、光が彼の身体を包み込み、宙に半透明の文字が浮かんだ。
『スキル:Aランク魔術』
「Aランク……!」
男子高校生が声を上げた。周囲の魔術師らしき人々も感嘆の声を漏らし、彼自身も自分の能力が相当に優秀だと理解したらしい。口元に笑みが浮かび、俺のほうへ一瞬だけ視線を向けてきた。
まだ俺は何もしていないのだが、なぜか勝ち誇られている気がする。
続いて、隣の女子には水属性のスキルが与えられた。彼女が手をかざすと、掌の上に小さな水球が浮かび、光を反射しながらゆっくりと回転する。
「すごい……本当に魔法が使えるんだ!」
彼女は目を輝かせ、恋人の腕にさらに強くしがみついた。男子高校生も満足そうに頷き、まるで二人で異世界を攻略することがすでに決定しているかのような顔をしている。
三人目の会社員風の男性には、金属を操作する能力が与えられた。近くに置かれていた金属製の小さな装飾品へ手を伸ばすと、銀色の表面が粘土のようにわずかに形を変えた。
「これは……便利そうだな」
さすが社会人。異世界に来ても、まず実用性を考えるあたり、日頃から仕事に追われている人間の悲しい性なのかもしれない。
四人目の白衣の男性には、治癒能力が与えられた。彼は自分の掌に淡い光が広がると、本人は小さく息を呑み、それから王へと向き直った。
「この力で、傷を治せるのですか?」
「そのとおりだ。そなたの力は、王国にとっても大いに役立つであろう」
王は満足そうに頷いた。
なるほど。攻撃役、属性魔法、特殊能力、回復役か。ずいぶんとバランスがいい。俺がゲームの運営なら、これほど都合のいい組み合わせを用意した時点で、バランス調整担当を疑うところだ。
そして、最後に残ったのは俺だった。
「では、最後はそなたである」
王の視線がこちらへ向いた。
さあ、来た。
ここで俺がどんな能力を与えられるのか。それが問題だ。
異世界ものには序盤で地味な能力を与えられた主人公が、後になってその真価を発揮するという展開がある。むしろ、最初から強そうな能力をもらうより、弱そうな能力のほうが隠された可能性は大きいのではないだろうか。
よし。ここでどんな結果が出ようとも、俺は驚かない。驚くものか。
魔法陣が足元に広がった。
FPSでナイフを使って戦ったことがありますが、かなり難しいと思います。
ナイフ自体もそれなりに強化させないと、課金勢には敵いませんでした。




