EP6 炎が照らすメダリオン
口髭の騎士がアルベートを連れて王宮の通路を歩く。
飾り立てられたガラス窓に、床一面に敷き詰められた赤いカーペット。衣服から垂れた雨の雫がところどころに黒いシミを作っている。いくつもの柱が通路に沿うように立ち並び、その傍らには通行者に目を光らせる兵士達がいた。
口髭の騎士はそのうちの一人に声をかけると何度か頷きを返し、会話を終えるとアルベートに耳打ちをする。
「国王陛下は職務にご執心であらせられる故、お目通りには今しばらくの時が必要です。」
アルベートは小さく頷くと自分の服をちらりと見下ろした。
その様子に気が付いた騎士は慌てて言葉をつけ足した。
「これは失敬。謁見までの間、客間にておくつろぎください。濡れた衣服も乾かせるでしょう。」
「そこの者! 給仕を呼んでまいれ。」
騎士に顔を向けられた兵士は短く返事をすると、給仕を呼びに行く。その様子を見届けた騎士はアルベートに向き直ると、胸に手を当てて深くお辞儀をする。
「じきに案内の者が来ます。私は警備の任がありますので、これにて失礼仕る。」
そう言い終えた騎士はマントを翻し、来た道を戻って行った。
アルベートは肩を鳴らす。
王宮に来ると、どうも肩が凝って仕方がない。礼儀作法や言葉使いが堅苦しい。それにさっきから兵士ではない何者かに監視されていることに気が付いていた彼は肩が力んでいた。
少し経ってから、白と黒が混同した給仕服を纏った女性がこちらにやって来て、深くお辞儀をする。
「これより私めが控えの間までご案内いたします。どうぞこちらへ。」
アルベートは前を歩く給仕の足元に目線を落とす。
スカートの丈は地面すれすれの長さになっているのだが腰が動いている気配が無い。短い幅で歩く女性がこの動きをするには相当の鍛錬が必要だ。この給仕が出来る人間であることに彼は気が付いた。
「なるほどな。」
その呟きに彼女は肩越しに振り返る。
「何か申されましたか?」
「いや……。」
彼女は少し怪訝な顔をしたが、歩みを変えずに向き直る。
アルベートはこの小さな綻びから情報を汲み取る。
来賓に充てる従者にしては警備が厚い。本来ならばそれらの業務は王宮勤めの兵士や騎士で事足りるはずだ。なぜ腕の立つ給仕をわざわざ潜り込ませるのか? つまり国王は身内を信用していないのだ。
彼はこの一連の動きをそう捉えた。
「この突き当りの部屋が控えの間となります。着替えを用意しておりますので中でお寛ぎください。」
一際豪華な扉の前で給仕は止まり、扉を開ける。部屋の中から吹く風は、ほんのり暖かい。
彼は給仕に会釈すると部屋の中に入った。
窓から差す光は弱く、部屋は薄暗い。暖炉で勢いよく燃える炎が、暖かさと明るさを演出していた。
その暖炉の前には豪華なソファが置いてあり、その横には物干し用の家具と着替えが用意されていた。
アルベートは部屋に入るなり着替えを始める。濡れた服を絞った後にしわがつかないように物干しにかける。
用意された着替えのローブに袖を通すと、ソファに深く座り込んだ。
たちまち干された衣服からは白い湯気が立ち、彼の冷えた体を温める。
暖炉で揺れる炎を見ながら、彼は初めてここに来た時の事を思い出した。
ーー
今から約一年前、アリシア王女が成人の儀を執り行った数日後のことだった。
日が沈みかけた頃、いつものように店で酒を造っていると見慣れない二人組が店にやってきた。
店内に客はおらず、入り口から延びる二つの影だけがいつもと違った。
「いらっしゃい。」
アルベートは表情を変えない。
二人はお揃いのローブを身にまとい、面をつけて顔を隠している。慣れた足取りでカウンターに座ると面を外し、片方の男が注文をつけて、金貨を三枚カウンターに置いた。
「果実酒を一杯。計ってほしい。」
アルベートは注文を聞いてから素早く果実酒を二杯作り、二人に出す。
その動きに乱れはない。
「で、誰を?」
金貨をポケットにしまいながら彼は言った。
この店には裏メニューがある。
殺しならビール。救出なら果実酒。創作なら葡萄酒といった具合に。
二人は互いに見合い、どちらが言い出すのか決めかねている様子だ。
そして最初に注文をした男が口を開く。
「王女様だ。」
アルベートは片眉を上げる。
「あんたら王の影だろ?」
彼にそう言われて二人の動きが止まった。
「なぜそれを……。」
黙っていた方の女が身を乗り出し、口を開く。
王の影とは国王直轄の暗躍部隊の名だ。国とは表の輝かしい部分だけで回るほど易くはない。後ろめたい仕事をしなければならない人間がいることをアルベートは知っていた。
「分かるさ。何年やってると思ってるんだ。」
「で、あんたらがしくじったから俺に王女様を救ってほしいってことか?」
二人は悔しさを滲ませ、果実酒の入ったグラスを強く握りしめる。
それを見たアルベートは額に力を込めた。
「おいおい、そのグラスは俺のお気に入りだ。割ったら許さんぞ。」
その言葉に二人は肩の力が抜き、大きく息を吐くと男が果実酒を飲みながら語り始めた。
「王女様はアルデンという盗賊団に誘拐されたのだ。我らは王の威信にかけて王都中をくまなく探した。しかし、その足取りすらつかめない。誘拐から二日が経ち、どうすることも出来ない我らは、藁にも縋る思いでここを訪れたのだ。」
感情を表に出す彼らとは違いアルベートは冷めていた。
「もっと早く来てくれれば助かるんだが……まあいい。報酬は?」
「言い値で出す。ただし、目撃者を出してはならない。このことは王とその周辺人物しか知らぬ事件なのだ。噂を出せば王国が揺れる。無茶を言っているのは承知だが、やってくれるだろうか?」
グラスを置く音だけが店内に響く。
「いいだろう。」
ほとんど即答で答えたアルベートの口角が僅かに上がる。
二人は酒を掲げると果実酒を一気に飲み干した。その味の代わり様に二人して顔を見合わせ、目で物語る。
アルに一礼すると二人は店を出る。その後ろ姿を彼は眺めていた。
事件は思ったより簡単だった。事前に情報網を張っていた彼には容易い案件だったのだ。
倉庫街でとらわれている王女を救い、盗賊団とは名ばかりのチンピラを片付けた。問題があったのは目撃者を出さぬことの方だった。見られてしまえば消すしかない。
運悪く現場に居合わせた裏取引のバイヤーを片付けると、王女を連れて城まで送った。
苦労したのは王女が泣きついて離れてくれないことの方だったと彼は記憶している。
姫を無事に送り届けたとき、この部屋に案内された。
王女が無事と聞いた時の王の反応は今でも忘れない。報酬とは別に近衛にしか渡されないメダリオンまで貰えたのだから、アルベートにとっては棚から餅が降ってくるような幸運だった。
ーー
アルベートは暖炉の火で乾かしている服を裏返すとメダリオンをポケットから取り出す。
金色に輝くイリシア王国の紋章。これを持てるのは限られた一部の人間だけだ。
あの事件のおかげで王国に恩を売ることが出来た。
それ以来事あるたびに王国からは仕事を依頼されるようになった。ただし実入りは良いが面倒ごとが多い。それを思い、彼はフッと笑いを溢す。
だが、今回はこっちが頼みを入れる番だ。聡明な王ならばきっと聞き入れてくれるに違いない。
アルベートはそう確信しながらソファに座り込み、暖炉で燃え続ける炎を眺めていた。




