EP7 王の威厳
部屋がノックされる音でアルベートは気が付いた。
いささか干渉に浸りすぎていたおかげで時間を忘れていたようだ。日は沈み、暖炉で勢いの小さくなった火だけがこの部屋を照らしている。干していた服はすっかり乾き、焦る気持ちを抑えて着替える。扉を開けると先ほど案内してくれた給仕の女性が、嫌な顔ひとつせず待っていた。
「お待たせいたしました。陛下のお許しが出ましたので、近衛の間までご案内いたします。」
彼女は深くお辞儀すると、毅然とした態度でアルベートを誘導する。その雰囲気はどこかピリピリとした緊張感を漂わせていた。
控えの間から近衛の間へと移動すると、そこは少し吹き抜けのような空間になっていて、端に等間隔で設置されている燭台が石壁に影を描いていた。中央にある大きな扉の前に、二人の騎士が立ちはだかり、威厳に満ちた佇まいを見せていた。
彼女は騎士の前までの案内を終えると、再度深くお辞儀をして下がっていった。
騎士は面鎧を上げるとずかずかとアルベートの前に歩み出る。燭台の明かりに照らされた強面の顔にはところどころに傷がある。
「拝見。」
強面の騎士は一言そう言うと、鋭い眼光を彼に向けた。アルベートは無言のままポケットからメダリオンを取り出すと、騎士に見えるように掲げる。 騎士はメダリオンを一度受け取ってからじっくりと真贋を確認し、彼に返した。
近衛の間を通るには役所を通した手形か、認められた者だけが持てるメダリオンが必要だった。
「よろしい。それではボディチェックを。」
強面の騎士は相方の騎士に目配せをすると、彼の持ち物に凶器がないかを入念に確認する。
アルベートは呆れた顔で検査を受ける。何故かというと腕利きであれば道具がなくてもその場のもので何とかしてしまうからだ。だがそんなことは彼らには関係がない。
異常がないことを確認した強面の騎士は、小さく頷くと数歩下がって相方に指示を出す。
「問題なし。お通ししろ。」
指示を受けた騎士は扉に歩み寄り、豪華に作られた扉の取っ手に手をかける。
ゴウンと木造とは思えない音を立てて両扉が開く。アルベートはただただその光景を眺めていた。
二人の騎士がそれぞれの扉を開けると広間から漏れる、まばゆいばかりの明かりに彼は目を細める。
「ようやくか。」
アルベートは一言呟くと国王のいる広間へと足を踏み入れる。
何度か見たことのある景色。これまでの場所とは比べられないほど明るく装飾された室内。白い石で造られた床には一筋の赤い絨毯が引き伸ばされている。その先には一段高い場所に空の玉座が置かれていた。ただの椅子にしてはいささか豪華すぎると彼は苦笑いをした。
「待たれよ。」
若く張りのある声で呼び止められたアルベートは眉をひそめた。
振り返ると、控えの間から闊歩してくる若年の騎士が自信に満ちた顔で言葉を続ける。
「こんな夜分に何用かな? 陛下はご多忙なのだ。差し支えなければ私が所用を聞き入れて進ぜよう。」
「ご配慮かたじけない。しかしこの案件は陛下に直接お聞き入れしていただかなくてはならないのです。」
アルベートは食い下がる。
その態度に苛立ちを隠せない騎士は額に青筋を立てて言葉を飛ばす。
「なんだその言いぐさは! それをこの私が聞いてやると言っておるのだ。」
騎士は彼の姿を上から下までじっくりと舐め回すように見た。
「ふん。下々の分際で栄えある王国騎士に盾突こうなど、無礼極まりない。」
アルベートは出かかった言葉を飲み込み、息を吐いた。
彼が王宮に来たくない理由の一つが今目の前にいる。権利を振りかざし、身なりで人を判断する自分勝手な人間。
「もう一度言う。何用で来た。言え!」
何も言わない彼の態度に、騎士の目は完全に人を見下したものに変わっていた。
「待て。その男はよいのだ。」
その声を発する人物を見た時、二人は揃って片膝をついた。国王だ。
金色の王冠を頭に載せ、魔獣の毛皮を肩から掛けた王はゆっくりと二人に近づいて来る。
「陛下。恐れながら申し上げます。この者はその身分にふさわしくありません。」
騎士は俯きながらアルベートを一瞥する。彼は表情を変えない。
「よいと言っておる。下がれクルス。」
騎士は悔しさを滲ませながら小さく返事をすると、控えの間に戻って行った。
「すまんなアルベート。あいつはまだ若いのだ、許してやってくれ。」
「お前に本気を出されたら、この国の者では太刀打ち出来ん。」
優しく落ち着きのある声で国王は言った。
「はっ。ありがたきお言葉。」
アルベートは顔を上げず、ひざまずいたまま言葉を発する。
「よせアル。ここにはもう我らしかおらん。気にすることなど何もない。」
そう言われて彼は立ち上がる。そして辺りを見回した。
「三人か。増えたな。」
人影は見えないがアルベートにはその気配がはっきりと感じ取れた。恐らく王の影が三人。柱の陰に二人と壁から垂れさがっている幕の陰から一人の気配。
国王は声高々に笑った。
「わはははは。気づきよったか。流石だな。」
「こんな場所では愚痴も言えん。さあ、ワシの部屋に行こう。」
人数まで言い当てられて嬉しいのか、国王の足取りは軽かった。さっきまで気の遠くなるような応接をやっていたであろうその姿には、疲れを微塵にも感じさせるものが無かった。
玉座の脇にある通路に入ると王は肩を組んできた。数人が通れるほどの通路の幅では少し窮屈に感じる。だがアルベートは顔色を変えなかった。
「実を言うとな、頼みたいことがあったのだ。そう考えていた時に丁度良くお前が現れた。明日にでも使者を出そうと考えていたのだが杞憂だったな。」
嬉しそうな王とは違い、彼ははにかんだ。国王からの依頼など、ろくなものがないのである。
いくつかある部屋を通り過ぎ、その中の一室に二人は入る。
アルベートの私室と変わらない広さの部屋だが、その装飾は格が違った。
華やかな王の間とは違い、一見地味に見える室内だが、よく見れば一級品の品がそこらにある。
王は扉を閉めると、彼をソファに案内して自ら飲み物を用意する。
そこに国王の人柄を垣間見ることが出来る。
「さてと、ここにはワシらしかおらん。用があって来たのだろう? まずは話してくれ。」
王は彼の向かいのソファに座り込むと、蒸留酒を一口飲んだ。
アルベートも王に倣って一口飲むと、ゆっくりと話し始めた。
「ピエル領の改革に一役買うことになった。それで……領主であるアルシュタイン伯爵に一か月ほど休暇を出してほしい。王国側から内密にな。」
国王は少し考え込むように上を見上げた。
「ふむ。それは構わんが……。もしやロズワールか?」
アルベートはゆっくりと頷いた。
アルシュタインに手をかけずに、弟であるロズワールを領主に仕立てるには創作するしかない。
国王と事前に打ち合わせることで今回の依頼を完了するのが最も摩擦の少ない方法だと彼は考えた。うまくいけば合法的にロズワールを失脚させることも出来る。最悪の場合でもピエル家の墓が一つ増えるだけだ。
「そうかロズワールが……。いやワシも彼の領地の事を気にかけておったところだ。調査のための査察も出そうかと老院議会では話題になった。だが、アルが計ってくれるのであれば問題はないだろう。」
「よい。来週の始めにワシから一筆したためよう。」
アルベートは酒を飲みながら僅かに口角を上げた。
やはりこの国王は話の通じる人間なのだ。皆まで言わずともおよその事態を把握してくれる。
「それではわしの頼みも聞いてもらえるかな?」
彼は少し身構えた。いったいどんな無理難題を吹っ掛けられることやら。
「モルレールの5年物がどうしても欲しいのだ。持ってはおらんか?役人どもに探させておるが一向に見つからん。お主ならばなんとかなると思っておるのだがな……。」
そう言って頭を抱える王の姿にアルベートは笑いを押し殺した。
まるで思ってもみなかった案件なのだ。
「そいつは高くつくぜ?」
その言葉に国王は身を乗り出す。
「なんと! 持っておるのか。幻の5年物を。」
わなわなと震えながらソファに座り込む王は喜びを隠しきれていない。
「そうかそうか。まだ残っている物があったか。」
「言い値でよい。なんとしても持ってきてくれ。」
「金はいい。今回の件でお互い様ってやつだ。明日用意しておくよ。それより手紙の件頼んだぞ。」
アルベートは言い終わると蒸留酒を飲み干した。
濃度の高い酒は一気に喉を熱くさせる。その後に独特の風味が鼻を抜けた。
「ああ。分かっとる。近衛に取りに行かせる。一大事だからの。」
その一言で、二人の笑い声が部屋に広がった。
威厳に満ちた王宮のこの部屋だけが笑いに満ちていたのかもしれない。




