EP4 決断の時
毎週火曜更新です。
エリーゼの店を出たアルベートは、夕日が輝く空を見上げて眉をしかめた。
一見綺麗な夕日に見えるが、西の空から分厚い雲が流れてきていたからだ。
「雨か。」
一言呟くと、本日最後の訪問先へと足を向けた。
王城へと続く上り坂を歩いていると、店の数が次第に減っていく。それらに入れ替わるようにして王都に努める兵士達の詰め所がところどころに見受けられた。
詰所の前で立哨する騎士はそれぞれが全身武装しており、その顔は鳥のくちばしを模した鎧に覆われていて、こちらから見ることは出来ない。
しかし道行く人々の動きに合わせて首だけ動く彼らは、それだけでもただならぬ威圧感を放っていた。
アルベートは息を切らさないように坂を上り終えると、円形状の広場に出た。
広場には主人の帰りを待つ従者達の姿がひしめき合っている。
その傍らには形の違う大小さまざまな馬車が待機させられていた。
目線を少し上げると整列する兵士達の後ろには王城への正門がある。
城への一番大きな城門でも人の大きさの三倍程度しかない。これより先に行くにはここで馬車を下りて、歩いて行くしかないのである。
アルベートはそんな光景には興味を示さず、石造りの城壁をぐるりと囲う連絡路の方へと歩みを進める。
彼は速足で歩きながら人の大きさの五倍はあろうかという壁の上に顔を向けると、時折カチャカチャと鎧がきしむ音を響かせて、城を守る兵士がこちらを見下ろす。
アルベートはその兵士に向けて小さく頷くと、相手もまた頷き返した。
この王国ではそのしぐさをする者には敵意は無いということを意味している。
彼は何事も無かったように城壁の巡回を再開した。
いくつかの城から延びる用水路を超えると東門が見えてきた。
門の前には数人の兵士がたむろしている。門に近づく人はいない。
この城には東西南北に城門がある。ただし、常時解放しているのは正門と裏門のみでその他は城の関係者のみの使用が許されている。
アルベートは東門に顔を向ける事すらせず、裏門の方へと急いだ。
街並みは次第に薄れ、緑の木々が目に付くようになってきた。裏門が近い証拠だ。
裏門が見えてきたが彼は門とは逆の方へと向きを変える。
城の裏手は兵士達の寄宿舎や訓練場があり、城に運ぶための備蓄物品などが倉庫に集積されている。
坂を下りながら寄宿舎を通り過ぎると、色で区別された倉庫群が姿をあらわした。
その一角では、倉庫から滑車付きの荷台で武器類を倉庫から出して陳列されている。
丁寧に整備された槍と剣は錆び一つ無く、夕日が反射してまぶしいほどに輝いていた。
それらの武器を入念に確認しながら記録している鎧姿の男がいる。しかし作業中なのか頭部の鎧はつけていない。
アルベートはその男の傍らで足を止め、武器を眺めた。
非常時でもないのにこれほどの武器まで手入れを行き届かせるとは、国王も抜け目がない。
彼は感心し、満足げに頷いた。
すると、記録簿を持った男がこちらに気がついて声を掛けてきた。
「アルベートじゃないか! こんなところで何をしてるんだ? いや、皆まで言うな。俺が当ててやろう。ズバリ! 王国騎士団に入隊希望ってところか?」
焼けた褐色の肌を覗かせながら男は記録簿を小脇に抱えると、にこやかな笑顔を見せてこちらにやってきた。
「バカを言うなドイス。こんな老体、何の役にもならんさ。」
「そんな萎れた事言うなよ。騎士団長様がお前の勧誘にお熱になってるっていう噂もあるからなぁ。」
アルベートは少したじろいだ。
「あの騎士団長が? 何かの間違いだろう。俺のような奴がいなくともこの国の騎士団はよく働く。お前も朝から武器磨きをさせられてるんじゃないか?」
ドイスは腰に手を置いて朗らかに笑った。
「かっははは。まったくお前の洞察力には参ったよ。」
その笑い声に辺りで作業をしていた兵士達がこちらに顔を向ける。
ドイルは周りを気にしながら声を潜る。
「いや〜それがな。国王陛下が今朝いきなり仰せになったんだよ。備蓄の武器も含め、念入りに整備せよってな。俺達の間じゃあ、また戦争をするんじゃねえかって朝から持ちきりなんだ。」
戦争か。つい2年前まで他国とやっていたというのにまだ懲りないのか。
アルバートは少し呆れた顔になった。
「それでは陛下は近々遠征なさるつもりなんだろうか。お前は何か知っているのか?」
その言葉にドイルは首を振った。
「いや、それはないな。仮に戦争をするとしても数ヶ月は先になるだろうよ。準備をするのも簡単じゃないしな。それにほら、今は王女様の見合い相手の事で王宮は大忙しだ。正門に集まってる馬車の数を見たろ? あれはほとんど結婚の申し込みでやってきた貴族の連中さ。」
朗らかに語るドイルの目は真剣だった。
いくら人数の多い騎士団といえども、この事態に対応するのは少々酷なようだ。
「で、結局のところお前は何しにこんな王都の裏まで来たんだ?」
彼は片眉をあげて聞いてくる。
「たいした事じゃない。王都の方でも王宮が騒がしいと噂になっていてな、気になるから見に来ただけだ。仕事の邪魔をするつもりはない。」
「そうかよ、そこまで噂になってたか。俺達もまだまだだなぁ。ま、開いた口に戸は建てられないからな。ははははは。」
アルベートはチラリと空に顔を向けて言う。
「もうすぐ一雨来るぞ。その開いた口に雨が入らんようにな。ククク。じゃあな。」
その言葉にドイルは慌てた。
「ホントかよ。でも教えてくれて助かった! また今度店に行くよ。」
アルベートは踵を返して来た道を戻る。
その背中には兵士達に慌ただしく声をかけるドイルの声が響いていた。
「武器から優先して中に入れろ! 何!? これから降るんだよ! 濡らしたら外周警備に回すぞ。 分かったらさっさとやれ!」
ドイルとは長い付き合いだ。
当時失態を犯した彼を救った事で知り合いになった。それ以来こうして痴話話の相手になってくれる仲だ。
アルベートが欲しかった情報は王の動きだった。
思わぬ情報も仕入れられて、その歩みは軽い。
わざわざ王都の裏まで来た甲斐があるというものだ。
後はロジエールの報告を待てば下地は完成する。
自分の頭の中で動き回るシナリオを一つに繋いで描く。
彼が歩いた後には雨がぽつりぽつりと降り出し、黒いしみがみるみる大きく広がっていた。
ーー
数日後
アルベートは薄暗い地下室で椅子にゆったりと腰掛けながら、燭台に灯された火を眺めている。
「ワシが調べられたのはここまでじゃな。」
椅子から身を乗り出して言う、ロジエールのしわがれた声が地下室に響く。
「それにしても今回は骨が折れたぞい。ロズワール公がボンクラなのは言わずとも良いが、執政官のベクターが食わせ者じゃった。」
「やはり黒幕はそっちだったか。」
「ああ。これほどの実力者がよくぞ今まで表に出てこんかったのが不思議じゃわい。せいぜい気を付けることじゃ、あ奴の手の者がそこら中にひしめいておる。」
「分かってるさ。ロジー。」
アルベートは席を立つと金貨二枚を追加で渡した。
古書店を後にして自分の店に戻る。
店に戻るなり、慣れた手つきで一杯の酒を自分の為に作った。
「この仕事に乾杯。」
一気に飲み干すと彼の顔つきは変わった。




