EP3 聞き取り調査
ロジエールの店の地下でアルベートは資料をパラパラと捲りながら頭を悩ましていた。
本当に除くべきなのは兄のアルシュタインではなく、依頼主でもある弟ロズワールの方だろう。だが、依頼を受けた以上それを完遂することもアルベートにとっては重要だ。
なにも闇雲に依頼を受ける訳ではない。しっかりと事の重さを図ったうえで決断するのだ。それは彼独自の裁量で決められる。
アルベートが調べていたシュタイン領の現状は想像以上に深刻だった。
どれもこれもロズワールが領主になってから、悪化の一途をたどっている。
アルベートが仕入れている酒の一種にシュタイン領からの名産品がある。
このまま領地が没落すれば、手に入れることも困難になってしまうだろう。
アルベートは思考を巡らせた。
ロズワールからの依頼もこなしつつ、現状を打開する方法。
身辺調査の報告はまだ時間がかかるが、方針は決めなくてはならない。
「仕方ない、あの手でいくか。」
アルベートは大きなため息をつきながらそう呟いた。
書籍を元の本棚にキッチリと戻し、火の始末をしてから地下室を出る。
隠し扉を通るとハンナが声を掛けてきた。
「おや?もう済んだのかい?。」
「ああ。一週間後にまた来るよ。ロジエールによろしく言っといてくれ。」
「あんたが来ると賑やかになっていいねぇ。ロジーも嬉しそうに出かけたよ。」
「ははは。俺は懲り懲りなんだがな。じゃあまた。」
アルベートは愛想笑いをしながら店を出た。
まぶしい日差しにアルベートは目を細める。
太陽は傾き、昼時は過ぎていた。
今日は店を休みにしてある。このあといくつか店を回らなければならない。
アルベートは新鮮な空気を吸い込んで大通りに向かって歩き出したが、用事を一つ忘れていた。
踵を返して広場にある新鮮な果物をたくさん乗せた屋台に足を向ける。
「やあ、ロベルタ。調子はどうだい?」
アルベートは屋台を切り盛りする恰幅のある女性に声をかけた。
「あら~。アルじゃないの。お陰様で調子はいいよ。」
「頼まれてた品は店の方に届けておいたよ。」
「ありがとう。いつも助かるよ。」
アルベートはそう言いながら金貨3枚をロベルタに手渡した。
「アルはお得意さんだからね。これくらいは任して頂戴な。」
「それにしても運がよかったんだよ。たまたま訪れた旅人がいくつか持っていてね。お金に困っているようだったから、あたしが買い取ったのさ。価値までは知らなかったみたいだけどね。」
「あれって王都の役人が血眼になって探しているらしいじゃないの。あんな意地汚い連中に渡すより、馴染みの常連に売った方があたしも鼻が高いってもんさ。あはははは。」
ロベルタは商品が高値で売れた事がうれしいのか、上機嫌だった。
「ついでに小耳に挟んだ話があるんだが……。」
アルベートは辺りを見ながら小声に変える。
「王女様を広場で見たって?」
「あら。あんたも隅に置けない男だね~。あはははは。」
「そうなのさ。1か月くらい前からかね~。ちょくちょく広場に来るんだよ。あれは確かに王女様だね。外套で身を隠していたけどあたしの目はごまかせないさ。」
「成人の儀の時の王女様と言ったら美しかったからねぇ~。まるで昔のあたしみたいだよ。」
「王女様か。護衛や付き人はいなかったのか?。」
「それらしい人はいなかったと思うんだけどね。多分、抜け出してきたんじゃないかい?王女様も年頃の娘だよ~。甘酸っぱい話の1つや2つあってもいいじゃないか~。あっはははは。」
「ロベルタも負けてないな。ありがとう。」
アルベートは追加で銀貨2枚を手渡して林檎を一つ手に取った。
林檎一個の価格は銅貨1枚にも満たないが、情報料として多く払う。
「良い事言ってくれるじゃないか~。あんたも早く嫁さん貰いな。あはははは。」
「ハハハ……。そのうちな。」
アルベートは林檎を齧りながら店を後にした。
昼を過ぎた広場はまだ多くの人で賑わっていた。
これから向かう店は大通りの一角にある。人込みをかき分けながらアルベートは足を速めた。
王都の大通り。
広い石畳が整備されていて大小様々な馬車が行き交わっている。
隊列を組んだ騎士が時折通り過ぎる。その恰好は重装備に包まれ、日の光が反射してピカピカと輝いている。手に持つ盾にはイリシア王国の紋章が刻まれていた。
「騎士様も大変だな。」
アルベートは騎士を横目に呟いた。
緩やかな坂に差し掛かり、大通りの両側には2階建ての家屋が軒を連ねていた。
2階の窓からは、それぞれ色とりどりのイリシア王国の紋章を記した旗が掲げられている。
坂を見上げると、その先に大きな城壁が聳え立ち、その奥には王が住まう城が顔を覗かせている。
アルベートは坂を上ってすぐにある酒場へと足を踏み入れた。
大きな酒樽が所せましと積み上げられており、店内の雰囲気はいかにも大衆向けといった様相をしている。
店は他の酒場と比べても結構広い。この広さなら団体客でも迎え入れることが出来るだろう。
昼を過ぎた時間だったが客の数はまばらだった。昼から飲む客なんて引退した年寄りか石潰しくらいだ。
彼はそのことを知っていた。
人がいない上に入り口を見ることが出来る席の方へと彼は進む。
「いらっしゃい! あら、アルじゃない!」
華奢な女の子が透き通る元気な声で話しかけてきた。
綺麗な茶髪の髪に赤いバンダナがよく似合っている。
「やあ、エリーゼ。またサボってるのか?」
「それとも、いい男と遊んでたのかい?」
「もう。アルのいじわる! この時間帯は暇なのよ。」
「あなたこそ何? 昼間から飲みに来たんじゃないでしょう?」
エリーゼは頬を膨らませながらアルベートに詰め寄る。
「はははは。どうだろうな。こんな時間から飲む奴なんて暇人か変人くらいだからな。」
「まあ俺もそのうちの一人なんだが、ビールを一杯注いでくれ。」
「アルはそんな人じゃないわよ! ちょっと待っててね。」
エリーゼはアルベートにウインクをした。
バーテンに注文を伝えに行く彼女の後ろ姿を、アルベートは眺めている。
彼女はこの酒場の華だ。
容姿端麗で愛嬌もある。おまけに年頃の女の子なのだから、客に言い寄られることも少なくないだろう。
この笑顔の裏に枕を濡らした男が何人いることやら。
彼女は笑顔と共に一杯のジョッキと小皿を持って戻ってきた。
「はい、お待たせ。それで……。 聞きたいことがあってわざわざ来たんでしょ?」
「ああ、その通りだよ。立ち話もなんだし、エリーゼも一杯どうだ?」
「いいの? じゃあ、一杯だけ。」
彼女は小走りでカウンターまで行って戻ってきた。
なんという早業。まるで予想していたかのようだな。
席に着くなり早速グラスに口をつける。色と香りからして恐らく葡萄酒を薄めたものだろう。
「あーおいし。喉カラカラだったの。」
満足げな顔をしながら彼女はグラスを置いた。
アルベートはビールを少し飲みながら話を始めた。
「実はな、ピエル領の方から流れてくる噂がいろいろと気になってな。なんでもいいから聞かせてほしいんだよ。」
「噂ねぇ~。確かに、最近はあっちの方から流れてくる旅人とか多いかも。」
「それでもみんなが口をそろえて言うのは領主様のことかしら。」
エリーゼは顎に指をあてながら思い出しているようだ。
「確か前にシュタイン領から旅をしてきた人がなにやら騒いでいたわね。」
「騒いだ?」
「ええそうなの。領主も悪いが執政官の方がもっと悪いとかなんとか。」
執政官とは領主の臣下の中で最も権力を持っている人物だ。
領主が駄目でも執政官さえ優秀であれば、その領地は没落しないとまで言わせるほどの役割を持っている。
「シュタイン領の執政官か。知らんな。」
「それはそうみたいよ。今回の領主様が統治を始めてから干渉するようになったらしいいの。」
アルベートは無言で小皿を差し出す。
彼女も臆することなく小皿に乗っているつまみをパクパクと食べている。
「私が思うに、この二人がシュタイン領で悪さをしてるんじゃないかしら。」
「最近ピエル領からの仕入れ値が上がってるってマスターが愚痴をこぼしていたわ。」
彼女は見かけによらず言うことが大胆だ。だが、その勘は恐らく当たっている。
「確かにな、もっともな話だ。」
アルベートは一杯あおってからニヤリと笑った。
「ありがとう。マスターによろしく言っといてくれ。」
「あと、言い忘れたんだが頼みを一つ聞いてくれないか?」
「アルったら悪い顔してるわよ。また店を手伝えって?」
少しあきれ顔をした彼女は残っているグラスを飲み干した。
「ははは。流石だな。来週から1週間ほど店を空けるんで店番を頼みたい。日が落ちるまででいいんだ。」
「分かったわ。その代わりお給金は弾んでね!」
エリーゼはウインクしながら席を立った。
アルベートも酒を飲み干した後、銀貨一枚を彼女に手渡す。
「うふふ。やっぱり持つべきものは太客ね。ありがとう。」
ビール一杯は銅貨1枚分だが仕事の依頼分と情報料が含まれている。何事も対価というのが必要になるのだ。
「また顔を出すよ。よろしく頼む。」
アルベートは挨拶を済ませると店を出た。




