第2話:月夜の路地と美しいお客様
パーティーを追い出され、王都の夜道をひとり歩く。
手元にあるのは銅貨が数枚と、亡き母の遺品である細工ヘラだけ。
今夜の宿代にも満たない金額だ。
「はぁ……とりあえず、どこか野宿できそうな場所を探さないと」
夜の冷気が薄着の肩を刺す。
王都の喧騒から離れた静かな裏路地を歩いていると、ふと前方から「ピシッ……」という、乾いた微小な亀裂音が響いた。
(……魔力の摩擦音?)
職人特有の鋭い感覚がはたらき、私は音のする方へ足を向けた。
街灯の光が届かない路地の奥。
そこには、一人の青年が壁に寄りかかるようにして蹲まっていた。
深い群青色の旅用マントを羽織っているが、その隙間から覗く仕立ての良い服と、夜闇の中でも淡く光を弾くプラチナブロンドの髪。一目でタダ者ではないとわかる気品を纏っている。
「……くっ……ここまで、か……」
「あの、大丈夫ですか!?」
駆け寄ると、青年はハッとして顔を上げた。
月光の下で露わになったのは、息を呑むほど美しい顔立ちと、紫水晶のように澄んだ瞳。
しかしその瞳は苦痛に揺れており、胸元に抱え込まれた小さな器から、凄まじい密度の魔力が漏れ出していた。
「寄るな……! この『魔導核』の亀裂が弾ければ、周囲ごと消し飛ぶ……!」
「それって……あ、やっぱり!」
青年の手元にあるのは、透き通るような白銀の磁器で作られた球体だった。
だが、その表面にはクモの巣のような無数の亀裂が入っており、中から溢れ出す膨大な魔力が崩壊の限界を迎えている。
(このままじゃ、あと数秒で破裂する!)
「暴走する寸前じゃないですか!」
「逃げなさい、君まで巻き込まれる……!」
「いいから見せてください!」
私は青年の制止を振り切り、リュックのポケットから固形化した『魔導粘土』の塊を取り出した。
水を数滴垂らし、指先で一気に練り上げる。
「無駄だ! それは古代の神鉄で造られた特殊な核だ、生半可な修復魔法や魔導塗料など——」
青年の言葉が終わる前に、私は練り上げた泥を球体の亀裂へ迷いなく滑り込ませた。
私が行うのは、ただの泥塗りではない。
魔力の流れ(回路)を指先で感じ取り、その「傷口」にぴったり合致する魔導粒子を泥で補強・接着する【泥飾術】。
(集中して……回路を繋ぎ直すの……!)
瞬時に泥が輝きを放ち、液体のように滑らかに亀裂の奥深くまで浸透していく。
溢れ出していた暴走魔力が、まるで嘘のように泥へと吸い込まれ、綺麗に整列し直されていった。
ピタリ、と魔力の漏洩が止まる。
「……え?」
青年が呆然とした声を漏らした。
先ほどまで粉々に砕け散りそうだった魔導核は、継ぎ目に綺麗な銀の模様(泥)が馴染み、完璧な安定を取り戻していた。
「ふぅ……間一髪でしたね。これで大丈夫です。応急処置ですが、魔力の循環経路を補強しておいたので、もう破裂することはありませんよ」
汗を拭いながら微笑むと、青年は目を見開いたまま、修復された核と私の手を交互に見つめていた。
「あり得ない……。古代遺物の魔導核を、ただの……粘土で? 魔法陣の再構築もなしに、一瞬で回路を繋ぎ直したというのか……!?」
「ただの泥飾術ですよ? 泥の粒子に魔力を乗せて、欠けた部分を埋めただけです」
「……ただの、だと?」
青年は立ち上がり、私をまっすぐに見つめた。
その紫水晶の瞳に、強い衝撃と……熱を帯びた光が宿る。
「君、名前は?」
「あ……シルフィ、です」
「シルフィ。……探していた。ずっと、何年も前から……このような神技を扱える者を……」
青年は静かにマントを翻すと、私に向かって優雅に一礼した。
その一挙手一投足から溢れ出る圧倒的な王者の風格に、私は思わず息をのむ。
「申し遅れた。私はレオンハルト・ルナリア。隣国ルナリア帝国の皇太子だ」
「え……えええっ!? こ、皇太子殿下!?」
驚きで固まる私に対し、レオンハルト殿下は私の右手をそっと取り、宝物でも扱うかのように優しく包み込んだ。
「シルフィ。君のその素晴らしい手を、どうか我が国のために貸してはくれないだろうか? ……いや、私のもとに来てほしい」
「へ……?」
「破格の待遇を約束する。専用の工房も、望む限りの資材も用意しよう。だから……私と一緒に来てくれないか?」
月光の下、美しい皇太子殿下に真剣な目で見つめられ、私はわけも分からずパニックに陥るのだった。




