第1話:評価は「泥遊び」
「シルフィ、今日限りでこのパーティー『銀翼の風』から出ていってもらう」
夕暮れの宿屋の一室。
テーブルを叩く音とともに吐き捨てられたその言葉に、私は手にしていた革袋をギュッと握りしめた。
声を荒らげたのは、パーティーリーダーで剣士のダグラスだ。
彼の後ろには、魔導士のミレーナと聖女のフィオナが、あからさまに軽蔑の混じった視線をこちらに向けて立っている。
「……追放、ですか?」
「そうだ。理由なら分かっているだろう? お前は戦闘で何の役にも立っていない。俺たちが前線で命を懸けて魔物と戦っている間、後ろでコソコソ泥を捏ねているだけじゃないか!」
ダグラスが忌々しそうに吐き捨てる。
私が授かった適性職能は【泥飾術士】。
泥や粘土を特殊な魔力で加工し、器や装飾品を作る地味な生産職だ。
「でも、ダグラスさん。皆さんの剣や鎧の補修、魔法の杖の魔導回路の目詰まりを直しているのは私の泥飾術です。今日のダンジョン攻略でも、ミレーナさんの杖の亀裂を泥で補強して魔法の発動遅延を防ぎましたし、ダグラスさんの大剣の刃こぼれも——」
「うるさいな! そんなのただの応急処置だろ!」
言いかけた私の言葉を、ミレーナがキンキン声で遮った。
「装備のメンテナンスなんて、街の鍛冶屋や魔導具店に行けば済む話よ! ダンジョンの最奥を目指すあたしたちのパーティーに、戦えない『泥遊び担当』の枠なんてないの!」
「そうですよシルフィさん。あなたの分の報酬を私たちのポーション代に回した方が、よっぽどパーティーの役に立ちます」
聖女のフィオナも、可愛らしい顔に似合わない冷ややかな笑みを浮かべて頷いた。
彼らにとって、私が日々行っていたメンテナンスは「誰でもできる泥遊び」にしか見えていなかったらしい。
毎日、全員が寝静まったあとも夜遅くまで泥を練り直し、魔力を極限まで練り込んで武具の耐久度を底上げしていたこと。
魔物との戦闘中も、一瞬の隙を突いて皆の防具の亀裂に魔導粘土を滑り込ませ、致命傷を防いでいたこと。
それらはすべて、「空気のように当たり前のこと」として処理されていたのだ。
「……分かりました」
私は小さく息を吐き、静かに首を縦に振った。
すがりついて頼み込む気なんて、最初からない。
もともと、私を雑用係兼「経費削減のための便利屋」としてしか扱っていなかった彼らに、これ以上尽くす義理もなかった。
「話が早くて助かるぜ。ほら、今まで貸してやってたパーティーの共通資金から買った服と、道具一式は置いていけよ」
ダグラスはシッシッと手を追い払う動作をする。
私は背中に背負っていた小さなリュックから、最低限の私物——亡き母から受け継いだ『泥練り用の細工ヘラ』だけを取り出し、小さな革袋に仕舞った。
「……ダグラスさん。一つだけ確認させてください」
「なんだよ、今更泣きつく気か?」
「いいえ。私が施した武具の『泥補強』は、私の魔力が供給されなくなると、長くて三日ほどで定着効果が切れてしまいます。明日からのダンジョンアタック、本当に行かれるのですか?」
私の問いかけに、ダグラスは大声をあげて笑い飛ばした。
「ハッ! ただの泥が乾いて剥がれるだけだろ! そんなの街の鍛冶屋で研いでもらえば一発だ! 知ったような口を利くな役立たずが!」
「……そうですか。わかりました」
これ以上、何を言っても無駄だろう。
私は深くお辞儀をした。
「今までお世話になりました。皆さんのご武運をお祈りしております」
宿屋の部屋を出て、静かに扉を閉める。
背後から「せいせいしたわ!」「今夜は祝杯ね!」という楽しげな声が聞こえてきたけれど、私は一度も振り返らなかった。
夜風が吹き抜ける王都の裏路地を歩きながら、私は固く握りしめた革袋を見つめる。
(さて、これからどうしようかな……)
所持金は、今日の個人報酬として渡された銅貨数枚。
今夜の宿代すら怪しい状態だったけれど、私の心は不思議と、すっきりと晴れ渡っていた。
——この時の私はまだ知らなかった。
私が「ただの泥遊び」だと思って使っていた技術が、この世界で失われた伝説の【神土錬成】と呼ばれる神技であったことも。
そしてこの直後、路頭に迷った私を拾うことになる人物が、隣国の皇太子殿下だということも。




